第24話

        28.火曜日午後10時


 あれからすぐに、群馬県警と警視庁捜査一課、特命捜査対策室および鹿浜署に連絡をし、その場で三船洋子と高橋清彦の身柄を確保した。現場は群馬県警によって封鎖され、夜の山中とは思えないほど賑やかになっていた。

 容疑者二人は麓の警察署に移され、長山が最初の取り調べを担当した。事情のよくわからない県警にとっても、そのほうがよいと判断したのだろう。

「知らないわ! なんで、あんなものがうちの庭から出るのよ!」

「でもね、遺体と凶器があなたの所有する別荘から出たんだから、まったく関係がないことはないでしょう?」

 三船洋子を前に、長山は意地悪く言った。

「あんなところに埋めてないわ!」

「じゃあ、どこに埋めたんだ?」

「な、なんのこと……!?」

「あそこに埋めてなくても、べつのどこかに埋めたんじゃないのか?」

「な、なんのこと言ってるのよ!」

「そうですか。まあ、あの凶器の分析がすめば、もっといろいろなことがわかるでしょうから」

「……な、なんだってあんなものが……」

 三船洋子にとっては、信じられないことがおこったのだ。高橋清彦の様子も、同じようなものだった。容疑は否認するものの、後ろめたいことを隠しているのは明白だった。

 二人への聴取が終わったころ、捜査一課と特命捜査対策室の人間がやって来た。本格的な人員が来たわけではない。特命のほうは、長山が絡んでいる関係上、室長の指示をうけた一人が。捜一のほうは、在庁組の係から二名が来たにすぎない。

 行方不明の捜索願いは西新井署が受理し、いまは鹿浜署が引き継いでいるので警視庁の管轄ではあるが、殺人が発覚したのは群馬県内になるから、本来なら捜査は県警のほうがおこなうことになる。しかし懸賞金制度のことがあるので、できれば東京主導でやりたいところだ。そういう部分の調整は、上のほうが水面下で動いているはずである。

 とりあえず、あとのことは捜一にまかせることにして、長山は来たばかりの同僚とともに東京へ帰ることにした。翔子と梶谷は、軽い聴取をうけたあと、すでにもどっている。もう東京についているかもしれない。

「指紋、取れました」

 帰りがけ、県警の人間からそう報告をうけた。刃物から高橋清彦の指紋が検出されたそうだ。三船も高橋も指紋の提出を渋ったが、どうにか許可させた。二人は、厳密には逮捕されたわけではない。重要参考人という立場になる。本人たちが帰りたいと訴えれば、警察は帰さなければならない。建前上は。

 犯人であることが濃厚な場合、証拠隠滅や逃亡、もしくは自殺を防ぐために、警察はできるだけ長く身柄を確保しようとする。それが問題になることも多い。ときには逮捕状を用意しておいて、参考人聴取を続けることもある。あくまでも自供をとったうえで逮捕したいからだ。別件逮捕を使うケースも、そのことが理由になる。

 だがこれで、容疑者二人が帰宅を希望しても──すでに帰りたいと主張しているだろうが──それが許されることはなくなった。弁護士を呼べと主張したときは、逮捕状を請求することになる。どう転ぼうと、あの二人は逮捕される。

 第四の事件も、これで解決へ向かう。

 あとは……練馬一本になった。

 久我が指定した『三日後』は、明日の午後三時──もうじき日付が変わるので、今日といってもいい。

 これから、懸賞金制度の最後の山場がおとずれることになる。


        * * *


 財団本部の前まで送ってもらった。梶谷に礼を言ったが、逆に、おもしろい場面に遭遇させてもらった──と感謝された。なかに入ると、遙の姿をさがした。すでに深夜と呼ばれる時間帯だったが、ここで待っているという予感があった。

 最上階に行った。久我とともに、ソファに座っていた。長時間、ここにいたのだろうか。テーブルの上には、中西が運んできたと思われるカップと菓子の入ったバスケットが置かれていた。カップからは湯気が出ていない。飲み干しているというわけでもなさそうだ。菓子にも手をつけた様子はない。かといって、二人の会話がはずんでいないことはあきらかだ。というより、これまで言葉が交わされたことすら疑問だった。

 翔子が来たことにより、心なしか二人の空気感がやわらいだ。

「出ました」

 翔子は告げた。遙は、悲しそうに微笑んだ。

「そうですか……これで、安らかに眠れますね。ありがとうございました」

「たぶん、お父様かどうかを確定するために、DNAの提出を求められると思います」

 その内容は、耳に届いていないようだった。遠い眼をして、なにかを思い出していた。きっと、家族三人のかけがえのない時間だ。それを邪魔したくはなかった。

「おめでとう。懸賞金は、きみのものだ」

「やめてください。わたしには必要のないものです」

「金は持っていても、ムダにはならない」

「イヤですね。わたしは、悪辣にはなりたくありません」

 毒をこめて、久我に答えた。

「杉村さんにあげようとしたお金なんでしょう? 移植に必要だった金額、ですよね?」

 当時は保険がきかなかったから、国内での移植でも二千万円ほど費用がかかったという。

「だったら、彼女に」

 二人して、遙を見た。

 この広すぎる空間に、一人だけが……家族三人だけがいるかのように、彼女は夢想のさなかだった。

「きっと、彼女は受け取らないよ」

 翔子も思ったが、それでも問いかけた。

「どうして、そう思うんですか?」

「彼女も、悪辣な者じゃない」

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