のっぺらぼうの世界

根竹洋也

のっぺらぼうの世界

 のっぺらぼうっていう妖怪がいるじゃないですか。顔が無いっていうあの妖怪です。あんなのが実際にいたら恐ろしいですよね。

 でも、なんで顔がないことが恐ろしいのでしょうか?

 あるはずのものが無いより、あるはずのものがたくさんある方が恐ろしいと思いませんか? 例えば目が三つあるとか、首が異常に長いとか、そんな妖怪もいますよね。思うに、のっぺらぼうの怖さって顔が無いことそのものより、表情が無いことなのでは無いでしょうか?

 今回は、人類が全員のっぺらぼうになった世界のお話です。


 私は旅人。幾多の、あったかもしれない世界を旅する者。そして私が旅をするのは、何らかの形で滅んでしまった並行世界だ。私は世界が終わる瞬間を研究している。滅ぶ直前の時空に転移して、滅ぶ理由や人々の様子を観察する旅人なのだ。


「今回の滅亡の直接要因は、異星人による破壊ですね」


 ガイドの女性が私に言った。今回の旅先は人間の姿がだいぶ変わっているため、うっかり接触しないように見張りも兼ねてガイドがつくことになっていた。


「異星人ね。それだけだどよくある理由だけど、ここは過程がユニークなんだよなぁ。一度見たかったんだ」

「そうですか。今回は絶対に現地人に見つからないように、透明化装置の着用をお願いします」

「わかっているよ。さて、今回の世界は――のっぺらぼうの世界か」


 転移装置を出ると、そこは人で溢れる街中だった。透明化装置により、私たちの姿は誰にも見えず、声も聞こえない。私は早速、道ゆく人々の顔を覗き込んだ。


「うわっ! わかっていてもこれは……不気味だな。随分と極端な感染症予防だよ」


 この世界での人類は、目、鼻、口、耳という、すべての顔の穴が塞がれた、のっぺらぼうのような顔をしているのだ。

 過去に大規模な感染症の流行が起こり、この世界の人類は滅亡の危機に瀕した。そこで、ある学者が考えた。ウィルスが入ってくる場所をふさげばいいのだ、と。そうして、遺伝子改良で顔の開口部を塞ぐように人為的に進化させたのだ。


「それじゃ、何も見えないし、聞こえない。喋れないし、呼吸もできないじゃないか」

「ええ、ですからテクノロジーで無理やり解決したのです。あれを見てください」


 ガイドの女性が人々の頭の上を指さす。人々は不思議な帽子をかぶっていた。そこにはレンズ、スピーカー、マイクが付いている。あれが失った器官の代わりなのだ。

 私は姿を消しながら、二人の男性の会話を観察した。


『今日の昼何にする?』

『ラーメンにしようぜ』

『昨日も食べただろ』

『おっと、そうだったか。じゃあそばにしよう』


 あの帽子は脳波を送受信する機能がある。それで脳波を読み取り、スピーカーから合成音声を出し、マイクが拾った音を同様に脳に伝えるのだ。視覚も同様に、帽子のカメラが捉えた映像を脳に伝達している。


