冬は泣かない
外清内ダク
冬は泣かない
いつまでもダラダラと残暑が続き、今年はもう冬なんか来ないんじゃないか、って思った矢先にいきなりの雪。昨日までジャケットも要らないくらいだったのに、今夜はコートまで引っ張り出さなきゃならなかった。不思議な巡り合わせだね。年に一度のこの日に、急転直下の冬到来。君からの挑戦状かも? なんて空想が心によぎり、私はコートを胸の前に固く掻き寄せる。
冬は泣かない。そう決めたんだ。
君が死んでから6年が経つ。刃物のように鋭く凍てつく夜、君は橋から川に飛び込んだ。通行人がすぐに気付いて通報してくれたらしいけど、暗い夜中だ。捜索は難航し、君が発見されたのは明け方になってからのことだった。搬送先の病院で死亡確認。死因は凍死。
結局、自殺の理由がなんだったのか、最後まで分からないままだった。
君が最後に会った人物だったから、私も警察の事情聴取を受けた。でも、話せるようなことなんて、何もなかった。電話して。約束して。買い物に行き、お茶をした。いつも通りの友達づきあい。ただそれだけ。
その時にはもう死ぬつもりでいたんだろうけど、君はそんな気分をおくびにも出さず、ずっと楽しそうに笑ってた。ほんとに楽しそうに笑ってた。私の一番の親友は、最後の最後まで私の大好きな憧れの人のままでいてくれた。なんでかな。私に心配かけたくないって思ってたのかな。違うかな。ほんとに楽しんでいたのかな。避けられない自死を目の前にしながら、ひととき、それを忘れて楽しんでくれてたのかな。そうだといいな、と私は思う。君の人生が終わる寸前に、心から笑える瞬間を君と共有できたなら、それだけでも私は少し救われる。
でも。
でも、私は君を止められなかった。
君はどんな痛みを抱えていたんだろう。私はその片鱗さえ知らない。もし話してくれていたら、何か力になれたかもしれない。なれなかったかもしれない。たぶん、なれなかったんだろう。だから君は話さなかった。そういう奴さ、君は。頭が良くて、未来に起こることをみんな先読みして、無駄なことは一切しない。そんなところに憧れたけど、今はちょっと、そういうとこだぞ、とも思う。話せばいいだろ。伝えりゃいいだろ。辛いこと。苦しいこと。共有するだけで楽になるかもしれないじゃんか。もちろん、話したって何も変わらないかもしれない。でもいいじゃない。たとえ何も変わらなくたって、話すことから全ては始まる。コミュニケーションって、そういうことじゃん!!
こんなやるせなさを、怒りを、悲しみを、そのどれとも違う、ただただ身を引き裂かれそうなこの感覚を、飲み込むのに5年かかった。5年間、毎年毎年、君の命日に君が死んだ橋を訪れ、私は泣いた。わんわん泣いた。まるで泣き声だけが君に伝わる言葉だとでもいうように。
でも、最近、決めたんだ。
冬は泣かない。もう泣かない。
霊的なものとか、死後の世界とか、私は全然信じていない。だからこれは私なりのケジメに過ぎない。私は泣かない。君がかつて、死の前日、私の前で笑っていたように。君が最後の最後までいつもの君でいくれたように、私もいつもの私でいる。春には思い出すよ。夏には苦しむよ。秋にはこっそり涙もするよ。でも、冬は泣かない。君が逝ってしまったこの季節だけ、私は泣かない私になる。
そうでなきゃ、君に逢えない。
今年も、私は橋に来た。
私は白い息を吐く。
ここまで小走りで来たおかげか、コートの中の私の胸は、ようやく少し、温まりつつあった。
THE END.
冬は泣かない 外清内ダク @darkcrowshin
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます