連れられた先

 ―1週間後


 退院後、俺は五代渚を名乗る女に車で連れられ、以前言っていた”試験”とやらを受けに向かった。

 外はまるで戦争の痕かのように荒れ果て、至る所に血や人の死体、その一部などもが無造作に散らばっている。

 車で30分くらいだろうか、車が止まりドアを開けると、目の前にでっかいビルが建っていた。

 

 「ここって、もしかして――」


 「ええ、五代グループ本社です」


 「うへえ……」


 あの有名な五代グループの本社はテレビの画面越しでしか見たことなかったが、いざ生で見るとテレビで見るのより迫力さの伝わり方が全然違う。

 

 「付いてきなさい」


 「あ、はい」


 本社に入っていく女の後を追って俺も本社ビルの中へと入っていく。

 女と俺はエレベーターに乗り込み、女は最上階へのボタンを押す。

 最上階に着くと、エレベーターから降り、別のエレベーターへと乗り込む。


 「あのう…最上階まで行ってまたエレベーターに乗るんですか?」


 尋ねると女は淡々と俺の質問に答えた。


 「私たちが向かってるのは地下5階、地下5階に行くにはまず、最上階にしかない別のエレベーターに乗って、その後この階ボタンで地下5階行きの暗号を打ち込むの」


 そう言って女は1階、2階、1階、1階の順で押した。

 するとエレベーターは動き出し、地下5階へと降りていく。


 「そうそう、あなた、今押した階と順番覚えても無駄ですよ、随時暗号が変わる仕組みになってるから」


 「あ、はい……」


 地下5階へと向かうエレベーター内では沈黙の空気が流れる。

 何か話題を出そうにも全然良いのが思いつかない。


 フォンッ


 その音と同時にエレベーターのドアが開く、先に女が下り、俺も女の跡に続く。

 やや暗く長い廊下を二人っきりで歩く。

 コツ、コツ、という靴音も辺りが静かすぎるせいで鼓膜が妙に響く。


 「呀嗟広斗君」


 女が突如俺を呼ぶ。


 「はい?」


 俺は無機質に返事する。


 「…もし、違ってたらごめんなさい、あなた…」


 女は警戒する素振りで俺に尋ねた。


 「人…殺したことありますか?」


 !!??


 「どうして、そう思うんですか?」


 女は「ハアッ」というため息を吐いて俺に言う。


 「否定は…しないんですね」


 「今さら知ってどうするうですか?まさか、警察に突き出すとでも?」


 そう言うと女はまたため息を吐き、うんざりした顔で俺を見る。


 「なんですか?」


 「いえ…化け物を殺れる人ってなんでこういう訳アリばっかりなんだろうって…思っただけよ」


 女はそっぽを向いて向かう先に目をやる。


 「それで、どうして僕が人殺しだと?」


 女に問うと、冷たい目と表情で俺の方を向き答える。


 「直感よ」


 「へえ…」


 「まあでも、これであなたがなぜ化け物に対抗できたか、わかった気がする」


 「そうですか…」


 「でも、あなたが対神の戦闘要員として正規雇用されるか、ただの殺人鬼のまま地獄に堕ちるか……」


 すると突如向かっていた先から光が差し込む。

 久々の光に眩しくて目を閉じたが、少しずつ光に慣れさせていき目をゆっくり開ける。

 目を開けるとそこは真っ白な空間で広がっていた。

 そして俺から見て左側高さ20メートル程の所にガラスが貼っている。

 ガラス越しには、比較的身長が大きい男、俺と背丈は変わらない眼鏡を掛けた男性、そして…俺があのとき助け、お見舞いにも来てくれた女子高生…天内優里がいた。



 ―6日前


 「あ~…いってえ……」


 全身の痛みにずっと感じる入院生活に苛立ちを覚えつつ、俺は糞共(神と呼ぶのもおこがましい)への殺意で頭がいっぱいだった。

 早く怪我を治してすぐにでも奴らを皆殺しにしたい気持ちが強かった。

 そんな時、看護師が俺の苗字を呼び、「お見舞いですよ」と言う。

 俺は体中の痛みを我慢しながら「大丈夫ですよ」と応える。

 そして、カーテンが開いたその先には、俺が一昨日助けた女子高生の一人がいた。


 「こんにちは」


 緊張しているのか、彼女はおどおどとした様子で挨拶する。

 俺も「どうも」と返事をし、近くにあった椅子に座るよう促す。

 彼女は戸惑いながらも促した椅子へと座る。

 

