偽物婚約者のはずが、愛されています

桐原まどか

偽物婚約者のはずが、愛されています



おかしいな、とレミは思っていた。

王子との婚約話は、この国に〈聖女〉が現れるまでの、いわば嘘だったはず。対外的なものだったはず。

なのに。

先日、〈聖女〉召喚に成功した、と知らせが国中に広まった。

彼女は見目麗しく、また性格も非の打ち所のない、まさしく〈聖女〉だった。

王子の婚約者という立場であるので、会う事が出来たが、レミですら、ぽぅっとなってしまう、そんな人だった。

同時にレミは安堵した。

―これで婚約解消ね!

たまたま王子に相応しい家柄の、たまたま王子に相応しい年齢、という理由で選ばれたレミである。

しかも、ある日、父から突然、

「レミ、今日からお前は、王子の婚約者だ。行動に気を付けなさい」と告げられた。それだけ。

だから。レミはわくわくした。

婚約解消なのだから、経歴に傷はつくけれど、慰謝料が貰えるらしいし、それに!これで自由に振る舞える!!

色々段取りもあるだろうから、今日明日、って訳にはいかないだろうけど、お役御免だわ!


三ヶ月が過ぎた。

王子からレミの誕生日祝いを開きたい、と連絡が来た。

十七の誕生日を、王宮で祝って貰った。更に、王族しか身に付けてはならぬ、と言われている貴石・リリズをあしらったネックレスを貰ってしまった。

更に三ヶ月が過ぎた。

いい加減、国民達にも、〈聖女・サシャ〉の魅力が浸透した。

そろそろ、婚約解消じゃない?

ところが。今度は王子の誕生日だ。

そこで婚約解消&婚約発表ね!

晴れの日に相応しいわ!


当日、両親と弟とともに、レミは王宮に向かった。

国の内外から貴族達が集った。

さぁ!いつでも!覚悟は出来てるわ!

式典は粛々と進み、王子から発表がある、となった。

いよいよね…。

涙のひとつも零した方が良かろう、と用意してきた目薬を確認する。

王子が言った。

「わたくし、イリアはかねてより、婚約していたレミ・コルフェ嬢と年明けに正式に婚姻を交わしたい、と思っています!」

一瞬の静寂。そして割れんばかりの拍手。

は?

レミひとりだけ、意味がわからず、しかしキョロキョロする訳にもいかないので、その場で固まっていた。

と、サシャが駆け寄って来た。

聖女様、あなたと結婚するんじゃないの?

サシャは、レミの右手を取ると、

「おめでとうございます!!」と寿ことほいでくれた。

「おふたりの結婚式は、どうぞ、このサシャにお任せくださいね」

にこにこ。邪気の無い笑顔。

レミはとりあえず、この場を…と思い、「ありがとうございます、サシャ様、光栄です」とだけ答えた。

そうして、あれよあれよと王子の横に立たされた。

こうしてレミの結婚は決まってしまったのである。


「お父様」

屋敷に帰ってから、レミは父親に詰め寄った。

「わたしと王子の婚約話はでっち上げ、でしたよね?」

怒る娘に父親は小さくなって答えた。

「そうだったはずなんだ…、だが、イリア王子殿は…本気でレミ、お前の事が好きなんだそうだ」

当初の話通り、進めようとしていた、だが。レミと婚約解消するのは嫌だ!と泣いて、国王と王妃に訴えたそうだ。勿論、あっさり、じゃ、レミと結婚ね。となった訳では無い。

あの手この手で諦めさせようとしたが…最後には「レミと結婚させてくれないなら、僕は王室を出る。そして、偽の婚約者だった事も暴露する」と言い切ったそうだ。

そんな…と、レミは脳裏で鐘の音が響くのを感じた。ゴーン。

どうして?なんで?

一応、婚約者だから、優しくはしてたけど、それ以上は何もしてないわよ!?

しかし、レミの方から婚約解消を言い渡す訳にはいかない。家が取り潰されたりしたら困る。

レミは悩んだ。悩みに悩んだ挙句…。



「今日はとても良い天気ですね、きっと神様が、おふたりを祝福なさっているのですわ」

サシャの言葉に、レミは複雑な笑みを浮かべた。本来なら、このドレスはあなたが着ていたのよ…。

そう。悩み抜いた果てに、レミは婚姻を決心した。

だって、そこまで熱烈にわたしを好き、と言ってくれるなんて…嬉しいじゃない!

乙女なレミが叫んだのだ。

それに、それに!別に王子の事が嫌いな訳じゃないでしょ?

あの銀色の髪、緑の瞳、スラリとした細身の体躯、優しい声音…。


恙無く、式は終わった。

新婚のふたりは、王宮の一室に入った。

王子―いまは夫となった―イリアは言った。

「レミ、僕のわがままを聴いてくれてありがとう。大切にするからね」

そうして、そっとレミの手を取ると、くちづけをした。

レミは「えぇ、お付き合いして差し上げる事にしました。一蓮托生っていうでしょう?」と微笑んだ。


イリアとレミ。後に国王と王妃になったふたりの仲の良さは詩人や作家により、後世に語り継がれるほどだったという…。

また、〈聖女〉サシャは生涯独身を貫き、その身を神に捧げた、という…。

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