怪物の娘―噛久田乙葉

 あちこちで響く人々の悲鳴と発砲音、突如として現れた異形な姿をした化け物らが躊躇なく人を襲っていた。


 ―25分前


 いつもは滅多にない休日、朝から友達二人と原宿で遊んでいたそのとき、一点の方向から女性の悲鳴が聞こえた。

 興味本位で友達と一緒に向かうとそこには1体の化け物が女性を引き千切りってパクパクと食している。

 化け物を目の当たりにした野次馬らは危険を察してその場から離れる人もいれば、離れずむしろ近づいてスマホで撮影する人もいた。

 私はその化け物をじっと眺めていると、友達の一人、麻衣が私ともう一人の友達の佐奈に「これ警察に通報した方がいいんじゃない?」と言う。

 麻衣の一言に佐奈は首を横に振る。


 「別に通報しなくていいんじゃない?もう誰かしら警察に電話してるだろうし、ねえ乙葉、乙葉?」


 「あ、ごめんごめん、今なんて――」


 ガリッ!


 突如鈍く聞こえた音に皆が発せられた音の方に視線を向けた。

 私の視界に先程化け物に近づき撮影していた男性が化け物に頭丸ごと喰われ、首から血が噴水のように放出する。

 同時に周りの目が好奇心の眼差しから恐怖の眼差しへと変わる。

 野次馬だったうちの一人が悲鳴をあげて逃げたその瞬間、つられて他の人たちも逃げ出した。

 

 「乙葉も逃げよう」


 佐奈が私の名を呼ぶが私はそれを無視し、化け物のところに近づく。


 「え?ちょっと乙葉ちゃん!危ないって!乙葉ちゃん離れて!」


 麻衣の言葉を無視して私は構わず人間を食す化け物に近づく、化け物は私に気づき、視線を遺体の残骸から私の方に向いた。

 化け物は私をじっと凝視し涎を垂らす。

 化け物は立ち上がり私に近づく。


 「グルルルル……」


 「ふーん、思ってたよりでかいね」


 化け物は体長3メートル少し超えの大きさで爬虫類のような体をしているが、顔はチョウチンアンコウそっくりでおでこに提灯も付いている。


 「これがいわゆるブサ可愛いって奴かな?」


 「乙葉ちゃん!いくら乙葉ちゃんでもあれは無理だって!」


 化け物は口を大きく開けて私に襲い掛かってきた。


 「グオオオオオオオオ!!」


 大きな口と私との間がまさしく喰われる寸前のところまで近くなった。

 

 「乙葉ちゃん危ない!」


 友達の声が聞こえる。


 「グオオオオオオオオ!!――……グバアァッ!!!」


 私を食おうとした化け物の左頬目掛けて回し蹴りを繰り出した。

 蹴りを受けた化け物はピクピクと痙攣を起こし、頭が地面に少しめり込んで蹴られた頬の部分が歪に凹んでいる。

 それを見た周囲や友達は静観な流れが崩れるように歓声が挙がる。

 麻衣と佐奈も私に駆け寄って来ては撫でたり褒めたりしてきた。


 「すごいよ乙葉ちゃん!まさか化け物を一人で倒すなんて!」


 「元々乙葉が強いのは知ってたけど、まさかあの化け物も回し蹴り一本とは」


 友達だけでなく、周囲からも拍手や称賛の声が飛び交い場が活気づいた、しかし…。


 「グオオオ……」


 化け物は起き上がり、目線が私と合う。

 「グルル…」と唸り私に怒りの眼差しを向ける。

 化け物が立ち上がったことで人々の歓声から怯えた声色へと変わる。


 「おい…あいつまだ生きてんのかよ」

 

