第十八話 What Do You Know About Love?

「お疲れ様でした〜!」

 プラカップたちが天井めがけて突き上げられる。酒、ジュース、お茶、それぞれの飲み物がそれぞれの手に握られている。

 ブルーミアは校庭じゅう、ほとんど祭りの様相だ。一旦、すべてに区切りをつけて、打ち上げという形で関係各位を労うべし!との案がどこからともなく出てきて、今日という日を迎えている。

 それに伴い、料理のメインを担っているカロライナはあちこち忙しなく料理の様子を見て回っているし、それに、ロッキーとパパがくっついて回っている。

「しっかしロッキーちゃん、いつパパと知り合ったんだ? こう見えて実はかなりのレアキャラだぜ?」

「タオのヤツが、友達を紹介するって言い出して……それがサファイヤ様だったんだ。そんときに」

「あー……サファイヤ様、俺のこと……なんか言ってた?」

 カロライナとしては、サファイヤから「キャロちゃん」という、キュート極まりない呼称で呼ばれていることをロッキーに知られるのは、もう少し先のことにしたい。察しているロッキーは、とっくにパパから聞いているのをパパに目配せして、ふるふる、首を横に振った。

「知り合いとしか。な、パパ」

「Ya! 子どもの頃知ってるダケ、ネ!」

「あ、そう? そんならまあ……よかった。お! 屋台いい感じじゃねえの!」

 パックスを中心に、各隊のメンバーが好きなように腕を振るっている。三人もそれぞれ、得意料理の方へと向かう。

「焼きそばいい感じだ! 食いたいヤツ、こっち来い!」

「フランクフルト焼けてるヨ〜焼き鳥もあるヨ〜タレと塩選べるのfelizうれしいネ!」

「鳥が鳥焼いてんのって……いやいや、それより。おめーらァ! ひと仕事の後と言や、カロライナ様特製タコスだ〜!」

 エメラルドやトパーズがうきうきとそれらを見て回っているとき、サファイヤとルビーのいる席にグロリオサがやってきた。何か恥ずかしそうにしているが、意を決して、話し出す。

「あのう、エンちゃん……エンカイのときの私の、ドレスをオーダーしたくて」

「まっ! 願っても無いお話ですわ。詳しく聞かせていただけますこと?」

「いやあ……大魔女様ならできるんじゃないかな〜なんて、気楽な考えなんですけど。たとえば、ですよ。スパンコールの生地で作ったドレスの、そのスパンコールぜんぶが魔法具だったりしたら、すっごい強くなるんじゃないかと思って」

 サファイヤとルビーは顔を見合わせた。そして、満面の笑みでグロリオサに向き直る。

「ぜひやらせて頂戴!」

「ほんとですか! すご〜いうれし〜! 大魔女製ドレスなんてすっごい夢みた〜い!」

 覇気の一切ないグロリオサは、ここではただの、憧れのブランドにオーダーメイドドレスを注文した女でしかない。遠目からそれを見ていたナルキスが、「ああ」と呟いた。

「そうか……彼女エンカイの強さ。守りたいものがある強さ。その対象がずっとわからないままだったけれど……なるほど。彼女自身グロリオサだったのか。それはなんて美しい愛だろう! まさしく究極の自己愛!」

「うわ何急にデケェ声出して」

「すまない、つい、盛り上がってしまってね。いいのかいタオ。トパーズ様といなくて」

 ナルキスといっしょに出店巡りをしていたタオは少し遠くにいるトパーズを見る。エメラルドと楽しそうに移動していて、その背後をつけ回すようにリリーとビャクダンがいる。

「んや。ちょっとさ、真面目な話、したくて」

「へえ……なんだい?」

「結局……オレたちって、どーなると思うよ」

 魔法界にはもう、異邦人も、穴も、存在しなくなった。これにより、魔法界から人間界の事象を垣間見る方法は、ほぼ途絶えたと言える。そしてそれの意味するところは、トキシカの存在意義の消失であった。

「せっかく苦労してブルーミア入って、トキシカ入隊まであとちょっとってとこで、大元の問題が……なかったはずの問題が、解決されちまったろ。オレたちこれから何になるんだろ」

