第10話

「そうだ、リストランテだ」


『食戟のソーマ』のコミックス第四巻の幕間を見て思い出す。この前ルードラルトが御馳走してくれた高級レストランのことを本場フレンチではリストランテと言うらしい。

今俺の手元には『食戟のソーマ』に登場するキャラクターのタクミ・アルディーニのSDキャラが豆知識として教えてくれているイラストが描かれている。

『食戟のソーマ』とは定食屋の息子である主人公幸平創真が、入学するだけで料理人として箔が付く遠月学園に父親の一存で入学し、料理バトルを繰り広げる漫画である。

タクミは創真のライバルであり最初こそなんかやベーやつが出てきたぞと思ったけれど、速攻で主人公の事大好きなんじゃね?と匂わせる言動があふれ出てた……腐女子界隈だとこれこそ公式が最大手ってやつなんだろうか。


タクミと創真の関係を考えているうちに手元には『食戟のソーマ』の原稿が五枚ほど新たに描かれていた。もちろん俺の能力でだが。


「そろそろ、朝食の時間か」


めちゃくちゃ熱い展開で今すぐに読み進めたいけれど、セリーヌの料理は出来たてが一番おいしいからな。この前冷めた料理を食べておいしかったけれど、やっぱり温かい出来たてを食べたいなと思ったばかりだ。


「それに寝坊したらエリザに怒られるし」


二階の寝室から一階のリビングへと降りて、食卓に着く。どうやらまだ料理は出来ていないようだ。一度手伝いをセリーヌに申し出たんだが、食事の用意も仕事の内だと断られてしまったばかりか使用人の手伝いを申し出るなんてと叱られてしまった……。


そんな感じで過ごすうちに俺が異世界に転移してきてから三日が過ぎた。

あのレストランでの騒ぎからというものの俺達の周りでは特に何もなかったのだが、どうやら世間はそういう訳にもいかないらしく……。


「アマワタリ、あなた今日も一面を飾ってるわよ」

「うわぁ……そこまでやるつもりはなかったんだけどなぁ」


ルードラルトが聖域とやらをあのレストラン……いやリストランテで行使した事はどうにもかなり大事だったらしく、三日が過ぎた今でも紙面の表紙を飾っている、俺が。いや普通に考えればルードラルトの肖像画がそこにあってしかるべきなんだろうが、彼がインタビューで俺の事をまるで自分より上位の存在かの様に崇めたてまつるからこんな事になっているようだ。

後でルードラルトには釘を刺したためそれ以降は特に何も話していないようだけれど。


「こういうとき王宮に家があってホントによかったわよね」

「……あー、マスコミが家まで来れないから?」

「そうそう。あいつらに隙でも見せようものなら骨までしゃぶり尽くされるわよ」

「顔すら出してないのに一面占領しちゃってるもんな」


新聞各社曰く現状の俺の存在はどうにも天上人とか天使とか、なんというか人知の及ばないものとして表現されているのがほとんどだ。どうにも一市民としてはかなり違和感があるんだが……いや、お姫様の世話になってる時点で一市民じゃないのか。

それはそれとして、マスコミに対してエリザがここまで嫌悪感を隠さないでいるって事は何かあったんだろうかと考えていると顔に出ていたのかセリーヌが教えてくれた。


「以前にもお伝えした通り、エリザ様は御生まれが他の王族の方々と事なる為にそれはそれは記者の方々に粘着された事が御座いまして――」


なるほど。日本で言う所のマスゴミみたいなもんで、有名税なんてありもしない言葉をまるでさも当然かの様に押しつけてプライベートを暴くタイプの輩か。それはかわいそうな気がするが。


「その際に数人を病院送りにした為にエリザ様はおてんば姫と当初記載される予定が暴力皇女などと書かれそうになったのです」

「あ、あれは……私悪くないもん」

「えぇ……もんってかわい子ぶってもだめでしょそれは」


訂正、エリザは見た目に反してかなり漢気にあふれているタイプのお姫様だ。いや、どんな姫様なんだよ。


「だって、私達の家の中に土足で入ってくるし、止めてって言っても話も聞かずに写真ばっかり取ってそれで私がちょっと殴っただけで骨が折れただの機材が壊れただのうるさかったから……」

