第7話
「あんたは産まないの」
「うん」
ジョアンの言葉に、ミリガンはジーンを受粉させながら、頷いた。丸まった固い背はかたくなで、しかしジョアンに失望したふうでなかった。ジョアンはそれが不思議だった。
「あんたも、考えてもいいんじゃないの」
ジョアンは、ミリガンとさして仲良かったわけではない。だからこれは、お節介な言葉でしかないはずだ。
それでも、ジョアンはミリガンと一緒にジーンに向き合ってきた。だから、言わずにはおれなかったのだ。
ミリガンはむっつりと、ジーンの花弁を撫でていた。
「あたしは無理」
「どうして? そんなことない」
「無理なんだ」
ミリガンはそれきり、押し黙った。
「ごめん」
ジョアンはミリガンに謝る。すると、ミリガンは顔をくしゃくしゃにした。子供のようにおぼこい表情だった。
「あたしも産みたい」
ミリガンの言葉に、ジョアンは目を見開く。
「でも、あたしは駄目なんだ。ジョアン」
ミリガンはうめくように続けた。
「ずっと、ジーンだけだった」
ジーンの花を、肉厚の手が包んだ。ミリガンらしい、あんまりなほど、優しい手つき。
「あたしはずっと、ひとりで生きるしかないって思ってた。そんな自分を支えてくれたのは、ジーンだった」
ミリガンの手がふるえ始める。
「産みたいよ。あたしだって」
「なら......」
「でも、駄目なんだ。怖いんだよ」
ミリガンは笑った。その目に、いっぱい涙がたまっている。
「あたし、あたしじゃなくなるのが怖いんだ。ジーンから離れるのが怖い。ずっとあたしを救ってくれたジーンを、忘れるのが怖いんだ」
そんなことはない――ジョアンはそう言いたかった。けれども、ジョアンはその言葉を口にすることはなかった。ジョアンには、ミリガンの気持ちがわかった。ジョアンだって、ジーンにずっと向き合ってきた。そして、ミリガンの熱量はいつも、それ以上だった。
ミリガンは、ジーンにそうしてきたように、子供に向かうだろう。おそらく自分がそうなるように。
「子供が巣立って、それからまたジーンに向き合えばいいとか、あたしも色々考えた。とりあえず飛び込んじまおうとか......でも、やっぱり」
ミリガンは、涙をぐっとのんだ。
「あたしは、やっぱりジーンを一番に置いておきたいんだよ」
そう言ってミリガンは、うずくまった。うずくまり、とうとう背をふるわせて泣き出した。ジョアンは黙っていた。
勇気を出せ――その言葉はあまりに重かった。
「後悔はするものね、ミリガン。なら、自分のいい方を......」
ジョアンはミリガンの背をさすった。ミリガンは低くうめき、小さくなって、ずっと泣き続けていた。
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