第37話いつかは未来にたどり着くでしょう


 三人でのベッドの遊戯は、想像していたよりも悪いものではなかった。


 むしろ、良かったと言える。


 俺一人では見ることが出来なかったであろうリピの表情が見られたし、ユーザリとのことを見たり見られたりすることにも嫌悪感はなかった。唯一の欠点は、ベッドが狭すぎることぐらいだろう。


 今後は、床に何かを敷いたりするなどの工夫が必要になってくるはずだ。二つの布団を縫い合わせるかどうにかするのが一番手っ取り早いかなと考えていて、自分で自分がおかしくなった。


 遊戯が終わったばっかりだというのに、なにを考えているのだろうか。


 下着だけを身に着けた俺は、タライに張った湯を使って体を拭き清めているリピの背中を見ていた。俺たち二人を受け止めた細い身体は、本人の手で綺麗に磨かれていく。その姿は、なんだか儀式めいていた。


 それと同時に、本当に三人でやったのだなという実感が沸いてくる。後戻りは出来ないし、するつもりもなかった。


 この関係から俺が背を向けたとしても、ユーザリとリピは責める事などしないだろう。だからこそ、己の選択というものを強く意識する。


 リピを共有し、リピに共有されることを選択した。普通ではない選択をした俺たちの行く末など誰にも分からない。分からないから、自分たちで選択していくしかないのだ。


 それが、自由というものだから。


「どうしましたか?」


 体を拭き終えたリピが、俺の視線に気がついた。俺は首を振って「なんでもない」と答える。身体を拭く順番が回ってきたユーザリが、リピから湯を受け取った。


 当たり前のように俺たちに体を拭く順番を譲ろうとしたリピだったが、それを俺とユーザリは黙らせた。俺たち二人を相手にしたリピは疲れているだろうから、早く身支度を整えて休むべきだと考えたのだ。


 しかし、俺たちの気遣いに反して、リピは三人のなかで一番元気であった。俺とユーザリの方が、なんだかぐったりしている。


 思い出してみれば、リピは元性奴隷だ。このような事は慣れているだろうし、下手な消耗を避けるテクニックのようなものさえ持っていてもおかしくない。底が知れない奴だな、と思わず感心してしまった。


 それぞれに体を拭いてさっぱりしたところで、リピがとあるものを持ち出してきた。それは、魔石が付いた銀色のブレスレットだ。


「こちらをどうぞ」


 アクセサリーは女性なものという先入観があったので、俺はブレスレットを渡された意味が分からずに首を傾げる。


 霧の花で売り出しているようなチェーンで繋がれた華奢な子供用のブレスレットではない。円形状に銀の板を延ばしたような形のブレスレットだ。あとから聞いたが、バングルという種類のアクセサリーらしい。この街では主流なアクセサリーではないが、地域によっては男性でも身に着けることがある腕輪の一種だということだ。


「なるほど」


 ユーザリには、リピがバングルを渡してきた意味が分かるようだ。俺は、改めてバングルをしげしげと見つめた。


 銀の板を延ばして作られたバングルには、トンカチで叩いたような細かい凹凸が付けられていた。その凹凸が銀の輝きを鈍くさせて、男性的な野生的な雰囲気を出させている。


 このバングルの唯一の装飾。


 それは、埋め込まれた赤い魔石である。カットされた美しい魔石が、花弁の形に彫られた銀にはめ込まれていた。花弁は寄り集まって、一凛の薔薇の花を咲かせている。


「これって……あれかっ!」


 リピを買うために、ユーザリが売った指輪。


 そして、その指輪の魔石を模して作ったリピの小さな薔薇。


 この腕輪は、その薔薇を模していたのである。


「僕らが出会った思い出の花で……。それが、僕に魔石の加工を教えてくださったモーゼル様で……」


 珍しいことに、リピは言いよどんでいた。


 頬は真っ赤に染まっていて、これも珍しいことに恥ずかしがっていることが分かる。今まで色々とすごいことをしていたのに今更になって照れる理由が分からない。リピの羞恥心というのは、常人とは違うところにあるらしい。


「だからえっと、色々と縁があった花を三人で持っていられたらと思ったんです」


 リピは、笑っていた。


 俺とユーザリは、バングルにはめ込まれた赤い薔薇を見つめる。考えてみれば、俺たちにとって薔薇は始まりの花なのだ。


 あの薔薇の指輪があったからこそ、ユーザリはリピを購入することが出来た。そして、その花をリピが模倣できると知ったことで店は再スタートをきれた。


 俺たちの関係というのは、一凛の薔薇から始まっていたのだ。


「いつか……いつになるか分からないけど、俺の所の店とユーザリの所の店を合併させるか。ほら、高級品を扱うのは同じなんだし。女性客はアクセサリー、男性客はメガネやカフス。なかなか良い案じゃないか」


 俺はいつになるのか分からない夢物語を語る。


 幸いなことに俺の父親は元気なので、まだまだ店が俺の城になる日は遠そうである。そして、そんな日が来ても店の合併には様々な問題や面倒ごとがつきまとう。


 だから、今は全てが夢想だ。


 俺とユーザリの店が一緒になって、その店でリピが作った作品たちを売る。リピには男性客用のカフスやネクタイピンなども作ってもらって、それを俺たちは一生懸命になって世に広めるのだ。


 俺たちは、きっと様々なところで自慢をするのだろう。


『リピというすごい職人が、俺たちの店にはいるぞ』


『この美しい作品は、リピが作ったんだぞ』


 身内の贔屓目だと言われるかもしれないけれども、それでもいい。俺たちは、リピという存在の恋人でありファンでもあるのだから。


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三人関係~欲しいと思ったら、手を伸ばさないと絶対にダメ~ 落花生 @rakkasei

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