「うんまぁ、そっか。タイヘンダッタンダナー」

「何よその心のこもってない返事は!」

「とはいえこれでもエリザ様は王女ですので、王家としてはそのような無礼を働く輩を野放しには出来ないでしょう?」

「えっ……まさか、死刑ですか?」


俺がセリーヌに対して質問を投げかけたのだが返答は笑みだけだった。無言の肯定じみててめちゃくちゃこわいんですがそれは。


「そんなわけないでしょ。そう簡単に斬首なんかしないわよ」

「じゃあ、どうなったんだ?」

「詳しくは私も聞いてないけど五体満足で家族の元に帰れはしてないみたいね」

「えぇ……王家こわぁ」

「アマワタリ様、誤解ないように頂きたいのですが、王家に泥を塗った対価としてはこれでもかなり甘い対応なのですよ?」


五体満足で帰れない対応が甘い……だと。なんだか現代日本とは価値観が違いすぎてドン引きなんだがエリザですら当たり前みたいな表情をしてるし、世界が違うってこういう事なんだろうな。


「何代目か忘れたけれど、一部のマスコミが先走った結果関わった会社の全社員の一族郎党皆殺しってこともあったのよね?」

「五代目のレゾクラール王が行った史上最大の処刑ですね。概算で一万人ほどが処刑されたと記録されております」

「……おうふ」


そりゃ多少のギャップはあるだろうと思っていたけれど、まさか生死にかかわる事でそこまでのギャップがあるとは夢にも思ってみなかった訳で。


「まぁ、とにかく現状マスコミが俺達にアポを取る手段はないって事で良いんだよな?」

「……そうね、まともに考えればその通りね」

「ルードラルト様にお力添えをして頂いていますので、『ヴェスタリアの水晶』を敵に回す覚悟がない限り取材を行わないかと思われます」

「なるほど……とりあえずは問題ないってことだよな」


そういえばなんでルードラルトはあんなタイミングでエリザに会いに来たんだろうか。ルードラルト側はエリザとセリーヌにかなり親しそうに接してはいたが、俺に対しても似たような感じだったしな。


となると今外に出ても面倒くさい事になるに違いないし、暇を持て余してる俺としては今日もエリザの書類仕事でも手伝おうかと思っていると、内容を改めているエリザが顔を顰めるのが目に入った。


「エリザ、今回はどんな仕事があるんだ?」

「大体が物品の申請書類だけれど、一つ面倒なのがあってね……。食材と生活必需品の市場価格の調査なんだけど特記で一週間以内の価格帯って書いてあるから街に出ないといけないわ」

「あー、なるほど。こういう手に出る訳か」


多分この依頼を出しているのは王子たちの誰かだな。書類上は分からないように配下を矢面にしてエリザへの依頼としては表面上問題なさそうだが、狙いとしては市街地でマスコミをけしかける事だろう。

エリザのマスコミ嫌いはさっき聞いた通りだし、エリザ自身がそこまでこらえ性が無い訳だから暴力をわざと振るわせて、エリザを貶める記事でも書かせるってところかな。

二人に考えた内容を話してみた。


「……アマワタリ、あなた性格悪いわね」

「えぇ……だってそうとしか考えられないだろ?」

「いや、普通に市場価格の依頼かもしれないじゃない」

「それはないだろ。普通に考えれば王宮には既に俺がルードラルトから聖域を引き出した存在って事が広まってるわけだろ?そんな中でエリザに街に出ざるをえないような依頼を出すアホがいるって考えるよりも、誰かが暗躍してるって考えた方が自然だろ」

「であれば、恐らくは第一王子か第一王女でしょうか」

「……そうね、多分その二人のどちらかだわ」

「そういえば他の王子の事はあんまり聞いてなかったけど、その二人がエリザの事を良く思ってないのか?」


もしも王子が積極的にエリザの事を狙っているのであればかなり面倒な事になりかねないが、あくまで隙を見せたからとりあえず程度のものであればとりあえず何とかは出来るだろう。というか出来なければほとんど詰みだからな……。


「第一王子のボルクードは弱肉強食が絶対だと思ってるアホなんだけど、側についてる転生者がどうにも頭が切れるみたいね」

「その転生者の能力が未来予知とか?」

「それがあまり外に出ないみたいで、ちーとどころか容姿も知らないわね」

「セリーヌも聞いたことないのか?」

「そうですね……城内での噂話は聞いたことがありますが、身長が三メートルもある巨人ですとか国一番の美女ですとか一流の魔法使いなどと矛盾した噂話程度でしょうか」


率直な感想としてはなんだそりゃって感じだが。全部信じるとしたら身長が三メートルある美女で一流の魔法使いってなるんだが……まぁまずあり得ないか。例え転生して生まれ変わったんだとしてもそんな条件を付ける意味が分からない。もしも転生していたとしてもどんな条件をつければそうなるのか分からんし、ソースが噂だしそんなものか。