「きみみたいに、トキシカに居場所を見つけていた者は、等しくそのように思うだろうね。でもね、僕は、まだいいんじゃないかって思う」

「めっずらし。優等生のナルちゃんのことだからいろいろ考えてっと思ってたわ」

「きみだって珍しいさ。でも、きみらしくもあるね。僕も同じように、トキシカに居場所を求めていたけれど……正確にはそうじゃないんだってわかったから。だからあまり、焦っていないんだ」

 首を傾げるタオ。ナルキスは微笑んで答えてやった。

「僕はね、きみたちが思ってる以上に、きみたちのことが大好きだよ。僕にはきみたちがいるところが、僕の居場所」

「う〜わ、キザだぜ、ったくよー。まーオレも大体おんなじよーな感じだけどさ!」

 タオとナルキスが珍しく真面目な話をしているとき、普段ならそこに混じるであろうリリーはそれどころではなかった。敵地視察中だからだ。

「ンだべあーんなひょろっと長ぐってヨ、男も女も食い散らかすてそーなツラしくさってヨ、酒もカパカパ飲んでっからにヨ、ちっくしょうめ、ウチ勝てるとご全然無えでねえか」

「リリー、あー、いいか? おまえは大きな勘違いをしている。いいか? 頼む、聞いてくれ。おまえはおそらく俺とパーティのヤツに何かあると踏んでるようだがそれは間違いだ。大体どこからそんな話が出てくるんだ。頼むから聞き入れてくれ」

「嘘だべ。ウチ知っでんだべ、あんちゃんのタイプァあーいう芯の無さそで在る実力派だってな」

「おい……おい、おいおい。なんだそんな話は。俺のタイプってそんな……公言してねえぜ。そんなのは誰かの勘違いだろ」

 ビャクダンはさっきから冷や汗が止まらない。忙しなくハンカチで額を拭きながら、「クソッ! 誰だそんなの言いふらしてるヤツは! 考えてみりゃその通りだ!」と小声でどこにぶつけるべきかわからない怒りをブチ撒けている。

「思わぬライバル登場って感じですゥ。でもでもボク、リリーちゃんも勝ち目あると思うんスよねェ」

「あたしは教え子に悲恋を経験させたくないわよ。てゆーかあたしはあの男には反対よ。一途が過ぎて他をこっ酷く振るに決まってるじゃない。そういうのは上手くやれなきゃダメよ。ねえ? ポール」

「おや? なんで俺呼ばれた感じ?」

 シャノアールは尻尾をゆらゆらさせながら、上司が板挟みに遭っている姿を笑って見ている。

「ポールさんとディギーさん、お付き合い長いんですかァ?」

「まあねー。ディギーがトキシカ入る前からの付き合いだし。昔っからずーっと変わんないよ」

「こいつの一目惚れ。あたしはまだかけ出しのダンサーだった頃。稼ぎを全部あたしに投げるようなバカだったの。確かにあたしは金が必要だったけど、仮にもあたしのファンを名乗るヤツがあたしにつぎ込んで身を滅ぼすなんてのは洒落にならないでしょ? だから、お金の使い方を教えてあげたのよ」

「仮にも医者だったんで、金はあったんだよな。ま、いまでも潤沢よ。何せ教え方が良かったからね」

 シャノアールは酒が入ったせいか、フワフワした様子でウンウン頷き、ニャ〜と笑って、

「なァんかァ、おふたりともォ、ラブラブですねェ〜!」

「……あんたお気楽でいいわねえ!」

「おっ、照れ隠し? いいじゃんいいじゃん、ラブラブに見えるってよ!」

「冗談! 腐れ縁よ! もう!」

 第四部隊のメンバーたちがサムズアップを示し合う。ちらほら、他の部隊のメンバーも混ざっている。

「あれもこれも、美味しそうですね」

「いっスね〜メシも酒も飲み放題! 気持ちい〜サイコ〜昼酒たまんね〜」

「ふふエメラルドさん通常運転ですね」

 プラカップでは間に合わないため、一人、ビールを瓶から直接飲むことを許されているエメラルド。この瓶の本気のスイングに頭をカチ割られかけたことが、昨日のように思い出される。

