反逆人―真部十蔵
―神降臨2時間前、東京拘置所
「613番、行け」
私の背後から指示する刑務官に促されるまま一歩一歩と進んでいく。
手錠と目隠しで何も見えず、向かう先に何があるのか想像しにくい。
たぶんまた私を死刑台に送るみたいだが、今回も無理だろうね。
ここの拘置所に収監されてもう20年くらい経った。
この20年の間私は計20回は死刑執行を受けた。
私は別に自身が死んでも構わないが生存本能なのか、最初の絞首刑で執行が始まった途端に体が死を拒否して首の筋肉を膨張させ、さらには空気の気道を大きくする始末だ。
そのおかげで何度も首に縄を掛けられてもこうして生きている。
それからは絞首刑を1年に1回単位で受けては生き残り、絞首刑ではだめだと判断した刑務官らは次に毒殺を企てた、しかしこれでも私は生き残ることができた、最初は死にかけたが、寸前のところで毒に適応し生き残った。
色んな死刑執行を受けるうち私でも把握しきれてなかった自身の特性をもわかるようになった。
他に私と同じ死刑囚…霧矢尚人と殺し合いをさせ共倒れを図ろうとしたみたいだが、私が一撃で霧矢尚人を戦闘不能にさせた、殺せはしなかったけど。
普通なら死刑囚を何度も死刑執行するのは異例だが、国家はどうしても私を殺したいらしい。
私を殺す執念のすごさにドン引きしてしまうよ。
「座れ」
歩いていると刑務官から次の指示が出た、指示された通りに胡坐をかいて座ろうとした。
「胡坐じゃない、膝を地面に付けて正座で」
刑務官の細かい指摘に内心呆れつつ指示された通り正座で座る。
「最後に何か言い残すことは?」
死刑執行される度に何回も聞かれた問いに私はいつも通りのセリフを呟く。
「今回こそは私を殺せるといいね」
そう言うと刑務官がフッと笑う声が聞こえ、いつもと違う声色で私に言う。
「613番、この20年間今までしぶとく生き残ったようだが、今日がお前の最後の命日だ」
刑務官は高らかな声色のまま続けて私に言う。
「今回の死刑執行は、お前の息の根を確実に止めるだろう」
「…ほう、それはおもしろいね、楽しみだ」
その後刑務官は部屋から出たのか、ちょっとの足音が聞こえてから音が小さくなり、気配もなくなった。
この部屋に私一人?いや、刑務官らの気配はないが、2、30メートル先に誰かの気配を感じる。
部屋も独房と同じくらいの広さかと思ったが、刑務官が高らかに私に言った時、刑務官の声が妙に部屋中に響いていた。
部屋内に響いた秒数で表すと、40×50で大体2000平方メートルってところかな、高さは…50メートルくらい、結構広いところに案内してくれたみたいだね、目隠しで何も見えないがね。
チャキ……
チャキッという音に私が拘置所に入る以前に聞いた覚えがあるような気がした、私は咄嗟に記憶の中を探る。
拳銃?…いや違う、これは……。
すると何かが急接近してくる、その瞬間私の首辺りに冷たい何かに当たった感触で確信した。
私は冷たい何かに身の危険を感じ高く跳躍して避ける。
避けた私は刑務官から「外すな」と言われていた目隠しを外し、ついでに手錠も両手首の関節を一瞬外して手錠の輪を抜けた。
「やっぱりそうだったか、それよりも驚いた、まさか君のような女子が私の死刑執行人だとはね……」
冷たい何かの正体……それは刀だった。
そして私の視界にいるそれは、刀を所持し全身黒い道着と袴を着た女がいた。
「君は何者かな?まだ10代くらいに見えるがね」
しかし女は何も反応を示さず、ただこちらに一歩ずつ近づいてくる。
瞬きしたその時、いつの間に移動したのか、私の目の前に女がおり、今にも私に刀を振ろうとする寸前だった。
女の振るう刀をなんとか後ろに下がってギリギリで躱す。
「まったく…これは瞬き厳禁だな」
素早い動きに関心していると、女が突如私に向けて口を開く。
「真部十蔵、男、身長205センチ、体重150キログラム、年齢は53歳、趣味は読書、特に夢野久作の『ドグラ・マグラ』を愛読書としている、逮捕されるまで素性も存在すらも不明だった男」
