惨劇の前日
「ねえねえ!呀嗟君も一緒に行かない!?」
名前を呼ばれ、俺は呼ばれた声の元の方を向く。
名前を呼んだのは、同じゼミの指原仁花だった。
指原仁花はゼミ内でも友達が多く人気者であり、冴えない俺にも話しかけてくれる優しい子だ。
指原の誘いに俺は驚きつつ普通に問い返す。
「行くって、どこに?」
「もう、聞いてなかったの?ゼミのみんなで学祭回ろうって話をしててさ、もし呀嗟君もよかったらどうかなって…」
指原含めゼミのみんなで明日の学園祭を回るということだそう。
俺は元々土日曜日はゲームやら睡眠やらで過ごそうと思ったが、たまには外で楽しむのも悪くないと思い、せっかくだし俺も指原たちと学祭に行くことにした。
「じゃあ…俺も行こうかな、学園祭に」
「やった!じゃあ決まりね、あとで班長にも呀嗟君も行くってこと伝えとくね!」
指原は班長の所へ向かおうとしていたが、途中何かを思い出したかのように俺の所に戻ってきた。
「あとごめん!もう一つ伝え忘れてた」
そう言って指原は俺の耳元まで近づいた。
いきなりのことに一瞬何かしてしまったかと思ったが、なんとか平静を保つ。
「四限の講義終わった後さ、第二体育館裏に来てくれる?」
周りに聞こえない小さな声でただ一言俺にそう言った。
そのあと指原は「じゃあまた」と言ってその場を去っていった。
ハアッ ハアッ
皆は無事だろうか、どうしよう、どうしよう、もしみんながあの怪物に殺されてたら……指原も…。
俺は無我夢中で走った、足が痛くても、脇腹も肺も痛くてもひたすら足を動かした。
俺の命とかそれどころじゃない!早く!みんなを…みんなを見つけないと!せめて、せめて指原だけでも、指原との”最後の会話”があんなのでいいはずがない!
俺はふと昨日の放課後のことを思い出した。
昨日俺は四限が終わってすぐに指原が指定した場所へと向かった。
「思ってたより早かったね、呀嗟君」
「ごめん、先に待たせちゃったね、それで、俺に何か…」
「急でごめんね、呀嗟君に伝えたいことがあって…本当だったら学祭の時に言いたかったけど、たぶんこうして二人っきりになるの難しいかもと思って」
俺に伝えたいことってなんだろう?俺指原に何かしたっけなあ?
他の人に聞かれたくない悩みでもあるのかばかり思っていたが、それは違った。
「私、呀嗟君のことが…その…好きなの」
ふえ?
今…指原はなんて言った?好き?俺が?
いや空耳でしょ、俺のことなんて好きわけない、だって、会ってまだ6カ月だぞ。
「それでその…私と付き合って欲しい…です」
指原は頬を赤らめながら俺にそう言った。
間違いない、これは告白だ、まさか自分が告白を受ける側になるなんて。
俺なんかが、でも、いいのか、俺なんかで。
「そのえっと…指原さん、どうして俺を?だって、指原さんと初めて会ってまだ数カ月しか…」
俺は指原に告白の理由を尋ねる。
そりゃだって俺が告白される理由も何も思いつかないのだから。
「やっぱり、覚えてなかったんだね、実は初めて会ったのそのもっと前なんだ」
「え?」
そして俺は指原から本当に初めて会った時のことを話した。
「入学して間もない頃、私が満員電車に乗ってる時に体調が悪くなって、もちろん席譲ってほしいなんて言えるわけなかったから、駅に着くまで我慢しようと思った」
「もしかして…あのときの!」
俺は指原が話す途中で思い出した。
「思い出したんだね、そう、私が電車内で倒れそうになったところを呀嗟君が支えてくれたの、そのあと大学の最寄り駅に着いた後も私を介抱してくれて…」
俺はなんでゼミで再会した時に思い出さなかっただろう、というか、言われるまでこのことすっかり忘れてしまっていた。
ほんと指原に申し訳ない。
「そうか指原さんはあのときの子だったんだね、電車で会った時と変わったね」
