第1話

 ――昭和二十三年秋、横須賀。カフェの水場で皿を洗う男、深山研三郎は昼休憩に入ろうとしていた。痩せぎすの身体に黒縁の眼鏡、偉丈夫には程遠い。


『やあ。ミヤさん居る?』

「奥の水場。お前さんも物好きだね」


 ――来客。滅多に呼ばれない渾名を耳にし、深山は僅かに目を細めた。


「やあ」

「・・・まだ仕事中だよ。待つなら席で待たせて貰って」

「もう終わりかけじゃないか」


 くたびれたトレンチコートに、黒髪短髪の線の細い顔と身体。百地、と言った。


「・・・モモ。もっと良い格好、似合うと思うけど」

「生憎、舐められると終わりな稼業してるからね。いつかまたの機会に」

「で、用事は?」

「副業を持ってきたんだ。歩哨の仕事」


 笑うと年頃らしくえくぼが出る。


「元軍人に、特に声を掛けてるのさ。ライフル持って立つだけの簡単なお仕事、どうだい?」

「それ、発砲も仕事の内に入ってない?」

「場合により、だね」

「それに土日を費やすのか」

「経費込み、報酬十分、悪い話じゃないと思うけど?」

「・・・・・・」


 深山には重度の博打癖があった。休日になると周辺の競馬場に繰り出し、大穴の馬に賭けては大損を出す。お陰で手持ちはいつも不足していた。


「博打代は経費に入るかな」

「・・・・・・何する気だい?」

「旅打ち。どうせこっちの仕事じゃないんだろう?」

「・・・入ったら受けてくれるの?」

「勿論」


 百地は嘆息した。もう数年の付き合いになるのだが、この博打癖だけは慣れなかった。


「・・・掛け合ってみるよ。取り敢えず会食だ」

「会食?」

「この仕事の元締、変わった人でね。仕事相手と直々に話がしたいんだってさ」

「何処で?」

「有楽町のレバンテ」

「高いね。行くけど」






 仕事をふけた深山は、二人で横須賀の駅から電車に乗った。新橋乗り換えで一駅、一時間も掛からない。

 駅前通りを歩くと、それは見えてきた。三階建ての瀟洒な西洋建築だ。中に入ると、百地が一言二言ウェイターと話をして、すぐに奥のテーブルへと通された。

 先客はイギリス人だった。こちらを見るなり、驚いた顔をする。


『・・・奇遇なこともあるもんだ』


 流暢な英語だった。


『そう言いたいのはこっちの方だ。遠方だろうとは思ってたが、まさかあんたとまた組むとは思ってなかったよ』


 深山もまた英語で応えた。


「え、何、知り合いだったの?」

「復員直後に世話になって、それから」

『まあ、積もる話は食事中でもかまわんだろう?』


 遅めの昼食が始まった。



 



 僅かに陽は傾き始めていた。食事終わり、手洗いでイギリス人と深山はかち合った。


「日本語で良いかい、隊長殿」

「ああ勿論さ、ついでにアーロンでも良い」

「流石に流暢だね。日本人をやってるのが恥ずかしくなってくるよ」


 アーロンは僅かに目を細めた。


「こないだはどうも」

「礼は結構。それより、貰うものを貰っておきたいんだけれど」


 幾つかの封筒が渡された。


「ポンド払いは勘弁して貰いたいね。あの時は両替に苦労した」

「承知している。・・・証拠も取れた、上々だ。これで、旧帝国軍兵器の横流し事件も収束に向かうだろう、君が蜂の巣にされてくれたお陰だ」

「なら良かった。死ぬかと思ったけれど」

「砂袋積めてもまだ足りなかったか?」

「小口径でも小銃弾には変わりない。旧式の六・五ミリと新式の七・七ミリが混用、普通実包だったからまだ良かったようなもの。徹甲弾なら抜かれてたし、車載の大口径重機なら・・・」

「――無いな。連中の密輸品はその二種のみと既に確認が取れていた。君の仕事はその確認と裏付けに過ぎん」

「・・・随分派手にやってくれるね」

「印象は大事だからな」

「成程。これがコマンドスの流儀って訳か」

「・・・・・・中野の流儀がそれなら、こちらもそうさ」


 男は葉巻に火を点けた。


「・・・今度は呉だ。一層抜かりなくやってくれ」

「善処はする」

「善処では困る、死力を尽くして貰わなくては。君に大いに関係があると思って、わざわざ彼女を通してコンタクトを取ったんだ」

「何?」

「・・・一週間前、呉の基地倉庫に泥棒が入った。私の部下が応戦したが、ブレンもステンも効かなかった、人間一人にだ」

「!」

「倉庫の品をあらかた奪った後、魚雷艇で逃げていった――自称『登戸の亡霊』、だとさ」

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亡霊狩り 猫町大五 @zack0913

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