 観衆の一人がそう呟いたその瞬間、化け物の額に付いた提灯が突如目を覆いたくなる程の強い光が周囲を照らした。

 失明しないよう目を両手で覆って守る中、あちこちで悲鳴が上がり、「バシュッ!」と何かを切り裂くような音が周りから発せられる。

 すると背後からあの化け物同様の気配が私を襲う。

 私は背後から迫ってくる気配を躱し閃光が消えたのを見計らって目を開けると凄惨な光景が広がっていた。

 私以外の周囲の人々がバラバラの状態で死体となっている。

 その中には、私の友達二人…麻衣と佐奈も無残な姿となっていた。

 突如友人を失った光景に悲しさを感じつつ、深いため息を吐いた。


 「はあ…、これはちょっとどころじゃないな」


 一方の化け物はアンコウ顔で生き残った私を見てニカニカと笑っている。

 化け物の笑う顔に私は心底呆れる気持ちになった。


 「あなた…にとっては笑えると思うけど、私が笑えないんだよなあ…」


 一発で仕留めなかった後悔を背負って私は次こそ化け物を確実に仕留めにかかる。

 化け物はまた頭に付いた提灯を私に向け閃光の光を放つ。

 しかし、一度されたことは私には効かない。


 「もう目は慣れた」


 私は化け物の頭を掴み体から引き千切った。

 

 「もう同じ手は効かないよ」


 しかし、化け物は首から新しく頭を再生し、私に襲い掛かる。

 襲って来る化け物の攻撃を躱しては殴り、蹴るを繰り返し破壊する。

 それでも化け物は破壊された部分を再生し続け攻撃の手をやめない。

 

 「再生する生き物はさすがの私でも厄介だね」


 そして私は一つの結論に辿り着く。


 「もういっそのこと、再生が間に合わないくらい壊し続ければいっか」


 私は何度も何度も何度も殴り蹴るを続けた。

 壊し続けていくにつれ、アンコウ顔の化け物の再生が弱まっていく。

 弱まったのを見計らい、拳をさらに速く振るった。


 グシャッ


 私が”ある臓器”を潰した途端、化け物は動かなくなり、その後少しずつ灰になって散って消えた。

 潰した”それ”を眺め少し考え込み、潰した臓器とその臓器を潰した瞬間に絶命した化け物で合点がいった。


 「なるほど…心臓を潰せば死ぬんだね」


 潰してぐちゃぐちゃになった化け物の心臓を適当なとこへと投げ捨てた。

 私は散り散りになった友達の遺体一部をかき集め、遺体に手を合わせる。


 「ごめんね、助けられなくて、1年間の間だったけど、楽しかったよ、佐奈ちゃん、麻衣ちゃん」



 ―現在


 その後私は各地に出現した”神”と名乗る化け物らを次々に殺していった。

 最初の化け物を倒してから何分か経ち、今私の目の前には言語を発した化け物がケラケラとした顔で立っている。


 「別嬪な顔しちょるのに、ようやるのう小娘」


 黒子のような服装に顔のみが露出した姿の男がこちらを見る。

 化け物を倒していく中でこの化け物だけは私の蹴りを躱した。

 他の化け物とは違い、こいつは流暢に西日本方面っぽい方言で話す。


 「他とは随分人間らしい顔だね」


 「誉め言葉として受け取っとくよ、でもこう見えて降臨したばかりの頃はもうちょい不細工な姿やったなあ、でもある程度人間殺したら姿も知能もこの通りや」

 

 黒子のくせにぺらぺらと喋る男、正直男の話に一切興味はない。


 「話してないで殺ろうよ、どうせ私を殺そうとしてるんでしょ?」

 

 「ご名答」


 男は両腕ともに鋭い刃物へと変化し、私を殺しにかかる。

 男の攻撃を躱し、男の左胸目掛けて手刀を繰り出す。


 心臓殺れば死ぬ。


 私の右手の手刀が男の胸に突き刺さった。

 しかし、刺した胸に手応えが感じないどころか心臓らしき臓器を刺した感覚もない。

 