「それは刑務官から聞いたのかな?知ってもらえるのは嬉しいけど、君少し怖いよ、しかも無表情だし……」
私の言葉に構わず女は続ける。
「1995年6月24日15時30分、首相官邸を単体で襲撃、当時の内閣総理を含め170人を殺害、逮捕後の3年後東京地裁で死刑判決を受け、その後控訴せずそのまま東京拘置所に移り現在に至る、首相官邸を襲撃した動機と侵入経路はいずれも不明」
そして女は深呼吸し、最後冷たい視線を私に向け言った。
「2018年10月13日7時30分、これより、死刑囚613番…真部十蔵の死刑執行を執り行う」
そう言った瞬間、女が私との距離目の前まで詰めて刀を振るい始めた。
躱し致命傷は免れたが、皮膚に少し切り目が入った。
何度も素早く振るわれる太刀に自身の反射神経のみでギリギリ追いつきながら躱す。
躱すに躱すが傷が増すばかりだ。
「やれやれ…困った女子だ」
私は久々の殺し合いに多少歓喜するが、油断しないよう戦闘態勢で挑む。
刀を振るう女が私の間合いに入る瞬間を待つ。
今だ。
女目掛けて右腕を大きく振るった。
しかし当たらず、突如姿を消し女を見失う。
どこだ?
その瞬間後ろの首に冷たい金属が当たる感触を感じた。
後ろに少し向きを向けると女が跳んで地面に着地する前の宙の状態で私の首を斬ろうとしていた。
これは避けるの間に合わないな。
女の太刀が私の首の肉に食い込んだ。
私の顔前に迫る死刑囚の拳を跳んで躱し、宙のまま後ろに回り込み死刑囚の首目掛けて太刀を振るった。
これで終いだ。
これで真部十蔵の首を断った…はずだった。
「なに!?」
斬ると同時に死刑囚の首がとろけたチーズのように伸び、完全に断ち切ることができなかった。
「き、斬れない!?」
あまりに人間離れした光景に私は困惑するも冷静さを取り戻そうと一旦斬るのは諦め下がる。
なぜ斬れなかった?硬かったのか?いや違う…逆だ……異常なほどに”柔らかすぎて”斬れなかったんだ!
一方死刑囚の男は首をさすって骨をコキコキ鳴らしながら私を見る。
次の攻撃に備えて私は死刑囚に刀を向け構える。
「真部十蔵、お前はその力如何にして手にしたか?」
私の問いに死刑囚の男が答える。
「私は生まれながらに超がつくほど軟体な体質でね、物心ついた時にはできていた、私が絞首刑を生き延びられたのはこの特異体質であることが大きいね、まあ…毒殺で死ななかった件とかは私ですらまだわからない点が多くあるがね」
それだけじゃない、真部十蔵…事件の報告書には銃も効かないと記されていた、あの特異な軟体体質と何か関係があるのか?
「殺す前に一つ聞きたい、お前はなぜ首相官邸を襲う大それたことをしたんだ?」
私は死刑囚にそう尋ねる、しかし死刑囚は首を横に振って「それはまだ言えない」と言う。
それ以上は答えてくれないみたいだな。
すると今度は男の方から私に質問してきた。
「一つ聞きたいが、君は名をなんというのかい?」
意外な質問に私は困惑しつつため息を吐き、少し考えた末私は男に言った。
「お前が死ぬことが確定している、名を名乗るつもりは毛頭なかったが最後に特別に教えてやる、私の名は、鬼頭美夜だ」
「鬼頭…美夜、鬼頭か…噂程度には聞いていたが、まさか本当にいるとは……興味深い」
死刑囚の男は目を細めてそう言い、私を凝視する。
「次で仕留める」
私は一旦刀を鞘に納め抜刀の構えを取る。
抜刀の構えを取ると同時に死刑囚の真部十蔵も姿勢を低くし両腕を逆向きで上げるという異様な態勢での構えを取る。
「あまり手のうち見せたくはないけど、生きるためだ、女だろうと手加減はしないよ」
「手加減無用、お前を裁くのに変わりはない」
私は視認できない速さで鞘から刀を抜き真部の急所を狙う。
同時に真部は私目掛けて両腕を鞭のように振るい狙う。
鞭化した腕を躱していくが、変則的な動作で動きが読みにくい。
