出会いと別れ

 「い…嫌…」


 目の前に化け物、そのあまりの恐怖に腰を抜かしてしまう。

 この場から逃げたいのに体が思うように動かせない。


 逃げたい…早く…ここから離れないと……。


 なんとか両手で這うようにしてドアに向かう。

 でも、その化け物はそう待ってはくれなかった。


 「フウウウゥゥゥゥッ」


 化け物が私目掛けて手をかざそうと接近してきた。


 こ…殺される!


 私は死を覚悟した。



 5歳の頃だったかな、私が女優を目指すきっかけになったのは。


 親から聞いた話だと、小さい頃の私は恥ずかしがり屋でいつも母にくっついていた子供だったらしい。

 

 とは言っても、恥ずかしがり屋なのは今も多少残ってるけど…。


 そんなとき、隣の家に姉弟妹の家族が引っ越してきた。


 隣に引っ越してきたのは当時人気女優として活躍していた小室静香さん、当時幼かった私も知っているくらいの有名人だった。


 両親はすでに他界しているとのことで、長女だった小室静香さんが年の離れた弟と妹を養っていた。


 テレビでしか見たことない女優にまさか本物に出会えるとは思わず父、母、私も驚いた。


 そして、私が直接静香さんと話せたのは引っ越しの挨拶に来てくれた時、対面した最初は母の後ろに隠れながら挨拶に来た静香さんをじっと眺めた。


 私に気づいた静香さんは手を振ってくれたが、もちろん人見知りな私は母の後ろに隠れる。

 すると静香さんがゆっくりこちらに近づき、両手を広げて何も持ってない素振りを見せる。

 そして手をパンッと閉じ握る。

 私はつい静香さんの握る手が気になり見つめると……。


 「じゃんっ!」


 握ってた手を広げ、そこには一輪の白い花が静香さんの手のひらに出現した。


 「どう?隣に子供がいるって聞いてたから打ち解けたくてちょっとした手品練習しちゃった、どうかな?」


 私は驚きと感激でコクンッと2回頷く。


 「そう!よかった!きみ、お名前なんて言うの?」


 名前を聞かれた私は緊張したが、小さい声でも勇気を振り絞って口を動かした。


 「ゆう…り…優里です」


 「へえ~ゆうりって言うんだね、自己紹介できて偉いね、ゆうりちゃんは今何歳?」


 「…ご、五才です」


 「五才なんだ、私の弟も五才なの、もしよかったら仲良くしてね」


 静香さんにそう言われ、私は静かにコクンッと頷いた。



 あれから静香さんは交流は少なかったものの、たまに静香さん家族と私の家族とで近く公園に向かったり、庭でバーベキューをしたりなど仲を深めていった。


 「ゆうりー!こっちで遊ぼうよ!」


 静香さんに初めて会ったその後、静香さんの弟の翔斗君と妹の三咲ちゃんとも仲良くなり、公園でよく遊ぶようになった。

 特に翔斗君はよく遊びに誘ってくれたり、私の知らない遊びや流行りなどを教えてくれたりと一人で遊ぶのとは違う楽しさを感じるようになった。

 外で遊ぶことなんてあまりなかったので、私にとっては新鮮だった。

 翔斗の妹も「優里お姉ちゃん」て呼んで私なんかに懐てくれている。

 人見知りだった私は友達もできなかったのに、静香さんのおかげ…いや翔斗君と三咲ちゃんのおかげで私の人見知りが少しずつ治っていった。


 

 「行ってきます!」


 私は両親にそう言って家を出る。

 外に出ると幼馴染…彼氏の小室翔斗が門の前に立って私を待っていた。


 「おはよう、優里」


 翔斗からのおはように私も「おはよう」と返す。


 「あれ?優里、頭の天辺に寝癖ついてるぞ」


 「え!?うそ!?寝癖直したはずなのに!」


 私は隠すようにすぐ頭を押える。


 「ごめん嘘!今日も髪整ってるよ」


 私は頬を赤らめ翔斗の背中を叩く。


 「もう!ひどいよ翔君!」


 「はは、ごめんってほんと」


 私が文句を言ってると、「お兄ちゃん」と呼ぶ声が聞こえる。


 「また優里お姉ちゃんにちょっかい出したの!いい加減そういうところ治しなさいよね!」


 翔斗の妹の三咲が言い、翔は「わかったわかった」と言う。


 「いやだって、優里の反応がいつも可愛いんだからいじめたくなっちゃうんだよ」


 「小学生かよ、お兄ちゃんもう中学生なのに、あと!朝からお兄ちゃんと優里お姉ちゃんがいちゃつくの見るとこっちが恥ずかしいんだけど!」

 

