何ら変哲のない追放

灰月 薫

 


「お前は追放だ」


「……えっ」


ツイホウと言われたその言葉が何を指すのか。


それがどういう意図で言われたのか。


理解するまでに相当の時間を要した。


——どういう冗談?


僕、レグリアは目の前の【勇者】に目線を送った。

たった今僕に追放を言い渡した彼に。


だが、勇者——エスメ•サレイユは至極真剣な表情だ。


分かっている。


エスメは冗談を言うような人間じゃない。


それでも、その冷たい視線は僕の心に針を刺した。


僕はかろうじて口を開く。


声をなせずに、何度か口をパクパクさせて……それからやっとのことで言えたのは。


「なん、で?」


酷く間抜けな疑問だった。


エスメの背後では、【魔法使い】のリザが笑っている。

否、嘲笑わらっている。


エスメは額のシワをもっと深くした。


「理由なんて簡単だ。

お前レグリアが【剣士】としての役割を果たしていないから。それだけだ」


淡々と告げる彼の声には、嘲笑などは乗っていない。


本気で僕のことを“追放するべき”と考えているんだ。


何も答えられない僕に、リザが顔を突きつける。


「能天気おバカのレグリアくんには分からないかしら?

役立たずは消えろって言ってんのよ」


「……そうだな、荷物は少ない方がいい」


普段無口な【僧侶】のカトランも、静かに言った。


「あ……あはは、そ、そっ……か…ぁ」


笑顔が引き攣る。


僕の反応を見たリザが、フンと鼻を鳴らした。


「さっさと消えてくれる?話も終わったし。

目障りなの」


「……う、ん」


僕は視線を落とした。


……頑張って来たけど、ダメだったのかな。


前世は、普通の男子高校生だった。

ゲームが好きで……ただ明日の夜ご飯を楽しみにするような子供だった。

居眠り運転のトラックに突っ込まれて、 この世界異世界に生まれ直して——それから、16年。


僕に剣士のスキルがあることに気がついた時から、ずっと修行を頑張って来た。


誰かの役に立てるのが嬉しくて、仲間が笑顔になるのが楽しくて——


明日だって、高難易度クエストのドラゴン討伐のはずだったんだ。

ドラゴンを倒したら、その近くの町の人たちを助けれる。


そう思っていたのに。


顔を上げることはできなかった。


仲間——元仲間達がどんな顔をしているのかを見たくなかった。


「ごめんね」


僕は彼らに背を向けた。




* * *



「ちょっと、アンタら下手すぎよ!」


ドアが閉まったのを確認して、リザが叫んだ。


「エスメはまだしも、カトラン——あんまりよ!冷や冷やしたわ!」


そう喚いた彼女は、カトランを指差す。

当の本人はすっと目を逸らした。


「私はリザみたいに器用じゃない」


「まぁまぁ」


エスメが椅子の背にもたれた。


「いいじゃないか。少なくともレグリアは納得したようだし」


「そうだけど……」


リザはその端正な顔を歪めた。


エスメは彼女に微笑む。


「それに——レグリアには僕たちを嫌ってほしい。

……そういう約束だったろ」


リザは何も言い返せずに唇を噛んだ。


彼女の目線の先には、明日の討伐対象の絵。

悍ましい形相のレッドドラゴンが、そこには描かれている。


「そうね——レグリアの為には、そうするしかないものね」


レッドドラゴン。

20年ほど前からこの地域で暴虐を繰り返す魔物だ。


「リザ、カトラン」


リザはエスメの声で顔を上げる。


エスメは続けた。


「ここまで付き合わせて本当にすまなかった。

……最後にもう一度訊きたい。

本当に着いてきてくれるのか」


彼の手は震えている。

自分で抑えられないほど、ブルブルと。


しかし、その手の震えは止まった。

なぜなら彼の手の上に二つの手が重なったから。


「当たり前だ」

「ここまで来といて何言ってるのよ」


エスメは二人を見上げる。


……あぁ、本当に良かった。


声には出さないが、そんな言葉が湧き上がる。

その自己中な安堵の代わりに、言うべき言葉を見つける。


エスメは呟いた。


「……最期を共にするのが、お前たちで良かった」


レッドドラゴンは、なぜ20年も野放しにされていたのか。


それは倒せないほど強かったからだ。


それこそ世界を救える“英雄”でければ倒せないくらい。

……そして、僕たちは英雄なんて大層なものじゃなかった。


僕たちは、レッドドラゴンに親を殺されて、ただその憎しみで生きてきた孤児たちだ。


レッドドラゴンに、一矢報いて死ぬ為に。


レベルも、技量も全然足りない僕たちじゃ、レッドドラゴンに勝つだなんて到底不可能だ。


だから、明日は僕たちにとってきっと最期の日だろう。


——だから、レグリアは追放した。


あいつはダメだ。


【戦士】が足りなかった僕らのパーティーに、善意だけで入ってくれたお人よしだ。


……そんなレグリアを、こんなところで失うわけにはいかない。


彼は気がついていないだろうけれど、彼はきっと“英雄”だ。


僕らとは違う次元の人間で、何かの物語の【主人公】になりうる人間だ。


“お前は追放だ”。


お前は追放だ。

ここから遠くへ行け。


僕らの……いつか希望になるはずのお前は。




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何ら変哲のない追放 灰月 薫 @haidukikaoru

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