少しでも見誤れば奴の殺人鞭が迫る、真部の攻撃が当たれば間違いなく即死だ。
「くっ!」
奴の手が右頬に掠り傷口ができる、真部の変則的な触手攻撃は鞭だけでなく刃物としての役割も果たしていた。
さらには振るう腕の距離範囲が約2メートル半と異様に長い。
奴は近距離、遠距離の両方を的確に使い分けている、これでは刀の射程どころか間合いにも入れない。
僅かな隙を見つけようと真部の戦闘スタイルをよく観察し攻撃パターンの解読に専念する。
隙を探す中、真部が両腕を振るい攻撃しながら話しかけてくる。
「君にとっては初めてじゃないかな、自分で言うのもあれだが、こんな戦い方をしてる人間は私以外で見たことない、君なら私の戦闘スタイルを攻略できるかな?」
「随分と余裕そうだな真部十蔵、でも…もうお前の動きを見切った」
ザシュッ
私はわずかに見切った隙を逃さず真部十蔵の額に斬り込みを入れる。
真部にギリギリのところで躱され致命傷を逃したが、当たっただけでも上出来なくらいだ。
「動きを見切ったのか…素晴らしいじゃないか」
「お前の動き全て読み切った、5分は経たないうちに死刑が完了するだろう」
確信を述べると真部は険しい形相で私を凝視しながらゆっくりこちらに近づいてくる。
「あまり過信してはいけないよ、私も伊達に殺し屋やってきたわけじゃないからね」
真部がそう言うと同時に互いの距離を詰め殺しを再開した、その時――。
ドカンッ! ガラガラッ……
爆発音が聞こえた瞬間、地下内が激しい揺れに襲われ、砂埃が少し天井から降ってくる。
なんだ!?
すると突如刑務官が一人、危険にも関わらず慌てた様子で私と真部に近づいてくる。
「近づくな!殺されるぞ!」
私の警告に対しそれでも刑務官は只事ではない顔つきと声色で私に言った。
「鬼頭さん!死刑執行は一旦中止です!」
「!?…なぜだ!?」
理由を聞くと刑務官の口から想定外なことを聞かれた。
「拘置所内に不審な者らが複数侵入し、次々に人を殺害し回っています!」
刑務官の言葉に頭の中が?でいっぱいになる。
すると、いつの間にか真部が私と刑務官との間に割って入り、状況を刑務官に尋ねる。
「お前!?なに目隠しを外している!?お前の問いに誰が答えるとでも――」
バシュッ!
刑務官が真部に怒号をぶつける途中、刑務官の首が突如無くなったかと思えば、首は宙を舞い、その後首はそのまま地面に落ちた。
私は頭のない刑務官の遺体の先を凝視する、その先の奥から体長2メートルはある”何か”が姿を現した。
「なんだ…あれは…?」
姿を現したそれは、人間とは違い腕が6つあり、それぞれが刀を持ち合わせていた化け物だった、そしてその化け物は「フシューッ、フシュ―ッ」という呼吸音を発し私たちをじっと見つめている。
「あれは一体――」
6つ腕の化け物が奇声を発してこちらに襲い掛かってきた。
来る!
私が化け物に刃を向けようとしたその瞬間、向かって来た化け物が突如地面に打ち付けられ頭が地面に埋まった。
その光景に驚愕していると、化け物を打ち付けた触手のようなのが私の後ろへと引き下がった。
そして後ろから真部が話しかけてくる。
「あれはなんだろうね、あの生き物は初めて見る」
未知の生物を見つめ私は真部に言う。
「拘置所で一体何が……?」
「そんなの私に言われてもわからんよ」
真部も私もこの状況に困惑する中、6つ腕の化け物が地面に埋まった自身の頭を引き抜き、怒りのような眼差しで私と真部を見る。
「鬼頭君、どうやら考えている暇はなさそうだ」
真部のその一言に私は頷く。
「そうだな、ひとまずお前とは一時休戦だ」
「でも、あの化け物…私の攻撃は効いてないようだね、どうすればあれを殺せるか…試しがいがあるね」
私は一旦真部と共闘する形で化け物の殺処分を始めた。
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