 あれ?普通ならこの辺に心臓あるはずなんだけど。


 一方男は私に心理を見透かすような言動を言う。


 「胸に心臓あると思ったんか?そんなわかりやすいところに心臓あるわけないやろ、うちは心臓の位置動かすくらい容易なもんでのう」


 刺した部分を引き抜き一旦退く。

 間合いをとり、黒子姿の男の動きに警戒する。


 「ほんで君ぃ、今さら尋ねんのもあれだか、お前なんかやっとるだろ?素手で俺の体貫いた時点で普通の人間ちゃうやろ?」


 首を傾げる黒子男の問いに私は適当にあしらう。


 「ただの普通の女子高生だよ」


 黒子男の心臓を破壊しに向かう。

 

 心臓の位置を動かせる能力を持ち合わせてるってことでいいのかな。


 黒子男との間合いを詰める。

 詰められた黒子男は驚いた様子で私を見る。

 

 とりあえず片っ端から打ち込めば当たるかな。


 黒子男目掛けて渾身の連打を浴びせる。

 打撃を喰らわせるにつれ黒子男の肉片が飛び散り、肉の形が無くなっていく。

 最終的に下半身のみ残った黒子男の死体が力尽きるように地面に倒れた。


 「こんな感じでいいのかな?」


 倒したはいいものの、黒子男への手応えとごろか心臓が見当たらなかったことに違和感を抱いた。


 「少しマシな雰囲気醸し出してたけど、見掛け倒しだったか…」

 

 後ろを振り返ったその瞬間――。


 「コンチワ〜」


 目の前に私が倒したはずの黒子男がいた。


 「ヤバッ――」


 黒子男が振るう鋭利な刃が私の首元を掠める。

 躱し後ろへと下がった瞬間、今度は後ろの方から何者かの攻撃を察知し上へと跳んで躱す。

 上空から地上を見下ろし、さっき後ろから攻撃してきた何者かの正体を見て私は驚愕した。


 黒子の男が……二人いる!?


 私は二人の黒子から離れた距離に着地し、黒子らを凝視する。


 「……へえ、なるほどね」


 私は肩と首をコキコキ鳴らしながら黒子男らに近づく。


 「心臓の位置を変える能力かと思ったけど、そうじゃないんだね、あなたの本当の能力は……」


 私は右手をピース状にして二人の黒子男を指さす。


 「自らを分身させる能力だってことね」


 私がそう言うと、二人のうち一人が私に話しかける。


 「今さら気づいてどうするっちゅうねん、心臓潰さんとこの俺を倒すことは無理やで」


 「簡単だよ、二人になろうがまとめて殺せばいいだけ、それともまさかさらに増える感じ?」


 私の言葉に黒子男の一人がニヤリと笑う。


 「そのまさかや」


 そう言うと二人いた黒子男が分裂し始め、四人、八人、十六人に増えた。


 「16人までなら同じ形状での分裂が可能や、本当ならもっと分裂できるにはできるけど、これ以上分裂しちゃあだんだん小っちゃくなっちもうねん」


 「ふーん、あなたが何人いようと私は勝つよ、”殺し”だけは私の唯一の取り柄だから」


 私の言葉に16人の黒子男全員が高らかに笑う。


 「いいだろう、お望み通りお前をあの世逝きにしてやんよお!」


 16人の黒子男が私に襲い掛かった。


 「くたばやりやがれ!小娘――」


 シュバッ


 「はあ?」


 「ビンゴ♪」


 ジュシュッ! ピチャ…ピチャ…


 「おい、なんで俺の視界が真っ逆さまや?ていうか、俺の分身全部首捥げてるさかい」


 転がっている”本体の黒子男”の首を見下ろしながら本体の体を貫き心臓を握り潰した手を体から引き抜く。


 「てかお前なんで俺の本体掴んどるんや?なんで本体がそれやってわかった?」


 首だけとなった本体の黒子男の問いに私は淡々と答える。


 「私?私はただ耳を澄ましただけだよ」


 「耳を澄ましたあ?……おま!まさか!」


 「心臓の鼓動を聞き分けたんだよ、おそらく本体にだけは心臓を持ち合わせているだろうって予想して耳を済ましたら…思った通り、16人のうち一人だけ心臓の鼓動が聞こえたんだ、最初は引っ掛けを疑ったけど、まあとりあえず殺ってみなきゃ始まらないしね」