「なるほど……じゃあ警戒するに越したことはないか」

「そうね。けど直接的に面倒を掛けてくるとすれば多分第一王女の方じゃないかしら?」

「それはまたどうして?」

「第一王女は美容が一番なの……」

「どういう意味?」


美容が第一の王女がなんで直接的な嫌がらせに出るんだろうと訝しげな表情をしていると、エリザがすごく答えづらそうにセリーヌを見ており、それに気が付いたセリーヌが苦笑しながら俺に教えてくれた。


「第一王女のローズマリア様は控えめな表現を使ったとしても美が一番でありまして、美への執着心に置いてはそれはそれは凄まじいものが御座います。これまでは他の王女様は親子ほど年の離れた第二王女様のみでしたが、エリザ様という王室内では異色の元平民という立場でしたので最初は特に気にしていられなかったそうです」

「あー、なるほど」

「ご承知の通り、エリザ様は美少女であり年齢もローズマリア様の四つ下と近く、様々な騒ぎを起こして参りましたので新聞各社より写真が広まりそれが運悪くローズマリア様の目に入ってしまった形になります」

「えーと、つまり平民上がりなのに自分より美少女で注目を集めているから嫉妬してるってことですか?」

「言葉を選ばずに言うならその通りね。それまでは新聞の一面にはローズマリアが載ることも多かったけれどほとんど私関連のニュースになっちゃったし」

「えぇ……そんな事で恨まれてるのか」

「彼女にとってはそれが一番だったのかもしれないわね。面倒を掛けられてはいるけれどこれまでは少し仕事が増える程度だったし目を瞑っていたのだけど、もしアマワタリの推測が正しければやっかいね」


仮定ではあるけれど第一王子側の策だとするならば、罠と分かった上でかかれば利用する事も出来なくはなさそうだけれど、怨恨目的の第一王女側だとするならばかかった時点でこっちの負けは確定だもんな。

そうなると、回避出来る手段はそう多くないはずだ。


「じゃあ、その仕事を他の誰かに任せちゃえばいいんじゃないか?」

「それは無理ね」

「どうして?」

「だって、誰もやりたくないから私達の所まで流れ着いた仕事よ?」

「……それは、なんというかこう……酷いな」

「まぁ誰がやってもやらなくてもいい仕事の扱いなんてこんなものかもしれないけどね」


確かに言われてみれば心当たりがある気がしなくもない。自分の仕事は出来得る限り早く終わらせるようにしていたけど、グループ単位の仕事とかほんのちょっとした雑務をしていたのは決まって特定の誰かだったような気がする。

あー、でも会社全体の士気が高い所では別だったかもしれないな。みんながみんな率先して人の役に立つ仕事ばかりしていたし。


「なるほどなぁ……なんかいい方法とか思いつかないかなぁ」

「アマワタリは前の世界ではどんな事をしていたの?」

「めちゃくちゃ簡単に説明するならIT……えーっと、この世界で言う所の魔道具のエンジニアかな」

「エンジニアって確か……」

「専門性がある仕事で、保守運用がメインなんだよ。機械が壊れたとか、なんか上手く出来ないからどうにかしてくれとかさ」

「そうなると……セリーヌみたいなメイドの仕事かしら」

「ううん、あまり違うとも言い切れないけど、その対象が人か機械かってところだろうな」


俺はシステムエンジニアじゃなかったから日々を健康に暮らしていたけど、彼らは例え真夜中だろうと休日だろうと障害が発生すれば呼び出されるからなぁ……ご苦労様です。

そう考えると異世界だろうと地球だろうと働く事に変わりはないし、チートとかないと一部の人間しか適合出来な……くもないか。言葉が通じ無かろうとボディランゲージで国交を結べるぐらいだし。相手の文明の程度具合にもよるんだろうが今の所ここは現代日本とそこまで変わらないような気がする。


エリザと話し合っているうちにセリーヌの朝食が出来上がったようだ。

どうやら今日は山菜をふんだんに使ったスープ……らしい。ちなみに昨日はきのこのスープだった。

衣食住すべてそろっているにもかかわらず、こんな事を思うのは甚だ思い上がりも激しいとは思うのだけれど……それでも、身体が肉を求めているんだぁ。


「どうしたの?そんな顔して……トイレなら早く行けばいいのに」

「いや、違うんだエリザ。そうじゃないんだ」

「じゃあ何なの?」

「いや、えーっと……さっきの話に戻るんだけどさ、今回はやっぱり他の人に任せよう」

「任せるって言ったってどうするのよ。少なくとも私達三人は無理だし、それに城内の使用人達も手伝ってくれないわよ?」

「そうだな、大前提として城内で俺達に手を貸してくれる人間は現状いない。じゃあ、城の外ならどうだ?」

「城の外……言っておくけど私がいた街はここじゃないわよ?」

「違う違う。別にエリザが前に暮らしていた人たちに頼ろうってわけじゃない。もっと最近俺があった人だ」

「アマワタリが最近あった人……ってあんたまさか?!」

「うん、多分そのまさかだと思う」


☆ ★ ☆


当商館のエントランスホールにアマワタリ様が描かれた『ひまわり』を飾る。ようやく以前から頼んでいた害意に反応する魔道具が届いたものだから、これ幸いと絵の裏に仕込み終わった所だ。


