鬼の血族は骸の宮にて死を想う

萎びた家猫

プロローグ

幾多の屍人が蔓延る巨大な居住区域…


通称【骸の宮】


 これは正式な名称ではなく、そこで居を構える住人たちが便宜上読んでいるものだ。そもそも骸の宮は政府が公式に認めた街などではなく、海外のマフィア、麻薬カルテル、秘密結社などが違法占拠し、いつしか完全な治外法権となった場所であった。


 そして骸の宮は主に、九頭槞区、胸襟区、蠱腕区、屍脚区の4区域に分かれている。


 九頭槞区は北側、蟲腕区は西と東に分かれ、屍脚区は南側、そしてその中心に胸襟区が存在し、その区域を各勢力が縄張りとして支配していた。


 そんな骸の宮のとある路地で多量の血を流し息も絶え絶えな大柄の男がフラフラと歩いていた。


 男は一度立ち止まり壁に手をつきながら自らの脇腹を触る。


「はぁっ…はぁっ...クソッ!!」


 よく見ると男の脇腹…おそらく肝臓があるだろう箇所から血が垂れていた。すれ違う人々は男に一瞥もせず歩いている。


 まるで骸の宮ではそれが日常であるかのような無関心さであった。実際この骸の宮では銃撃戦や切り合いによる死傷者は跡を絶たず、数日に一回は新たな死体が増えている始末。


 そんな地区に住む者たちからしたら、今更致命傷で死にかけている男などに手を貸すものなど誰ひとりいなかった。


だが男にとってそれは好都合でもあった。住人の無関心さが良い意味で男の行方を上手くくらませてくれたからである。


「はぁ…はぁ…あと少しで九頭を抜けられる…待ってろ翠花…」


 男は何よりも大事な一人娘の顔を思い浮かべながら、一歩また一歩と歩を進める。目指すは九頭槞区のいくつかある出口の一つである大門。


 少しずつではあるが大柄の男は出口に向かっていく。そしてついに遠目でも確認できるほどの場所に紅く大きな門が現れた。


 しかし九頭槞区脱出の目前に設置されている大門の前には、大勢のスーツ姿の男達が待ち構えていた。その中で一際目立つ白色のスーツを着た男が大柄な男に向けて叫ぶ。


「残念だったな暁明。九頭槞区から出られると本当に思っていたのか? さあお前が奪った物を返してもらおうか!!」


 白スーツの男は片腕を上げ周りにいる部下へと命令を下す。


「撃てっ!!」


 その命令と同時にスーツの男たちが、暁明と呼ばれた大柄な男に目掛けて銃を撃ち始めた。暁明と呼ばれた男は咄嗟に近くにあった、廃墟同然の建物の中へと飛び込む形で避難する。


「クソッ!!お前ら何をしている!!さっさと追え追え!!」


 白スーツの男は苛立ちを隠す様子もなく、周囲の部下へと怒号を飛ばす。スーツの男達はその光景に慣れている為か特に狼狽えることもなく建物の中へと入っていく。


 しばらくすると『ガシャンッ!!』とガラスが割れる音がしたかと思うと窓から鳥の様な何かが飛び立つのが見えた、そして直ぐに今度は激しい銃声が複数響き渡る。


 しばらくして銃声が鳴り止み静寂が訪れる。白スーツの男は痺れを切らし終わったことを確認する為に建物の外から大声で確認する。


「どうだやったのか!?」


 その声にすぐに聞き慣れた部下の声で返事が帰っている。


「暁明を拘束しました!!」


「…よし」


 白スーツの男は小さくガッツポーズをし建物の中へと入った。中には数人の部下が立っており暁明と呼ばれた男がいる場所へと案内をした。


「ここです」


「ご苦労。お前らは廊下で待っていろ」


「しかしそれでは何かあった時にお守りすることが…」


 白スーツの命令に部下が意見をいうと、白スーツの男は懐にしまい込んでいた拳銃を取り出し部下の頭を撃ち抜く。


「他に意見があるやつはいるか?いないか。じゃあオレが良いと言うまで、そこで待っていろ」


 そう言って白スーツの男は部屋に入りドアを閉めた。中には床に倒れ込む数人の部下と窓際に座り込むように俯く大柄な男、そして先程外で聞こえてきた声の主である部下が居た。


「どうだ。在り処は吐いたか?」


 白スーツの男は部下に聞くが、部下は両腕を上げ肩をひそめるながら状況を説明する。


「大したものですよ。まったく口を割らないです。それにおそらく今この男は"アレ"を持っていません」


 その説明を聞いた白スーツの男は、暁明へと近づき髪を掴み上げる。


「ッ…」

 


「お前のくだらないお遊びに付き合っている暇はないんだ。お前は"アレ"が何なのかわかっているのか? おっと動くなよ?妙な真似をしたらこの銃が暴発しちまうかもしれないからなぁ!」


白スーツの男は銃口を暁明の頭に向ける。


「いいか。一度だけ聞くぞ…アレ…【鬼の遺体】は何処にある?」


 白スーツの男は銃口を頭に押し付けながら、ドスの利いた声で【鬼の遺体】と呼ばれる物の在り処を聞いてくる。その表情はまさに怒髪天をつく明王の化身が如く、怒りに満ち満ちていた。


 そんな必死な姿の白スーツの男を見て暁明は嘲笑う。


「答えるかよバカg…」


 暁明が罵倒し終えるより先に、銃弾が頭蓋を砕き脳漿を撒き散らしながら暁明の頭を貫通した。


「あーあ殺しちゃいましたね?これからどうするんですか?」


「このバカの身辺を調べる。どうせ仲間と連絡しているはずだ。まずはこいつが所属していた組織の構成員…特にこいつと関わりの深い奴らを攫ってこい。もし抵抗するならそいつらの家族を拉致って、拷問にかけた映像でも送りつけろておびきだせ」


 白スーツの男は淡々と恐ろしいことを部下に命令するし部屋をあとにした。


「はぁ…嫌になっちゃうねどうも…」


 部屋に残された男は外に待機していた仲間を呼び、死体の処理を始めた。

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