第12話 守護者

「何が、起こった」


 儂は周りを確認する。皆五体満足でそこにいる。しかし先程までいた坑道のような場所ではない。ドーム状に作られた部屋の中心に儂らは立っていた。

 明かりはどこからさしているのか壁や床の白さが分かるように明るい。人はいない。敵もいない。一体ここはどこなのだ。


「なんかやっかいなことになっちまったなぁ」

「何もわかりませんね」

「……」


 全員意味不明な状況に困惑している。そもそもダンジョンというものが意味不明なのだ、こういうこともあってもおかしくない。問題はここからどう脱出するのか。

 儂らが悩んでいると、白い石壁の一部が動き出し扉のようにせりあがっていく。そこから人型の機械人形のようなものが歩いてきた。大きさは3m程だろうか。確実に人間の高さではない。腕も体躯も太くその膂力は想像もしたくない。

 相手が敵対生物かは分からないが、儂は先制攻撃を仕掛けることにした。


「哲二!」

「攻撃力上昇、防御力上昇」


 教皇枢機卿哲二の魔法により体が発光する。


「縮地」


 儂はゆっくりと歩いてくる敵に対して一瞬で距離を詰める。


「一閃」


 抜き身で放つその斬撃は最高の威力で放たれたはずだった。金属と思われる相手の体と斬撃がぶつかり合い、ギリギリと拮抗しあう。そして斬撃は消え去った、残った相手の胴体には僅かな傷がついただけだった。


「雷魔法 雷雲」


 軍師賢者和子が魔法を詠唱する。

 金属には電気、そう判断した攻撃は敵に直撃した。プスプスと焦げ臭いにおいが漂ってくる、雷が落ちた先は煙で見えない。すると煙の中から人形の腕が無造作に飛んできた。


 儂がその拳を刀でいなすとその姿を現した。


「無傷か?」


 教皇枢機卿哲二が呟く。

 魔法に対する耐性が高いのか、魔法を食らったとは思えないほど元気に動いている。


「七天牙昇」


 暗殺者忍者徹が相手の頭上を取り、頭両肩、胸、腹、両足に連撃が入る。人形には僅かに傷がついただけだ。


「これは、困ったな」


 儂らの攻撃は効かない。好転する情報はなにかないのか。

 軍師賢者和子が叫ぶ。


「相手は再生しません。攻撃を続けていればいずれ倒せます。止まることのなく連撃を行ってください。私も援護します」


 その言葉を信じ、儂は近接戦へと移行する。暗殺者忍者徹は隙を見てチクチクと攻撃を続けている。儂は人形が二人の方にいかないように正面に立って攻撃を続けている。人形の右の拳が儂を襲う。


「空蝉」


 儂はその場から陽炎のようにブレて消える。そして人形の懐に入り技を放つ。


「空蝉 二龍」


 人形の両足の関節部分に二撃加えて後ろへ下がる。今までいた場所に足が振り込まれる。人形は未だ壊れる気配はない。

















 どれくらいの時間が経っただろうか。幸い相手の攻撃は遅いので致命傷を負うことはなかったが、一向に相手が壊れる気配がない。後衛の二人も魔法を行使しすぎたのか気分が悪そうに蹲ってしまっている。

 暗殺者忍者徹と儂の二人でまだ戦いを続けている。


「っ刺突」


 暗殺者忍者徹の攻撃が通る。しかしその攻撃で出来た隙を人形は見逃さなかった。伸びきった腕から脇にかけて人形のラリアットが入る。彼は地面を転がって動かなくなった。


 残ったのは儂一人。しかし人形には無数の傷、動きこそ健在だがまだ分からない。壊れる気配はないが、何が関係して壊れるかなど分からないのだ。


「さあこいデカブツ! お前を倒して儂らは帰る!」


 儂は気合を入れる。自分自身を鼓舞するように、負けてしまいそうな心を閉じ込め、脳裏に笑う孫の姿を浮かべる。健吾、おじいちゃん負けないよ。


 人形が左腕を雑に振り回す。それだけでも相当な風圧がある。それを儂はかいくぐり、相手の脇に入ると肩筋に向かって刀を振り下ろす。


 ガキンという音と共に、左腕がその場に落ちる。

 ついに、壊れた! よしこのまま――




 ——なんだ、何が起こった。

 儂は自分の体を確認する。右腕は、動く。左腕は、かなり痛むが動く。骨にひびでも入っているかもしれない。足はまだ動く。儂は人形を見据えて立ち上がる。

 随分遠くにいる。左側の頭から血が流れて左目を通る。

 どうやら相手に殴られてしまったようだ。咄嗟に防御出来たのはスキルのおかげか、染みついた剣道のおかげか。


 とにかく壊れた。再生はしない。相手は壊せる。壊せるぞ!


