第30話 点景
「あれ? 雨、止んでるね」
「本当だ。青空が見える」
「さっきは雷も鳴ってたし、そろそろ梅雨明けかな?」
空を見上げる
本館エレベーターホールに降り立つ
3人を階下まで見送りに来た学生課の職員が、天に声を掛けた。
「今回の一件で、大学中を走り回って
「そうなんですか。ありがとうございます」
なんだか、たくさんの人たちに助けられているな……。
本館の外へ出ると雨は止んでいた。
「ねぇ、お母さん」
思い出したように天が母の智子に尋ねる。
「さっきはどうして『女の子です』なんて答えたの?」
母の智子は、新川——お姉さんと顔を見合わせ、堪え切れずに笑い出す。
「それは私が原因かな」
お姉さんも笑い出す。
「どういうこと?」
意味が分からず、笑い続ける2人を交互に見る。
「
「
「ええっ! 教えてあげてよ、お母さん」
「周りの大人たちは
「さすがに途中から気付いたけどね。いつも男の子の恰好をしているし、おかしいなって」
「それでこの姿を見ても反応が薄かったのか……」
天はロングスカートの裾をひらりと広げて見せる。
智子はすっかり女らしく
「これがあの『約束』なのかな……」
「約束?」
——天は双子として生まれるはずだった。
妊娠10週頃には男の子と女の子の双子と判明する。このまま順調に育って行くと思われた矢先、異変が生じ、女の子は生まれる前に亡くなってしまう。
その後、天だけは順調に育ち、無事に生まれてきた。
数年が経ち、会話もするようになった頃、「お腹の中で約束をした」と奇妙なことを言い出すようになった。しかし、それには思い当たることが両親にはあった。
双子の中でも、胎盤も羊膜もひとつという生まれ方は生存率のリスクが高い。卯月家の双子も例外に漏れず、一人の子はしばらくして成長が止まってしまう。産婦人科でエコー検査をすると、弱っている子をもう一人が抱き締めるような姿が映し出されていた。
両親はこの時に2人の間で何か約束をしたんだろうと感じていた。
「約束の話はいつの間にか言わなくなってしまったから、忘れていたわ」
智子の話は、当の天にも記憶が残っていなかった。
「生きられないという運命を、もう一人の命に
しばらく思いを
「そうかもしれないね。
「”はる”って?」
「双子の名前。お父さんが考えたのよ。エコー検査の後に、私を元気付けようとしてくれたのかな」
「お父さんが……」
「あの日はとっても綺麗な青空の日だった……」
『空を表す”天”と書いて”そら”。
明るく照らす太陽の”陽”と書いて”はる”。
見上げるだけで気持ちも晴れる、そんな青空みたいな子に育つように』
「そんなこと言って命名したのよ」
智子と天の話を聞いていたお姉さんが、静かに天に語り掛ける。
「ねぇ、
心は
「……うん。そんな気がする。以前にお姉さんに”自分が背負っているものの価値を見極めよう”と言われた時からずっと考えていた。こういうことになっているのは、何らかのメッセージなんじゃないか、と。押し付けられたものじゃなくて、何か意味があるんじゃないかなって」
「あそこにいるのテンちゃんじゃないか?」
「どこどこ?」
「本当だ。テンちゃんだ!」
「わぁ、新川さんがいる!」
「大学との話し合いが終わったのかな?」
クラスメイトの声に気付き、手を上げる天。
「じゃあ、私たちはこれで」
「色々ありがとう、お姉さん、お母さん」
「お盆には顔を見せなさいよ」
「テンちゃーん!」
皆が駆け寄ってきた。
ほんの少し会えなかっただけなのに、なんだか皆の顔が懐かしく見える。
「心配させてごめん。全部、解決したよ」
「戻って来れるの?」
南が目を潤ませてている。
「うん。また今までのように」
「やったー!」
「よかった!」
「おかえり、テンちゃん!」
皆が口々に喜びを伝え、抱き付いてきた。
「ちょっと……、危ないって……」
女子たちが抱き合う姿を横目に、あの輪の中に混ざりたいと思う吉野と六ッ川。
本館の前から見える丘陵地帯。晴れ間にくっきりと浮かんでいるものを目にした。
「あっ、虹が出てる」
「本当だ」
南が皆に声を掛けた。
「ね、写真撮ろうよ。みんなで」
—— ようやく心の声が聞こえたよ
前を向く気持ちになれたのは
進むべき道を照らしてくれていたから
これからは共に歩んで行こう
君が見れなかった未来まで
「撮るよー!」
< 終わり >
アンガージュマン 中里朔 @nakazato339
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