「鍵さんさあ、見習い、どうスか?」

「え? どういう意味ですか?」

「やーほら、わりかし周りってウザいとき多いじゃないスか。『大魔女見習いの立場から大魔女を目指されるのですよね? どんな大魔女になりたいですか?』つって」

「あー! 聞かれますねー!」

 腰に提げられた大量の鍵束の中の一本には、確実に一つの命を奪う結末を作るためだけの鍵が入っている。エメラルドには、それがこの中のどれなのかは、わからない。

 その、意味。

「どっスか。正味、なんかあります?」

「えー、どうだろ。私は……いまは……あんまり深く考えてなくてー……とにかくタオくんと楽しく暮らせれば、それで。いまは」

「っスよねー。そんな深いこと考えてねーよって話スよねーわかるわかる」

 エメラルドは特にあれこれとは語らない。魔女らしい感情に対して、それがいつか自分の身を滅ぼすのか、先に世界の方を滅ぼしてしまうのか、どちらの可能性をも秘めた「大魔女」という立場を、相変わらず、面倒だとだけ、思っている。

「まー大丈夫っスよ。パイセンみんな、そこらへんちゃんとしてるっスから。いざとなったら、つーか、向こうから気にかけてくれるっスよ」

 空のビール瓶。いざとなったら、これを振り回して、道を説く者がいる。エメラルドは瓶越しにサファイヤを見る。サファイヤはちょうど、くしゃみをしたところだった。

「……まあ、みんな楽しそうで、良かった……の、かな。まあ、いいのか。そういうモンにしとくか」

「貴女は楽しんでいらっしゃらないのですか?」

「馬鹿言え、気疲れしたままなんだ。この際おまえでもいいから、息のつけるところにいさせてくれよ」

「私を止まり木にしたいと! どうぞどうぞ! いっそのことガニメデとは解約してしまっては?」

「クソ、ここからどこに立ち去ればいいってんだ」

 アメジストはすっかり疲れ切った顔つきで、チビチビとプラカップを傾けている。ギベオンがまだ本調子でないのを気にかけているとは、絶対に言わない。

「疲れてるんだぜ、本当に。改めて気付かされたよ。愛情ってのはこと、難しい」

「そうです? 私はそんなに難しく考えるものではないと思いますよ。愛は純粋で、シンプルです」

「心で気付く愛の始まりってか? 本でも読んでろよ」

「本は好きですよ」

「フン。愛の何がわかる。私はわかってないぞ」

 ギベオンは、不貞腐れるアメジストの横顔を見つめ、ふっと笑った。

「考えすぎなだけです。たとえば……私の靴のサイズは?」

「はあ? ……28センチ」

「私の目の色は? ほら、隠しました」

「シルバーだろ。なんなんだ一体」

「愛の確認作業です。ね、簡単でしょ」

 誇らしげにしているギベオンに、無慈悲なデコピンが飛ぶ。苦悶して俯くギベオンを他所に、アメジストは曇った表情を晴らせない。

「あの子たちも……こんな簡単なことだけでもしていれば、こんなことにはならなかったかな……」

「あんな……中途半端な毒持ちビンボー草のことなんて、もうどうだっていいじゃ、ないですか……優しいんですから、貴女」

「少しでも楽になってることを祈るよ。ずっと夜の中にいたんだ。ああいう田舎なら、首都よりは日当たりマシだろ」

 デコピンの余韻から徐々に回復するギベオンは、赤くなった額をさすりながらつんと唇を尖らせた。

「つくづくドレイクのクソ野郎とは方向性が合わないんですよねえ。愛してるのに伝えない……愛してるから遠くに置く……愛してるからって命張る……わかりません」

「テメー、最後のは同罪だからな。今回ので懲りたろ。物理攻撃自体はダメージ抜群なんだから、いくら魔法が無効化されるってんでも誰かの盾になろうとすんのはやめろよな」

「心配ですか? それは貴女から私への心配ですか!? 光栄極まりないことです!」

「うるせー! ほら量食って早く治せ! ラッキーだぞ、知り合いの中でも奇跡的な料理上手どもが揃ってる!」

 近くの席から二人の会話を文字起こしで聞いていたヤカツが堪えきれずに吹き出した。それすら聞こえていないギベオンは満面の笑みで、まっすぐに伝える。

「愛してますよ、アメジスト!」

「知ってるよ、小僧が!」




The Great Escape season3

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The Great Escape#season3 有池 アズマ @southern720

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