数秒間の恋人へ

紫雨

20x3年12月5日 紫社梅雨新聞 デジタル版

 滋賀県琵琶湖付近に位置する私立高校で20xx年12月24日、高校2年の女子生徒が校庭で死亡しているのが見つかった。


 学校関係者によると24日の午後三時頃、突然ガシャンと音が響き屋上への侵入者を知らせる赤いランプが点灯した。不審に思った教職員五名が駆けつけたところ姫野ゆりさん(当時16歳)の死亡が確認されたという。警察は自殺の可能性もあるとみて調査を進めているが、遺書はみつかっておらず真相は謎に包まれていた。


(画像1)高校の入学式に桜の木の下で優しく微笑むゆりさん

 

 当時のクラスメイトによると、成績優秀で先生からの信頼も厚く将来有望だと言われていたゆりさん。将来はビジネスパーソンとして第一線で活躍したいと語っていた。

 友達は少ない印象だったが、彼女の美貌は誰もが羨むもので男子生徒はみな彼女に惚れていたという。

 いじめなどは聞いたことがないとのことで、学校側も関連を否定している。

 

 しかし事件から三年が経った今日、新しい事実が発覚した。事件の真相を追っていた我々は、当時ゆりさんと最後まで一緒にいたという男子生徒のもとを訪れた。

 そのとき手渡された音声データにはゆりさんが最後に残した想いや屋上での会話、飛び降りた後に響いた生々しく残酷な音まで全てが記録されていた。



※以下に記載するのは音声データを一部抜粋し、男子生徒(以下A君とする)の証言をもとにした独自の解釈を加えたものです。

 なお、本記事ではご両親の許可を得た上で姫野ゆりさんの実名と写真を掲載しています。



 音声データは昼休みの教室から聞こえる雑音で始まる。

 誰かが近づいてくる音とゆりさんのものと思われる舌打ちが同時に響いた。


「姫野さん、僕と付き合ってみない?」

「いえ、結構です」

「あ、うん、変なこと言ってごめんね」

「いえ」

「あ、あのさ! 姫野さんって誰か好きな人いるの?」

「いえ、いません」

「それじゃぁ、どうして? 僕じゃ駄目なの?」

「いないから付き合わないのです」

「で、でもさ、僕、誰よりも君のこと好きだよ?」

「答えは変わりません。もういいですか?」


 告白した男子生徒のすすり泣く声。教室で一部始終をみていた生徒だろうか「もう少し優しくしてあげればいいのに」「モテるからって調子乗ってるよね」「姫(ゆりさんの通称)の性格きついからね」と囁く声がわずかに聞こえる。

 その声に混じって「これであと一人だな」「19人に告白され、19人を振った気持ちはいかがですかー?」と野次を飛ばす者もいる。

 そのような音が徐々に遠ざかっていくのと反比例して、苦しそうな息遣いが勢いを増す。


 ギギギと音がなり、トントントッと階段を登る音、ドサッと座り込む音。

 そのどれもが響いては消える中、苦しそうで悲痛な息遣いは音を鳴らし続ける。


 昼休みが終わるチャイムが鳴って数分後、A君は屋上へと繋がる廊下でうずくまっているゆりさんをみつけたという。この日A君はゆりさんに告白しようと強く決意していたところゆりさんの姿がみつからず、授業を抜け出したらしい。

「姫、お前大丈夫か?」

「何しに来たの?」

「いや、そんなことより……」

 ゆりさんの呼吸は今もまだ不安定で時折苦しそうな声が漏れる。

「何しに来たの?」

「いや……勝負の決着をつけにきた」

 

 A君によると女子で一番モテるのはゆりさんだが、男子ではA君だったらしい。教室では「冷酷な姫と遊ぶ王子」なんて言われるほど生まれ持った美貌以外二人は真反対であった。誰からの求愛にも応じず一人を貫くゆりさんと誰からの求愛にも応じるが一人を選ばないA君。彼らは告白された回数をポイントとして競っていたらしい。24日の昼休み、ゆりさんが告白されたことによりポイントは同数に。そして、ゆりさんに告白していないクラスの男子はA君のみで、A君に告白していないクラスの女子はゆりさんだけだったという。