 

 「わからない…本体を予測できたんなら、なんでわざわざ俺の分身体の首全部捥いだんだ?」


 黒子男からの疑問に私は不意に笑みを浮かべつつ答える。


 「だって、本体殺るだけじゃつまんないじゃん、だからあえて全員倒してから本体を殺ったの、まあ私のやってることは無駄なんだけど、どうせなら…ね♪」


 「こいつ…狂ってやがる」


 「”殺し合うなら全力で楽しめ”それが私のモットーだからね♪」


 私は本体の黒子男の首を持ち上げて問う。


 「一つ聞きたいんだけど、あなた…16人まで分身できるっていうの嘘でしょ?」


 「ふえ!?」


 マヌケ面な顔で黒子男がおどおどとした様子で私から目線を外す。


 「実はもう一個心臓持ち合わせた本体がどこかにいるんじゃないの?」


 「さ、さあ、なんのことだか――」


 バシュッ!


 黒子男の頭を握りつぶした。

 これ以上聞いても吐かないだろうと考えてのことだ。


 「あーあ、取り逃しちゃったなあ、まあ…いっか♪まあまあ楽しめたし」


 黒子男との殺し合いを終え、私は足取り良く歩を進め他の神を殺りに探しに向かった。


 

 ―30分後


 「ふう…やっと再生しきったわ~、さすがに心臓1個やられると再生が遅くなるなあ」


 先程予想外にも制服姿の小娘に殺されかけた俺は、再生し切った心臓ともろもろの細胞・肉体で適当に放浪しようとしたその瞬間――。


 ガシッ


 突如誰かが後ろから俺の頭を鷲掴みしてきた。


 「おい!何すんだおま――」


 グシャッ!


 振り返ろうとした瞬間に頭を握り潰された。

 いきなりのことに俺の思考がフリーズする。


 な!?今、何が起きたんや!?


 潰された頭下部分から片目を再生させ見るとそこには、図体は軽く2メートルは超えており、上半身裸の筋骨隆々な体に顔は包帯でぐるぐる巻きの状態の大男が大きな斧と銃器を担いで立っていた。


 「お前!何者や!?」


 大男は俺に顔を向け言葉を発した。


 「俺は…お前と同じ神と人を殺す愚図な神だ」


 そう言って大男は俺目掛けて斧を振りかざした。


 「まずい!」


 大男の斧を躱し、すぐさま”分裂破”の準備をする。


 まだ本調子に戻ってねえ、こいつとの戦闘は避けて一旦退くか。


 そして俺は自らの身体を爆破して肉片を分散する”分裂破”を起こした。


 また元通りに再生しなくちゃいけないが、今は逃げることに集中せなアカン。


 二つの本体(心臓)も分散した、これなら奴から逃げられ――。


 「はあ?」


 俺の身に起きた出来事に不意に本日2回目の「はあ?」が溢れた。

 今、大男の手元に俺の本体(心臓)二つが掴まれた。

 たった一瞬の出来事で俺は二つとも大男に捕らえられたというのだ。


 「お前…何をした!?どうやって俺の本体を捕らえた!?」


 大男に何度も問い詰めるが無反応のまま、そして大男は俺の言葉に耳を貸さず俺の心臓二つを握り潰した。


 「バッ!馬鹿!馬鹿野郎!おまっ!心臓を!お、お前ええええええええええええ!!!」


 あちこちに分散した俺の肉片らが灰と化し、体も頭も崩れていった。


 「くそが…くそがくそがくそがくそがくそがあああああああああアアアアアアアア!!!!!」


 視界に映る大男の姿を最後に俺の意識が途切れた。

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