「昼食って、口が無いのにどこから食べるんだい?」

「見てみましょう」


 二人の男性は蕎麦屋の暖簾が掛かった店に入って行った。ついて行くと、店内にはいくつもの棒が並んでおり、何やら液体の入ったパックがぶら下がっていた。


『俺、もりそばね』

『同じ物で』

『へい、こちらです』


 二人の男性は案内された棒の前に座ると、ぶら下がったパックから伸びたチューブを自らの腕に付いたコネクターに繋いだ。


『いやー、ここの点滴はコシがあるよね』

『ああ、こだわりの蕎麦粉を使っているんだよ』


 私は二人の姿を見ながら首を傾げた。


「まさか点滴とはね。しかし、コシのある点滴とは?」

「さあ? この世界の人にはわかるんでしょう。こんな感じで栄養補給は全て点滴、空気は喉に繋がった管から何重にもフィルターを通して取り込んでいます」

「うーむ。どうにも不気味だね。何より、顔が無いから感情がわからないよ」

「そういう差別的な発言は謹んでください。この世界の人達が種の存続ために努力した結果です。実際、一応の感染症対策効果はあったのですから」

「まあ、確かに。感染症で滅んだ世界も多いけど、そこは乗り越えたんだものね」

 とはいえ、なんとも不気味な姿に成り果てたものだ。そうまでして生き残ろうとする意思に、私は畏敬の念すら感じた。どの道、別の手段で滅んでしまうのだが。

「記録ではそろそろなのですが……あ、来ましたよ」


 街がまるで夜になったように突然暗くなり、人々は空を見上げた。


『なんだ?』

『あれを見ろ!』

『そんな、まさか』

『UFOだ!』


 空を覆う巨大な円盤。そう、異星人がやってきたのだ。街頭ディスプレイにノイズが走り、次に異星人の顔が写った。電波ジャックである。


『地球のみなさん、初めまして。私は平和的な交流を求めてやってきました』


 ディスプレイに映る異星人は、「顔がある頃の」人類に似ていた。異星人は温かみを湛えた微笑みを浮かべながら語りかける。異星人の方がよっぽど人間らしく見えるとは、妙なものである。


『私は大使です。皆さんの代表者との会談を望みます。三時間後にこの母船の下にいらしてください。お待ちしています』


 そう言って異星人からの通信は終わった。


 人類は大慌てで対策を協議した。なにしろ時間が三時間しか無いのだ。


「しかし、三時間とは随分せっかちな異星人だなぁ」

「記録によると、異星人が地球の自転周期のデータの桁を間違えていたらしいですよ」

「おっちょこちょいな異星人だね」


 人類側の代表者を決めるのはそこまで難しくなかった。過去の感染症被害で国家は減り、今は一つの統一政府が地球を治めていたからだ。国務大臣が大使として異星人との会談にあたることになった。

 だが、人類側に一つの不安が持ち上がった。なにしろこの世界の地球人類には顔がない。それが外交上の失礼に当たるのではないか、と言う意見が出たのだ。


「確かに顔の無いやつを信用しろと言うのもね。もっともな意見だ。それで、どうしたの? 遺伝子改造で、顔を急いで作ったのかい?」

「いえ、そんな時間はありません。なので、またしてもテクノロジーで無理やり解決しようとしたんです。見てみましょう」


 私たちは、会談前の国務大臣の部屋へと忍び込んだ。国務大臣は、部屋の中をさっきから行ったり来たりしている。顔がなくても、大臣が緊張しているのはよくわかる。そこに扉を開けて白衣を着た男が入ってきた。


『博士。顔問題の解決手段が出来たのか?』

『はい。この特製ディスプレイを顔に付けてください』

『なんだ、これは?』

『顔の代わりに、これで感情を表す文字を表示するのです。昔、テキストデータでのやり取りの際に行われていた手法で、顔文字というものです』

『よくわからん。どうしたらいいんだ』

『お任せください。そういう時はこんな顔文字です』


 (;´Д`)


『なんだこれは! ふざけているのか』

『そんな時はこれをお使いください』


ヽ(`Д´)ノ


『うーむ、随分と原始的だな』

『なにぶん時間が無いもので』

『本当にこれで伝わるのか?』

『ご安心ください。私は、〈顔がある頃の文化研究会〉の会長でもあります。これからいくつか例を説明しますので、覚えてください』

『わかった、早くしろ』

『たとえばこれです』


ヾ(*´∀`*)ノキャッキャ


『嬉しい時に使ってください』

『なるほど』


(T_T)


『これはシンプルだな』

『悲しい時に使ってください』


(((o(*゚▽゚*)o)))


『これはなんだ?』

『照れたり、大きく喜んだりしたときに使います』


Σ(゚Д゚)スゲェ!!


