演技

 ―2年前


 「はいカット!」


 実写映画のワンシーンを撮り終え、一旦休憩に入る。

 今回撮る映画は実話をもとにした映画だそうで、1年前の総合格闘技女子で最年少優勝を果たした主人公噛久田乙葉を私が演じることになった。


 「うまいね演技!まるで私そのものだったよ!」


 私は声のした方を向くと、そこに今回の実写映画の主人公のモデルである噛久田乙葉がこちらに近づいて来た。


 「ありがとうございます」


 私は軽く会釈し、噛久田乙葉も会釈し返す。

 噛久田乙葉は何の躊躇もなく私の隣に座る。


 「天内優里ちゃんだっけ?たしか私と1つしか変わらないよね、あ、天内ちゃんの方が年上だから、あまり親しげに話しかけない方がよかったかな?」


 噛久田乙葉の言葉に私は首を振る。


 「いえいえそんな、特に気にしていないので、まさか乙葉さん直々にご指導いただけるなんて恐縮です」


 「そんなかしこまんないで仲良くしようよ、私を演じてくれるのがあの有名な女優だなんて誇りに思うよ、今日撮影で天内ちゃんに会うって友達に言ったらね――」


 そこからは年齢が近いこともあり私と乙葉さんとの会話が弾んだ、こんなに気を許して話せる人なんて三咲ちゃんや翔君、静香さん以外にいなかった。

 しかも私より年下のはずなのに、可愛い系の女の子でありつつもどこか大人びていた。


 「また格闘試合のワンシーンを撮るんだよね、私事前にアクションの脚本読んであるから蹴りとかパンチとか色々教えるよ」


 「ありがとうございます」


 「だめだよ天内ちゃん、敬語は禁止、私の方が年下なんだから」


 それから映画の撮影が終わるまで乙葉さんから格闘術や動作、受け身などをみっちり学んだ。

 今までアクションの撮影のために格闘技専門の人から色んなアクションを学んできたが、特に乙葉さんのそれは別格だった、相手をいかに一撃で仕留め、相手をダウンさせるかなど、ありとあらゆるその技術は驚くほど正確だった。


 こんなの全部身に付けるのなんて難しい……。


 それでも私は100%の演技をするため乙葉さんに動作から細かい部分まで聞いたり、乙葉さんと他のアクション俳優さんに頼んで相手して貰ったりと少しずつ乙葉さんの戦闘スタイルを模倣していった。


 

 全てのシーンの映画撮影が終了し、映画製作終了の打ち上げに参加する。


 「天内ちゃん!」


 「乙葉さん」


 乙葉さんは私の所に駆け寄り、「お疲れ様」と挨拶を交わし合った。


 「撮影…終わっちゃったね」


 「うん、そうだね」


 私と乙葉さんはまだ未成年なので机にあったジュースをコップ二つに注いでうち一つを乙葉さんに渡す。


 「ありがとう天内ちゃん」


 「どういたしまして」


 私と乙葉さんは同時にジュースを一口飲む。

 そこからはなぜか沈黙が流れ、何を話せばいいか困惑する。

 何の話題から切り出そうか考えていると乙葉さんの方から私に話しかけた。


 「天内ちゃん、今まで本当にありがとう、私を演じてくれたのが天内ちゃんで本当に良かった」


 その言葉に私は嬉しくなりつつも感情をあまり表に出さないよう「ありがとう」と応える。


 「たぶん私を演じるのが天内ちゃんじゃなかったらたぶん試合シーンとかなんて私だけの格闘技そのものを他の女優じゃ再現できなかったと思う」


 「いえいえそんな!そんなことは…」


 「謙遜しないで、それに、私の動きをほぼ全部トレースするなんて、内心私、できるはずないって思ってたんだ、でも今回は本当に…想像以上だった」


 「そこまで行ってくれると私、乙葉さん役で演じれてよかったです」


 乙葉さんの言葉に私は俳優という仕事に強いやりがいを感じた。

 

 私の演技でこんなにも感動してくれるなんて、今なら静香さんの気持ち…わかるかも。


 私は胸の中でほっこりした気持ちになった。


 乙葉さんは突如私の肩に手を置き、顔をこちらに近づいてきた。


 「ねえねえ、もしよかったらだけど、天内ちゃんも総合格闘技デビューいや…裏世界しかない大会とかも参加しない?なんだって私の動作をトレースできたんだよ、きっと格闘技界…表も裏でも私くらい…いやもしかしたらそれ以上に活躍できるかもしれないよ」