「皆、あと少しだ! 起きろ、起きてくれ!」


 返事はない。しかし声が届いてると信じて儂は駆け出す。添えるだけになった左手だが、両手に刀を持ち力を入れる。相手は左腕を失い大きく戦闘力を削がれている。やれるやれるやれる。そう信じて前に駆け出す。


 バランスの崩れた人形の前蹴りが飛んでくる。儂は横にすり足で避けてすれ違いざまに膝の部分に刀を滑らせる。腕が壊れたなら足を壊せばかなり有利になる。

 そこからは相手の下半身を中心に攻め立てた。


「しまっ――」


 相手もそれを察したのか蹴りで応酬してくる。そして意識外になっていた右腕からの攻撃を儂はまともに食らってしまう。再び吹き飛ばされる儂。


「た、体力回復、気力回復」


 教皇枢機卿哲二から最後の回復魔法が飛んでくる。その言葉を最後に意識を失ったようだ。パタリと倒れる奴を見て、儂は気合を入れなおす。もうこれ以上の回復は見込めない。正真正銘最後だ。


 痛んでいた体は癒え、活力が戻ってくる。儂に託された思いを胸に、人形と何度目になるか分からない戦闘を繰り返す。躱しては刺し、躱しては薙ぎ、躱しては斬り、躱しては突く。無数についた相手の左膝への傷はひび割れも見えてきた。しかしこちらも限界が近い。もう一打が遠い。相手も致命傷だと分かっているのか、近づかせてくれない。


「雷魔法 雷撃」


 軍師賢者和子の最後の魔法が人形の頭上から降り注ぐ。一瞬動きを止めた相手に儂は最後の気力を振り絞った。


「縮地」


 間合いを詰める。


「一閃」


 相手の左膝に渾身の一撃を叩きこむ。

 ゴトンと相手の左膝したが落ちるのを確認した。


 相手の体勢が大きく崩れた。これで勝ちだ。だがとどめはどうする。

 儂はこれが勝利なのか敗北なのか分からなかった。

 体はもう動かない。休めば動くだろうが、現時点では無理か。


「ここまでか……」


 儂は膝をついた。


「……終わってはないぞ」


「徹!お前無事で」


「土遁 土縛り」


 どこに土があるのかとツッコみたくなったが、地面からいくつもの手が出現すると、人形を押さえつける。十分な力を発揮できない人形はそこに絡めとられている。


「暗殺術 心臓穿ち」


 人形に暗殺者忍者徹の一撃が通る。

 寸分たがわず放たれたそれは、恐らく心臓があるであろう場所を正確に貫き人形の動きは完全に停止する。儂は少し文句を言う。


「そんな技があるなら最初から使ってくれれば」

 

「……集中力がいる。動いてる相手にはまず当たらない」


 とりあえず、終わったのだ。これ以上敵が出るならもう終わりだ。諦めるしかない。しかしどうやら違ったようだ。


「ダンジョンマスターの破壊を確認、ダンジョンの心臓を破壊しますか?」


 どこからともなく流れてきた音声に儂らは全員体を起こす。あれほど傷ついていた体も回復している。


「何が起きてんだぁこれは」

「哲二……わからん。人形を倒したと思ったら謎の声が聞こえて」

「私にも聞こえました、それと同時に目を覚ましました」

「……ダンジョンの心臓とはなんだ?」


 なんだろう。多分心臓というのだ、大事な器官なんだろう。それを壊す。壊したらどうなる。ダンジョンは消えてしまうのではないか?

 そうなるとこれを壊していいものか、まだダンジョンの成果を出し切っていない。他のダンジョンに行かされる可能性もある。何が正解だ、どうすればいい。

 儂が悩みに悩んでいると、背中に強い衝撃を覚えた。


「何を縮こまってやがる。こんなもんないほうが良いに決まってるだろ。孫に会いに行くんだろ?」

「しかしこれを壊してしまえば恐らくダンジョンは壊れる。そんなことしても……」

「それはそれで成果だろ! 文句が言うやついたらぶっとばしちまえばいいんだよ。ここまで命がけで戦ってるのは誰だってな」

「私ももう壊してしまったほうが良いと思います。こんなものが存在するからよくないんです。敵対生物も無限に湧くかもわかりません。そんな不確かな素材に頼る社会など上手くいきはしないのです」

「……壊すべきだ」

「皆……」


 儂は背中を押された。三人はすでに心を決めたようだ。あとは決めるのは儂だけ。これだけ言われて止まる理由なんてないだろう。


「ダンジョンマスターの破壊を確認、ダンジョンの心臓を破壊しますか?」


「もちろん、破壊する」


「承知しました。転送準備に入ります。衝撃に備えてください」


 初めにこの空間に来た時のように空間が歪むと、儂は意識を失っていった。


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