第3話
そうして一年、二年、五年の月日が経った。
親友のイリーナが、子を孕んだ。
イリーナはジョアンと同じく待つ身で、間違いがなければ孕まない体だった。具合が悪そうなイリーナを、医者に見せて発覚した。
「いつから?」
ジョアンは尋ねた。イリーナは、顔を背けて「みつき前」と言った。
「あたし、その人と一緒になる」
ジョアンは、イリーナの背を見つめた。ずっとお母さんになるのが夢だったイリーナ。
「おめでとう、イリーナ」
ジョアンはイリーナのことを愛していた。だから、内心の失望を表に出さないようにつとめた。イリーナは、そんなジョアンを見て、顔をそらした。
「いいよ。わかってるから」
ひとことだけ、そう言った。ジョアンは自分を恥じた。同時に、イリーナへの憤りも覚えた。恋人を裏切ったイリーナ。イリーナの恋人は、尊い仕事を今も耐えているであろうに。
ふたりはそれきり、何も言わなかった。
言わない、ということがもう、ふたりの間に出来た距離だった。
それからせきを切ったように、多くの娘がイリーナに続いた。
「だって帰ってこないじゃない」
皆、ジョアンにそう言った。何か言ったわけでもないのに、皆ジョアンを睨むように言うのだった。ジョアンはむしろ、自分が非難されているような気持ちになった。
実際に、水路をひらくのはこの一代で終わるようなことではないと言われだしていた。村からは追加の人員が送られ、若い男はめっきり減っていった。
女たちも、はじめはしおらしく待つのだが、大抵すぐに子を作った。体を壊したとかで、帰ってきた男に種をもらったり、数少ない病弱な男とつがったり......見栄や世間体におされて、純情を売られていった。ジョアンはジーンの花の中、深い孤独を覚え出していた。
「いい育てのあんたにはわからないかもしれないけど」
裏切る女たちの決まっての台詞だった。自分たちはジョアンのように才能がないから、頑張れないのだという。ジョアンはこの言葉が一番こたえた。「でも、子を産まないあんたは女として型落ちだ」と言われるより、ずっと胸が痛かった。
一緒に、待つために新たな花畑をひらいた女たち。あの時、たしかに仲間として笑いあったはずだ。そしてそれより先に――皆、ジョアンと同じ夢を持った育てだったはずだったからだ。
「私たちで最高のジーンを作ろう」
男のためとか、そういうものもおいて、ただジーンを育てるのが好きで、人として身を立てたい――そんな気持ちで、ジーンを育てだした戦友でもあったはずだったのに。
女というものは、何と不自由に打算的な生き物だろう。
なにか人が変わってしまったみたいに、夢を、愛を忘れてしまう。
ジョアンは、女たちの花畑に置き去りにされた。一人、ジーンの花が揺れる中、立ち尽くしていた。
しかし、ジョアンもまた女だった。年齢が三十もこえたころ、腹の中にとうとうと満ちる血は、ジョアンに「お前は女だ」と叫びだしたのだ。
「いいえ、私はカルロスを待つわ。それに、育ての仕事に誇りを持っているもの」
ジョアンにとってカルロスは男で、ジーンは子どもだった。カルロスとジーンの花への愛に生きられるならば、それで構わないとさえ思った。
女たちは、そんなジョアンを変人扱いした。年数が経つほどに、それはひどくなっていった。ジョアンは育てとしても古参となり、あとから花畑に来たものが、ジョアンより早く去っていく。
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