 一部怪しい用語も聞こえたがとりあえずそれはスルーしておいた。

 乙葉さんからの誘いに対し私は応える。


 「せっかくのお誘いなのにごめん、私、人に暴力振るうの苦手で…」


 「そうなんだ、もったいない、せっかく殺る才能があるのに…」


 「でも、私を誘ってくれてありがとう、乙葉さん」


 お礼を言うと、乙葉さんは目をキラキラと光らせて私の手を掴んだ。


 「私も!あなたに出会えてよかった!また会う機会があったら一緒にお茶しよ!」


 私は「うん!」と応え、打ち上げ終了まで二人でジュースを飲みながら会話を楽しんだ。


 

 「グギャハハハハハハ!!!」


 死を覚悟した直後、私の脳裏に乙葉さんに格闘技を教わった時の記憶が走馬灯のように流れた。


 『いい?自分よりも体格の大きい人がパンチしてきたとき、まずはこう…片手で相手の打撃を流すの、相手が右ストレートの時は右手で、左ストレートの時は左手で流すんだよ、その後すぐに相手の目を突く…じゃなくて、鼻辺りに狙いを定めて拳に回転を掛けながら…パンチ!』


 怪物の左ストレートを左手で流して…次に……。


 『乙葉さん今、鼻辺りへのパンチの前に目を突くとか言ってませんでした?』


 『いやこれはその…ほら、総合格闘技でも目潰しは反則だからさ、え?私?してない!してない!目潰しなんて、総合では…』


 あのときは鼻辺りを殴るって言ってたけど、相手は人じゃない、怪物だ、それに怪物はさっきよりも体が硬い、普通に顔殴ってもおそらく怪物はもう怯まない、なら……。


 私は怪物目掛けて繰り出す手を握り拳からピースサインに切り替える。


 怪物が硬質化しても動ける構造と視界を保つために唯一固くしてはいけない部分、それは間接と首、内臓、そして目だ、もし、怪物の相手をするのが私じゃなく乙葉さんだったら、絶対……。


 ブシュッ!


 怪物の両目をそれぞれ人差し指と中指で潰す。


 「ギャアアアアアアアアアアア!!!!」


 目を潰された怪物は悲鳴を上げながら両目を押さえる。


 視界が塞がれてる今のうちに!


 次の行動に出る。

 硬質な体に覆われた怪物を倒す方法は…これしかない。


 怪物の右膝の裏間接を思いっ切り蹴り上げる。


 「ゲハッ!」


 「こっちよ!」


 怪物がこちらに振り返った瞬間、私は落ちていた鉄パイプと尖った木の棒を拾いまず鉄パイプで怪物の首目掛けて渾身の力で叩いた。


 ガンッ!


 「グギャッ!!」


 怪物がわずかに開いた口……生物上弱点となりえる口内が露出した。


 いまだ!!


 私はもう片方持っていた鋭く尖った木の棒を開いた怪物の口の中目掛けて投げ入れ奥へと刺した。

 怪物は刺さった口の中から赤い血が大量に噴き出る。


 「ギャバババババババババウッブクブクブクブク…ウウウウウゥゥゥゥ!!!!!」


 怪物は絶命まではしなかったものの、血を流し過ぎたせいか動きが鈍くなったように見える。

 でもまだ油断はできない、頭を再生した時と同様にまた再生する可能性だってある。


 どうすれば怪物を倒せる?でもきっと、乙葉さんなら絶対諦めない、怪物が死ぬまで私がここで倒れるわけにはいかない。


 私は怪物のところへと駆け出した。

 怪物が絶命するまで徹底的に叩き潰すために。

 私が駆け出すと怪物も怒りに満ちた形相でこちらに向かって来た。

 

 「グオオオオオオオオッ!!!」


 パシッ


 「グアッ?」


 「え?」


 突如怪物の頭上に別の怪物が頭を掴んだ。


 「フウウゥゥゥ」


 バンッ!!

 

 突如出現した怪物の手から爆風が生じ、煙が立ち込める。

 その爆発音はどこかで聞いたことがある音だった。


 煙が収まり、怪物のシルエットがはっきりした時、私は最初の事の発端を思い出す。


 「まさか…」


 爆発を起こした怪物が姿を現した。


 「フウウウウウウウッ…」


 その怪物は、私が最初に遭遇した怪物そのものだった。


 「まさか、また遭うなんて…」


 するとその怪物は私に気づくと「フウウッ」と発しながら薄笑いでこちらを見ている。


 「フウ…フフフフフフフッ……」


 怪物のその表情はまるで私に『久しぶり』と言っているようにも見えた。

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