第13話 ダンジョン崩壊

 儂はダンジョンの心臓を破壊した。

 恐らく他のダンジョンでダンジョンの心臓を破壊出来るまで何年もかかるだろう。外の様子は分からないが、退路を断たれあれほどの強敵を前にして生還出来るものが果たしてそう多くいるのだろうか。

 本当にギリギリの戦いだった。ダンジョンから解放された体は全く動かない。もう教皇枢機卿哲二の回復魔法を受ける機会もない、と信じたい。


 儂らの探索していたダンジョンはこの世から消え去った。まだ中にいた仲間たちも弾き出されるかのようにその場に出現した。


 この行動が正しかったのかは分からない。ただ儂らを苦しめる要因が一つ減ったのだと信じたい。この後は野となり山となれだ。


「勇夫、わかってるな」

「黙秘だろ、哲二」


 四人は静かに頷いた。



△▼△



 東京ダンジョンの消失の知らせが高齢者特例法委員会の元に届いたのはダンジョンが消え去ってから数時間の後だった。


「原因は!? 貴重なダンジョンなんだぞ! 誰か情報を持っているやつはいないのか?」

「それが、探索をしていた高齢者たちに聞き取りを行っている最中でして、現在も原因は不明とのことです」

「せっかく金の成る木が出来たのにどうしてくれる。sengoku51の公開した動画で非難も抑えきれないのに、その上ダンジョンの消失など今後の展望が丸くずれじゃないか!」


 東京ダンジョンは最も成果の出ていたダンジョンでもあった。成果を出しているからこそ、この法案の継続をごり押しも出来ていた部分もある。それがなくなったとなれば……もう高齢者は使えない。


 それに原因不明のダンジョンの消失、それを資源とした基盤の事業、手のひらを返してくるところはきっと少なくない。そんな不安定なものに投資をしたがるのはまともな頭をもっていれば決断しないだろう。スポンサーも離れる。政府からの支持も取れない。事実上、高齢者特例法委員会は解散だった。非道な行いは世間に知れ渡り、委員会の面々は刑事罰を受けるだろう。


 後日sengoku51のアカウントで動画投稿を行ったとして鈴木大地陸自軍曹が警察に出頭し、国家公務員法違反で任意聴取を受けた。鈴木は一連の動画公開について「政治的主張や私利私欲に基づくものではない」と述べた。


 後日開かれた記者会見では、「自分よりも先達な方たちが命がけで戦っている中、何も出来ない自分が悔しかった」「本当に起きていることを世間の人に知ってほしかった」と主張した。


 各地に散っていた高齢者特例法による被害者は帰宅を許された。

 およそ半年の間に亡くなった高齢者は五百人を超えた。中には老衰や自殺者も含まれるが、ほとんどがダンジョンが原因で死亡している。高齢者特例法による当初の目的である、高齢者の間引きは成果として出なかった。しかしもしあのまま東京ダンジョンが存在し続けていれば、何年にも渡って高齢者が招集され、この何十倍もの被害が出たと識者は分析している。


 この高齢者特例法は、国内のみならず国外へも波及した。世界でもダンジョンの存在は多く確認されており、先立って成果を出していた日本を称賛するとともに、高齢者を使うことへの忌避感もまた存在していた。


 そして決定的となったsengoku51の動画公開、東京ダンジョンの消失。

 ダンジョンは決して金の成る木ではない。ただの災害なのだと世界は主張した。その後各地でダンジョンの攻略が進み、多少の被害を出しながらも現在どこのダンジョンも消失していない。消失の真相が分かるのはいつになるのか未定だ。


 もしかしたらその真相が明らかになった時、世界はまた手のひらを返してダンジョンを存続させるかもしれない。そうなった時、果たして世の中がどう動くのか誰にも分からない。


 そして解放された高齢者たちの一人、佐々木勇夫はいつもの生活に戻っていた。


△▼△


「健吾、剣道を始めたって本当か?」

「うん、おじいちゃんかっこよかったから、僕もそうなりたいんだ」

「はは、あれは一時期の夢だったんだよ、人間が手にしていい力じゃない」

「難しいことはよくわかんないよ」

「そうだな、大きくなったら分かるときが来るさ」

 

 現在ダンジョンは封鎖されている。自衛隊による探索が続いているようだ。一部の若者たちは自分たちも参加させろと叫んでいるようだが、やめておいたほうが良い。命を賭けるような価値はない。


 まるで今までのことが全部嘘だったかのように感じる。

 この平和な日常が帰ってきて本当によかった。多くの仲間を失ったが、得たものもあった。


「勇夫、来たぞ」

「哲二おじちゃんこんにちは」

「おお、健吾~元気にしてたか」


 その後四人とは連絡を取り合うようになった。和子はダンジョンでの戦闘の後遺症で車いす生活になってしまった。徹は今更忍術を本格的に学び始めた。哲二はよく遊びにくるようになった。


 あの選択がよかったのか、今でも分からない。ただ分かるのは今は平和だということだ。

 高齢者は確かに多くの社会保障に頼って生きている。だからどうした。人間皆老いていく。体のメンテナンスにお金がかかるのはしょうがない。

 だから死ねと? せめて最後は役に立って死ねと? 

 どうなんだろう。儂は健吾がいたから必死に生き抜いてきた。だけどあのまま国の為だと言い聞かせ、最後まであの暮らしをし続けたいものもいたかもしれない。独居老人、老人ホームにも入れない低所得者、寝たきりの人、そういった者たちには元気に動き回れて生活の保障もある高齢者特例法は救いだったのかもしれない。


 何が正解かなんてわからない。この年になっても正しいことなんてわかりゃしない。

 年を取ろうが人間は間違え、学んでいくのだ。でも儂は後悔などしない。目の前にある平和を手にするために戦った、ちっぽけな一人の人間なのだから。


 儂は最後まで足掻いて見せる。それが今できる最善だと信じて。



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姥捨てダンジョン、捨てられた老人は逞しく生き残る 蜂谷 @derutas

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