当初電車で会った指原は眼鏡を掛けあまり目立たない服装とおとなしい感じの子だったが、今目の前にいる指原はおしゃれでコミュ力高い活発な女の子、確かによくよく見れば面影があった、あまりのギャップに女の子ってここまで変化するものなんだなとつい感心してしまう。
「元地味女で幻滅しちゃった?」
指原の言葉に俺は首を横に振る。
「いやいやそんなことは…ちょっと驚いたっていうかその…前と今とのギャップがすごいっていうか…」
「やっぱり、嫌?」
俺はさらに首を横に振った。
「そんなことない!指原さんは昔も今も魅力的な人だし、地味だろうがなんだろうが関係ない!」
そう言うと指原はクスっと笑い、俺に「ありがとう」と言った。
「え、俺『ありがとう』って言われるようなこといったっけ?」
「やっぱり、呀嗟君のそういうところ、好きだなぁ…」
指原が発した「好き」という言葉に俺も頬を赤らめ、顔下半分を右手で覆い隠す。
相手に好きって言われ慣れないと照れるな…これ。
心身を落ち着こうと顔下半分を隠しつつ呼吸を整えると、指原は俺に尋ねる。
「それで、告白の返事は…」
告白の返事を聞かれると同時に俺はふと嫌な記憶を思い出した。
俺がまだ8才の頃、大好きだった幼馴染を目の前で失った時の記憶を。
大切な人を守れなかったことに負い目を感じ、すぐに告白の返事をすることができなかった。
指原は俺の心身を察したのか、黙ったままの俺に優しく声をかける。
「ごめんね、困るよね、いきなり告白なんて、返事はもちろん先でもいいし、無理に付き合わなくてもいい、そのまま返事しなくても…」
指原を困らせてしまった、だめだ、指原がせっかく勇気を振り絞って俺に告白してくれたのだから、恥をかかせるわけにはいかない。
今の段階でははっきりした告白の返事は言えないが、指原に失礼のないようできる範囲で告白の返事をする。
「ごめん、今の俺じゃ付き合うかどうかの判断ができない、少し返事を待ってくれないか?心の準備ができないまま付き合うのも指原さんに失礼だし…」
そう返すと指原は「そう…わかった、ありがとう、呀嗟君」と応えた。
そのときの指原は笑顔でありつつも少し涙目で悲しそうな表情は見てとれた。
そして俺は、指原に俺にとって思い出したくないあのときの出来事を明かした。
「俺、実は昔異性の幼馴染がいたんだ、俺にとってその幼馴染は大切な人だった、でもある時、俺の目の前で幼馴染が交通事故に遭って、それでもう…二度と会えなくなってしまったんだ」
本当ならこんな話をしたくなかったが、せめて告白の返事を保留にする理由はちゃんと言わないと思い、声を震わせつつも指原に明かしていく。
一方の指原はこんな俺の話に頷き聞いてくれた。
「それ以来俺は人とあまり関わらないようにしてたんだ、また大切な人を失いたくなかったから、でも大学二年に上がってゼミに入ってからそんな俺を指原さんは話しかけてくれた、その後も指原さんのおかけでゼミの友達もできた、ありがとう」
指原は照れくさそうに首を横に振って「そんな大したことなんて」と言う。
誰かにこの話をするのは初めてだった。
でも指原に過去を打ち明けるとなんだか気持ちが少し軽くなった、気持ちが楽になるのは初めてだった。
「今は返事できないけど、できるだけ早くいや…明日には絶対返事する、必ず!」
俺は指原にそう誓うと、指原は笑顔で俺に言った。
「うん!待ってるね!」
「指原…さん?…」
予定の待ち合わせに着いた時、俺の目の前にはゼミで仲良くなった友人たち。
その中には、視線を逸らしたいほど無惨な姿に成り果てた指原仁花があった。
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