「会長、この絵画は誰の作品なんですか?」

「ああ、それはこの前いらっしゃったアマワタリ様が書かれたものだ。……マクィレア君がそんな事を聞くなんて珍しいが、この『ひまわり』に何か感じたのか?」


当商館の受付嬢であるマクィレア君は貴族令嬢という立場でありながら、当方の店で働いている稀有な存在だ。普通の貴族の娘であれば蝶よ花よと育てられ世間知らずのまま大人になり権力争いの為の道具として活用されるのだが、彼女の実家はより実務的だった。

当時はただの番頭だった当方を気にかけて下さり、ある日突然支店を任され、気が付くと自分の商館を持っていた。その時に旦那様からは『マクィレアを貸すからお前の店をクライフェルト1番の店にしろ』と言われたのだったか……。


当商館は貴族の方やその使いの方が来店される為、接客はある程度貴族側の常識を学んでいなければ任せられない。マクィレア君は思った事を直ぐに言ってしまう癖があるから専属コンサルには出来ないが、受付であれば任せられる訳だ。

話が逸れたが、つまるところマクィレア君はこの店で一番芸術や政治面に詳しく審美眼が養われているという訳だ。もちろん平民である当方よりもね。



「本当にこれ、あの人の絵なんでしょうか?」

「それはどういう意味だ?実際に描く所を当方は確認しているのだが」

「うーん、なんていうか絵と作者には関係性があるんですよ。人生に絶望しているのなら作品にも当然その感情が載りますし、充実しているのなら楽しそうな絵になる。でも、この作品からは強烈な後悔のようで絶望に似た感情が映し出されているように見えます」

「なるほど……じゃあ、あの時のアマワタリ様はそのような精神状態だったのか?」

「そこなんですよ。彼はあの時そんな人生を全力で生きているようには見えなかった。それどころか絵を描く人だとも思いませんでしたから……だから、疑問に思ったんですよ。もう一度聞きますね、これはあの人が描いた絵ですか?」


当方は旦那様の御言葉の真意を測り間違えていたらしい。あの言葉はてっきり当方にやる気を出させる為の励ましの言葉かと思っていたのだが……。マクィレア君の審美眼は本質をとらえ過ぎている。つまるところ、あの言葉の意味は彼女の能力を上手く使って店の規模を広げていけと……。

どうやら本当にこの商館をクライフェルトで1番にしないといけないようだ……。


「ああ、本当にアマワタリ様が描かれたものだ」

「ふーん、そうなんですねぇ……会長が何か隠してるのは分かりましたけど、とりあえずは黙っておいてあげますよ」

「何の事だかさっぱり分からないが……それならそれでいいさ」

「あたしの目みて話せてたら百点でしたねぇ」

「うぐっ……分かった分かった、降参するから仕事をしてくれ。そろそろ始業時刻だろう」

「はーい、わかりました」


アマワタリ様と約束したことはいくつかあるが、その中に彼の能力を極力秘密にするというものがある。最近の新聞を見ていると彼は本当に隠す気があるのかと疑問に思うが、それでも当方から漏らす訳にはいかない。商人は信用が一番だからな。


「あ、そうだ会長。これ、ゴードンさんから手紙が届いてましたよ」

「ゴードン様から手紙?あの人は今日も来店される筈では……」

「やっぱりそうですよねぇ。ま、とりあえず手紙渡しましたからね」

「ああ、ありがとう。今日も受付を頼むよ」


当方の商館二階にある書庫兼仕事部屋にて、先ほど受け取った手紙の封を切る。


「ゴードンの字じゃないな。この一週間の市場調査か、いったい誰がそんな依頼を……」


署名欄には『エリザ』とのみ記されており、どのエリザとは明記されていない。だが、ゴードン様の名前を使用できる方は限られている。


「なるほど、そういう事ですか。……これを利用すればなんとかこの国一番の店に出来そうですかねぇ」


目の前に記されているのは作業としては単純なものであり、そこまで手間がかかりはしない。だが、情勢によって利益は無限大に広がるに違いない。


「であれば、彼女に任せるしかありませんね」


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サブカルオタク異世界にて奮闘す @Harii

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