何ら変哲のない追放
灰月 薫
「お前は追放だ」
「……えっ」
ツイホウと言われたその言葉が何を指すのか。
それがどういう意図で言われたのか。
理解するまでに相当の時間を要した。
——どういう冗談?
僕、レグリアは目の前の【勇者】に目線を送った。
たった今僕に追放を言い渡した彼に。
だが、勇者——エスメ•サレイユは至極真剣な表情だ。
分かっている。
エスメは冗談を言うような人間じゃない。
それでも、その冷たい視線は僕の心に針を刺した。
僕はかろうじて口を開く。
声をなせずに、何度か口をパクパクさせて……それからやっとのことで言えたのは。
「なん、で?」
酷く間抜けな疑問だった。
エスメの背後では、【魔法使い】のリザが笑っている。
否、
エスメは額のシワをもっと深くした。
「理由なんて簡単だ。
淡々と告げる彼の声には、嘲笑などは乗っていない。
本気で僕のことを“追放するべき”と考えているんだ。
何も答えられない僕に、リザが顔を突きつける。
「能天気おバカのレグリアくんには分からないかしら?
役立たずは消えろって言ってんのよ」
「……そうだな、荷物は少ない方がいい」
普段無口な【僧侶】のカトランも、静かに言った。
「あ……あはは、そ、そっ……か…ぁ」
笑顔が引き攣る。
僕の反応を見たリザが、フンと鼻を鳴らした。
「さっさと消えてくれる?話も終わったし。
目障りなの」
「……う、ん」
僕は視線を落とした。
……頑張って来たけど、ダメだったのかな。
前世は、普通の男子高校生だった。
ゲームが好きで……ただ明日の夜ご飯を楽しみにするような子供だった。
居眠り運転のトラックに突っ込まれて、
僕に剣士のスキルがあることに気がついた時から、ずっと修行を頑張って来た。
誰かの役に立てるのが嬉しくて、仲間が笑顔になるのが楽しくて——
明日だって、高難易度クエストのドラゴン討伐のはずだったんだ。
ドラゴンを倒したら、その近くの町の人たちを助けれる。
そう思っていたのに。
顔を上げることはできなかった。
仲間——元仲間達がどんな顔をしているのかを見たくなかった。
「ごめんね」
僕は彼らに背を向けた。
* * *
「ちょっと、アンタら下手すぎよ!」
ドアが閉まったのを確認して、リザが叫んだ。
「エスメはまだしも、カトラン——あんまりよ!冷や冷やしたわ!」
そう喚いた彼女は、カトランを指差す。
当の本人はすっと目を逸らした。
「私はリザみたいに器用じゃない」
「まぁまぁ」
エスメが椅子の背にもたれた。
「いいじゃないか。少なくともレグリアは納得したようだし」
「そうだけど……」
リザはその端正な顔を歪めた。
エスメは彼女に微笑む。
「それに——レグリアには僕たちを嫌ってほしい。
……そういう約束だったろ」
リザは何も言い返せずに唇を噛んだ。
彼女の目線の先には、明日の討伐対象の絵。
悍ましい形相のレッドドラゴンが、そこには描かれている。
「そうね——レグリアの為には、そうするしかないものね」
レッドドラゴン。
20年ほど前からこの地域で暴虐を繰り返す魔物だ。
「リザ、カトラン」
リザはエスメの声で顔を上げる。
エスメは続けた。
「ここまで付き合わせて本当にすまなかった。
……最後にもう一度訊きたい。
本当に着いてきてくれるのか」
彼の手は震えている。
自分で抑えられないほど、ブルブルと。
しかし、その手の震えは止まった。
なぜなら彼の手の上に二つの手が重なったから。
「当たり前だ」
「ここまで来といて何言ってるのよ」
エスメは二人を見上げる。
……あぁ、本当に良かった。
声には出さないが、そんな言葉が湧き上がる。
その自己中な安堵の代わりに、言うべき言葉を見つける。
エスメは呟いた。
「……最期を共にするのが、お前たちで良かった」
レッドドラゴンは、なぜ20年も野放しにされていたのか。
それは誰も倒せないほど強かったからだ。
それこそ世界を救える“英雄”でければ倒せないくらい。
……そして、僕たちは英雄なんて大層なものじゃなかった。
僕たちは、レッドドラゴンに親を殺されて、ただその憎しみで生きてきた孤児たちだ。
レッドドラゴンに、一矢報いて死ぬ為に。
レベルも、技量も全然足りない僕たちじゃ、レッドドラゴンに勝つだなんて到底不可能だ。
だから、明日は僕たちにとってきっと最期の日だろう。
——だから、レグリアは追放した。
あいつはダメだ。
【戦士】が足りなかった僕らのパーティーに、善意だけで入ってくれたお人よしだ。
……そんなレグリアを、こんなところで失うわけにはいかない。
彼は気がついていないだろうけれど、彼はきっと“英雄”だ。
僕らとは違う次元の人間で、何かの物語の【主人公】になりうる人間だ。
“お前は追放だ”。
お前は追放だ。
ここから遠くへ行け。
僕らの……いつか希望になるはずのお前は。
何ら変哲のない追放 灰月 薫 @haidukikaoru
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