第4話

 ジョアンと同じ年で、ジーンに向き合っている女は、ミリガンだけだった。 

 ミリガンは素晴らしい育てで、彼女の咲かすジーンは光を灯してるようだった。

 一度、嫉妬を覚えてミリガンを褒めたことがある。すると、ミリガンは皮肉っぽく首をすくめた。


「あたしには、相手もいないし。ここでやるしかないから」


 ミリガンは待つ女の花畑を作った時、居心地悪そうに端っこで働いていた。ミリガンは、ずんぐりとした背を丸め、汗みずくになって働いた。そして誰よりも美しいジーンの花を咲かせる。

 そのアンバランスさに、女たちはいつも忍び笑いを漏らした。ミリガンは我関せずといった顔で、丹念にジーンを間引いていた。

 それでもミリガンは泣いていた。ある日偶然、ジョアンは見てしまった。


「あたしは咲かない花だ」


 ミリガンの誰知らず漏らしたつぶやきが、ジョアンの胸を刺した。

 咲かない花。

 ジョアンの腹の底に、その冷たい響きが、いつまでも残った。

 ジョアンはミリガンにならって、いっそう仕事に打ち込んだ。花に向き合う時間を増やせば、それだけ美しく育つうえに、余計なことを忘れられる。

 ジョアンはジーンの花を両手に包む。ほのかなぬくもりは、ジョアンを慰めてくれた。するとジョアンは自分の体が冷えていることを、痛感せざるをえないのだった。

 また月のものが来る。赤く滴り落ちる血は、ジョアンにとってわずらわしく、馴染み深いものだった。頭も鈍るし、年々不調も増える。

 しかし、三十二歳の暮に、ふと思った。

 これがあと何年続くだろう。これが終ったら、私は本当に子を望めなくなる――ジョアンの心にさした影が、ジョアンを包んだのはその時だった。

 ちょうど、大きなジーンの花を咲かせ終えた頃だった。


「美しい」

「これで何人のかわきをいやせるだろう」


 ジョアンは、大輪のジーンを、ミリガンと見上げた。久しぶりにあふれるような幸福を感じた瞬間で、至上の達成感をジョアンにもたらした。

 しかしそれが、ジョアンの中で何かを終わらせてしまったのだ。

 大輪のジーンの花をおさめ、あらたにジーンの花に向き合った。そのとき、ジョアンは今までの切実と言っていい熱量が去っていることに気づいた。

 それは、ぞっとするような感覚だった。

 カルロスを待つ日々の中、ジーンはわが子同然だった。

 しかし、いつの間にか無邪気な憧憬だったそれに焦りが混じり、縋りついてしまっていた。そのことに、育てとしての情熱が凪いだことで、気づいてしまった。

 ジーンは私の子供にはならない。

 その瞬間、ジョアンの中に焼け付くような不安が根付きだした。ちょうど、三十三歳の誕生日を迎えた頃だった。三十二歳までまったく感じなかった、もし感じたとしても風が吹けば飛ぶような不安が、ずっと心にあるようになった。

 もしかして、私はこのまま過ごしていくのだろうか......一生? 育てとしての熱意も消えて、私はこれからどうしていけばいい?

 何を馬鹿な。ジョアンは必死に思い直した。カルロスを待つのだ。

 しかし、カルロスはいつ帰ってきてくれる?

 心の底から、震えあがるような心細さを覚えた。心の中になにか、泣きつくようにすがりついていて、それがジョアンを苦しめる。「一緒に泣こう」と誘いをかける。氷のように冷たく、ジョアンの腰骨から下をしんめりと凍えさせた。

 するとジョアンは、足もとから崩れ落ちるような心地になるのだった。


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