「あら、そう」

 ゆりさんはいつも通りの冷淡さを取り戻し、誰よりも冷めた視線を送った。

 その行為にA君は違和感を覚えていたという。ゆりさんの冷たさは心の外から感じるのだと。

「ねぇA君……一つ提案があるのだけど」

「なに?」

「どうせ決着をつけるのなら、あそこが相応しいのではないかしら」


 そう言ってゆりさんが指さしたのは、屋上の扉だったそうだ。年をとった南京錠がどっしりと構えているその扉は「開かずの扉」として校内では有名になるほど安全対策は万全だったらしい。


「でも……どうやって? それに、先生がとんでくるぞ?」

「タイムリミットみたいで面白いじゃない。ほら、行くわよ」


 そのときのゆりさんは、ひどく楽しそうにみえたとA君は言う。だから止められなかったとも語ってくれた。


 ガシャン、ガシャンと金属バットで南京錠を壊す音がする。南京錠が古いものだったこともあり、数回で壊せたらしい。ゆりさんの歓声とともに重い扉が開く。


「校舎で唯一、青空が見える場所。そこに錠をするなんて先生方はセンスがないわね」

 珍しく饒舌なゆりさんの笑い声が響く。

「なぁ、姫。俺、姫のこと、好きだよ。誰よりも」

 A君はこのとき自分の思いを伝えることに必死だったらしい。彼にとってポイントをゆりさんに渡すことは自分の敗北を意味する。それでも、伝えたい思いだったそうだ。

「……私には誰かを好きになる心がないの。いや、厳密にはそうじゃなくて……」

「そうじゃなくて?」

「……いえ、なにもないわ。そうね、付き合ってあげてもいいわよ」

「え?」

「告白の返事」

「本当に?」

「えぇ」

「まさか、姫と付き合えるなんて思っていなかったな」

「そうかしら」

「そうだよ、だって冷酷なお姫様だし」

「私は優しい人間よ。……そうだ、目を閉じてちょうだい」

 このとき、ゆりさんは人差し指を唇にあて微笑んだ。その仕草をみて察したA君は何も疑わず静かに従った。

「これ、持っていてちょうだい」

 そう言ってこの音声データを渡されたそうだ。その後、あたたかい彼女の唇がふれた。

「A君、ありがとう。誰も傷つけず愛を伝える方法があれば、よかったのにね。今度また出会えたときは心からあなたを愛したいわ」

 これが彼女の最後の言葉だった。彼が再び瞳を開く前に、彼女は空へ体を投げ出していた。


 

 音声データと共に渡された遺書とみられる日記には、「私は同性愛者だ」「告白されるのがつらい」「結局誰にも愛されない」「誰も私の内面を知らない」「早く消えたい」などが綴られていた。

 

 誰もが憧れる美貌を持って生まれたゆりさん。しかし、彼女にはそれ故の苦悩を抱え自分の顔を捨ててまで死を選ぶこととなった。



 また、これまで学校側が隠蔽していた音声データやノートの存在を明らかにしてくれたA君。彼は今大手アイドルグループに所属している。彼は我々にこう語ってくれた。

「俺、アイドルを辞めようと思います。ずっと隠蔽に加担している罪悪感とともに生きてきました。今回こうやって事実を明らかにすることで、姫のご家族や姫と同じように苦しんでいる方の傷が少しでも癒えるのではないかと思い決断しました。それに、こうやって今の仕事を捨ててボロボロになるまで努力して……そうやって生きていけば、人は何度でも生まれ変われるのだって、一度駄目でも新しい自分になれるのだって姫に伝わるかなって……」

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数秒間の恋人へ 紫雨 @drizzle_drizzle

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