 三咲は私たちに指さしてそう言い、私は慌てて三咲に謝る。


 「あ、ごめんね三咲ちゃん、そうだよね、気を付けるよ」


 一方の翔斗はちぇっとふてくされて三咲に言い返す。


 「いいじゃん俺らカップルだし、いちゃいちゃしようが三咲には関係ないだろ」


 「間違っても優里お姉ちゃんに変なことしないでよ、もししたら許さないんだから」


 三咲の言葉に私と翔斗は頬を赤らめてしまう。

 翔斗は開き直って「変なことして悪いかよ!」と言い返す。

 それを私は慌てて否定する。


 「へ!?変なこと!…す、するわけないでしょ!私たちまだ中学生だよ!」


 「そ、それよりも優里、先週優里が受けたオーディション結果は明日だろ、合格してるといいな」


 翔斗は話を私が受けたオーディションの話題へと無理やりすり替える。


 「そ、そうだね、オーディション受かってればいいけど、落ちたらどうしよう」


 私は明日の結果に不安を抱く、翔斗は不安に感じる私に「大丈夫だ」と声をかけ私の頭を撫でる。


 「だって、優里は全力出し切ったんだろ、いいじゃんそれで、仮に落ちたとしてもまた頑張ればいいよ、俺はずっと優里を応援してるからさ」


 翔斗の言葉に私は不安から安心へと変わり、翔斗に「ありがとう」と言った。


 「まったく、相変わらず仲がいいこと、じゃ、私は学校行ってるから」


 三咲はそう言って学校へと向かった。

 

 「私たちもそろそろ行こっか」


 私は翔斗と一緒に学校へと向かった、いつも通り手を繋いで。


 

 「はい…はい…わかりました……」


 通話が終わったのを見計らって母が私に恐る恐る聞いてくる。


 「どう…だった、結果?」


 母からの問いかけに私は一呼吸置いたあと母に向けてピースサインを送る。


 「オーディション合格したよ!来週から撮影に参加することになったよお母さん!」


 母は私の合格に涙を浮かべて喜び、同じくこっそり聞き耳を立てていた父も大喜びで私に言う。


 「よかったな!ほんと!ほんとに…グスッ……ほんとによかったあ!」


 「あなた、鼻水出てますよ」


 父も母も私も号泣し、合格できた嬉しさが増していく。


 「そうだ優里、合格したこと翔斗君にも伝えておきなさい、翔斗もきっと喜ぶと思うわ」


 「うん!そうだね!さっそく翔斗に連絡してみる!三咲も結果を知りたいかもだし」


 私は電話番号を入力し翔斗に掛ける。


 プルルルルッ プルルルルッ プルルルルッ プルルルルッ 

 

 しかし翔斗の電話は一向に出る様子がない。


 「あれ?どうしたのかな?いつもなら出るはずなのに…」


 「きっとちょうど電話に出れないタイミングだったんじゃない?」


 母の言葉に「たしかにそうかもね」と返し、しばらく時間をおいてからまた電話を掛けることにした。


 

 時間を置いた後も電話掛けたが無反応、翔斗たちは姉の静香さんと妹の三咲とで今日久々に旅行に行っている。


 何かあったのかな、もし翔斗たちの身に何かあったらどうしよう……。


 私は不意に嫌な予感を感じた。

 そして、その予感は的中した。

 携帯で何度か掛け直すとやっと翔斗の携帯が繋がった。


 「翔斗!?ごめん心配で何度も電話掛けちゃって―」


 電話口話しかけたその時、電話口から知らない人の声が発せられた。


 「こちら富士南部警察署の者ですが、小室翔斗さんの関係者でしょうか」


 急な警察からの応答に私は戸惑う。


 え!?なんで警察が?翔君は?三咲ちゃんは?静香さんは?


 私は翔斗たちのことを尋ねようとした瞬間、警察の方から事情を聴かされた。


 「大変申し上げにくいのですが…小室さん方は富士高速道路付近にて衝突事故が発生しまして、小室さん方はそれに巻き込まれました」


 「え?」


 え?事故?翔君たちが?


 「翔君は?…三咲ちゃん、静香さんは…無事なんですか!?」


 私の問いに対し警察は返答がなく沈黙続く、しばらく経つと電話口で警察が言った。


 「小室三咲さんは幸いにも軽傷で命に別状はありません、ですが……」


 三咲が無事だったことに胸を撫で下ろすが、警察があとに言った「ですが…」というセリフに不安が増大する。


 それどういう意味?翔君も静香さんも無事だよね?無事なんだよね?


 しかし私の期待とは裏腹に信じたくない事実を電話口を通じて聞かされる。


 「落ち着いて聞いてください、小室静香さんと翔斗さんは……」


 いやだ、いやだ、聞きたくない……。


 生きているとどうしても信じたかった、でも、警察の反応から察せざるをえなかった。


 「小室静香さんと翔斗さんは……お亡くなりになりました」


 警察から翔斗と静香さんが亡くなったことを知り、二人を失ったショックのあまり私は膝をついて部屋の中で一人、人生で一番泣いた。

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