『これは驚く時です』

『ふむ、確かに顔の代わりになるかもしれないな』

『いくつか、このコントローラーに登録してあります。脳波コントロール装置は間に合いませんでした。今から操作方法を……』

『大体わかった! もう時間が無い! 行くぞ』 

ヽ ( ꒪д꒪ )ノ

『おお、大臣、その調子です』


 まもなく異星人との会談の時間になった。国務大臣が円盤の下に行くと、まるで魔法のように音もなくスーッと異星人が降りてきた。銀色のピッタリとしたスーツに身を包み、スラリとした長身の姿で、そしてきちんと顔がある。緊張の中、異星人が口を開く。


「ワレワレハ、ウチュウジンダ」


 大臣がどうしていいかわからず固まっていると、宇宙人がにっこりと笑って言った。


「どうですか? あなた達のステレオタイプな宇宙人像に合わせてみました。姿もあなた達に合わせて……おや? 前回の調査時と少し違うようですね。進化したのでしょうか?」


 困惑した宇宙人に、大臣は答えた。


『私たちは感染症対策で自らを改造しました。機械を使ってコミュニケーションをするのです』

 (゚Д゚)ノ


 宇宙人は大きく頷いた。


「なるほど。その画面に表示される絵で感情を表しているのですね。面白い! 大丈夫ですよ。私は地球の文化をしっかり勉強してきましたから、意味がわかります」


 大臣はホッと息をつき、異星人に言った。


『あなた達を歓迎します』 

ヽ(`Д´)ノ

「……? そ、そうですか……まあ、警戒されるのも無理はないですね」


 怪訝そうな顔を浮かべる異星人。だが顔を失って久しい地球人類には、「怪訝そうな顔」の意味がわからなかった。次に大臣は尋ねた。朗らかな笑みを浮かべたつもりで。


『あなた達の目的はなんですか?』

 アァ━━(´A゚#)━━ン!?


 宇宙人は少し戸惑いながら答えた。


「もちろん侵略……なんてね! 冗談ですよ。友好的な関係を築きに来ました。そんなに警戒しないでくださいよ」


 異星人は片目を瞑って舌をぺろりと出してみせた。大臣が警戒していると思い、場を和ませようとしたのだ。大臣はそれが冗談だと気がついたようだ。やがて口を――いや、口は無いのだった――スピーカーを鳴らした。


『では我々はあなた達を返り討ちにしましょう』

 ε=ε=ε=(怒゚Д゚)ノ ゴルアァアァアァ!!!


 宇宙人の顔が色を失う。


「なんですって?」

『おや、冗談で返したはずだが……まさか間違えている?』

 クソッ(#`д´)ヴォケ!!!

「……それがあなた達の回答ですか?」

『ち、違うんです』

 (^o^ ∋ )卍ドゥルルル

「ふざけているんですか?」

『待ってください』

 ( ^ω^ 三 ^ω^ )ヒュンヒュン


 顔を真っ赤にして宇宙人は怒り始めた。


「こちらが歩み寄っているのになんという態度だ! 許せない! いいでしょう。戦争です」

『そんな、やめてください』

 ٩(◦`꒳´◦)۶ オコダヨ!

 (੭ ᐕ)੭*⁾⁾ カモーン!


 顔がなくてもわかるほどオロオロする大臣を残し、宇宙人は円盤へと帰っていった。


 私はため息をつきながら、転移装置を起動させた。


「なるほど、こういうことか。本物の顔なら操作ミスなどしなかっただろうにね」

「いろいろな不幸が重なった結果ですね。進化する時は顔を残しましょう、ということです」


 次の瞬間、この世界の地球は円盤の放った反物質爆弾により跡形もなく消え去ったという。


。゚(゚´Д`゚)゚。

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