 「体調はその……どうですか?」


 「んまあ、普通です、あなたもお怪我は大丈夫ですか?」


 そう尋ねると、彼女は包帯に巻かれた自身の腕に手を置き答える。


 「はい、私は特に大丈夫です」


 「もう一人の方は?」


 「義妹はしばらくリハビリと入院が必要みたいですが、生活に支障がないくらいには回復するみたいです、少し処置が遅かったら手遅れだったと言っていました」


 そう言うと彼女は突如俺に頭を下げた。


 「助けていただいて…ありがとうございます」


 「いやそんな!頭を上げてください!」


 そうだ、俺は人から感謝されるためにこんなことをしたわけじゃない、俺はただ…無我夢中で…目の前の神らを憂さ晴らしで殺しただけだ。

 

 「とりあえず、二人とも無事で何よりです」


 そう返すと、彼女は少し流れた涙を拭って俺の方を向く。


 「あの、もしよろしければですが…お名前伺ってもいいでしょうか」


 彼女の問いに俺は「いいですよ」と応える。


 「呀嗟広斗です、つい最近は大学生でしたが、今はこのご時世なので無職…ですかね」


 「いえそんな…」


 場を和まそうと少し自虐を交えて自己紹介したが、余計彼女を困らせてしまった。


 「なんか…ごめん…」


 「いいえ!そんな謝らないでください!謝るのはむしろ私の方で……呀嗟さんは重かった空気感を明るくしようとしてくれたんですよね」


 「いや…なんかごめん、俺やっぱこういうのセンスなくて…」


 それからは彼女とたわいのない会話が流れた。

 あの歩から指原も友人も家族も殺され、突如として大切な人たちを失った怒りで感情をコントロールできす暴走してしまったが、今こうして彼女と話すこの時間が惨劇前の日常に戻ったような気がした。


 「そういえば名前聞かなかったね、名前聞いてもいいかな」


 彼女は頷き、笑顔で俺を見て言った。


 「私は、天内…天内優里って言います」


 彼女の名前を聞いた俺は、一瞬「ん?」とどこかで聞いたような名前で俺は記憶を巡らす。

 

 「天内…天内……あ!」


 「どうかしましたか?」


 「ちょっ、もしかして…天内優里って、あの天内優里!?」


 思い出した、テレビで見たドラマや男友達と芸能人の話をした時に度々出てたあの人気俳優…天内優里だ、なんどもテレビや雑誌で見た顔なのに、なぜすぐに思い出さなかったのだろうか。


 「ごめん!気づかないなんて失礼だったね、俺東京出身だけど俺今まで有名人とかに会ったことなかったからさ」


 「そんなことないです!むしろ気づかない方がこうして自然と話せたので……」


 その後しばらく俺は天内優里と話し続けた、俳優と気づいた瞬間妙に緊張してしまったが、だんだんと慣れていってまた自然と会話ができるようになった。


 「そろそろ義妹のところに行かないと…」


 「ああ、そうだったな、ごめんね、話に付き合ってもらっちゃって」

 

 「いえいえ、呀嗟さんとお話しできて楽しかったです」


 天内さん、めっちゃ素直だな~、偏見だけど俳優ってプライド高そうで近寄りがたいイメージがあったけど、天内さんはなんていうか、雰囲気が周りの女子となんら変わらない感じだ。


 「こちらこそ楽しかったです、義妹さんの怪我治るといいですね」


 「はい!」


 その後俺が退院するまでの間、時間があればたまに天内さんと話したり、時には天内さんの義妹も交えて話したりと穏やかな日々を過ごした。



 ―現在


 そして今、白い空間の中で俺は目の前にいるヨーロッパ系の外国人らしき男との睨み合いが続く。

 俺が今この男一点に集中しているのは、なぜかこの男から敵意を感じるからだ。

 すると、俺の後ろに回った女は俺の顔に近づき耳打ちする。


 「これからあなたに”試練”を与えます、目の前にいる米兵を”殺す気”でかかってもらいます」


 小さな声で言ったその言葉に俺は「はあ?」となる。

 そして女はさっき通った道に戻り、出入口を閉じた。

 女が言ったその”試練”に俺は「マジか」と溢した。


 「試練ってことは…あいつを殺らないと雇わないってことか?冗談じゃない!あいつは人間だぞ!」


 でも試練を成し得ないと俺は正規採用されない、仕方ない…外人には悪いが、気絶してもらう。


 俺は人を傷つける覚悟を決めた、あの外人に恨みはないが、自分のためであり、神々を殺すためでもある。


 「死なない程度に殺してやる…あとで恨むなよ、とは言っても、日本語じゃわからないか」


 俺は女が言っていたその米兵とやらとの距離を詰め、自身の右手に力を籠めて拳を振るった。

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