第9話

きらびやかな服装を纏った貴族とほんの少しでも配置を間違えれば印象が変わる調度品の数々。その全てを厭味なく配置した上で従業員の教育も行き届いたレストラン。

自分で冷静に判断すればあり得ないほど場違いな場所だけれど、よくよく考えれば俺って目の前の人からすれば御子と立場的に大差ないんだなとか思いつつ。


今さっきエリザとセリーヌから聞いた情報を反芻する。

元教皇ルードラルト・キジマ・カゾート――クライフェルト王国では貴族のほとんどは転移者の末裔や血族であるためミドルネームとして和名が含まれるものが多い。そしてキジマという転移者はある国では悪名高き詐欺師と罵られ、しかしながらクライフェルト王国では宣託者として有名だ。


キジマが行ったことは宗教観念の破壊と創造だ。新たな宗教を作り上げた訳ではなく、既存の教義を歪めその結果として自身が望む体制を整えた。もちろんキジマの手が加わった末路空中分解した宗教団体や血を血で洗う聖戦とは名ばかりの殺し合いが発生したことも否めない。


それでもキジマはクライフェルト王国では宣託者として認識されている。曰く、彼の行為の全ては神の御心のままであり、全てはその慈悲によるものであると。そしてこの宣言を行った宗教団体こそがキジマが一から手を加えて作り上げ、ルードラルト・キジマ・カゾートが教皇として君臨していた『ヴェスタリアの水晶』だ。


「じゃあ、アマワタリ君がエリザちゃんのところにいるのはある意味偶然だったってことかい?」

「そう、ですね。アマワタリが今ここにいるのは彼の善意なので」

「へぇ……エリザちゃんはこう言ってるけどアマワタリ君はなんでエリザちゃんの陣営に入ったの?」

「なんでと言われても……エリザが本気だったからですかね?」


そしてその元とはいえ教皇にキジマが調整した教義の根底をぶち壊しかねない情報を握られてしまっているのが現状だ。エリザの仮説、転移者は一般人という結論は大筋で間違っていない。ただ俺たちは上位者の娯楽の為に全く違うゲームからキャラをゲストとして呼ぶように移動させられたに過ぎない。

きっと今この瞬間も俺たちの事を見ながら勝手に感情移入したり、見下したり、笑ったりしてるんだろうが。今は考えるべきことは他にある。


「なるほどねー。アマワタリ君はそういう考えを持ってるんだね」


ルードラルトが適当な相槌を打ったところで、ウェイターがコース料理を運び、ソムリエが料理に合うワインを注ぐ。少しばかりの休息時間だ。ルードラルトの相手をせずに対策を練れる。


さて、エリザの仮説の問題点だがもしも情報が正しいかったとしたところで……実際正しいんだがこの情報は劇薬にしかならないというところだろう。

今の今まで転移者は御子として信じられていたのだから今更これを覆すような情報が出てくれば大混乱程度では済まない。国のありようそのものが揺らぐ事態になりかねない。


であればこの情報の利用方法とは?

転移者を自分の手駒にするための一要素か。いやそれでも不足しているだろうな。転移者は俺のような変わり者以外は純然たる戦闘能力を持っているはずだ。そんな人型兵器相手にこの程度の情報では立ち向かう事どころか逆に激昂させるだけに終わるかもしれない。実際どうかは分からないがチート能力を貰ってウハウハな生活を過ごしている奴だっているだろうしな。もしそんな奴にコレを叩きつければそれこそ最悪な形の戦争になるだろうな。


うん、まぁ現状この情報に利益は薄い。それどころか爆弾じみた性質を持っているから知らない方が良かったことかもしれない。

であるならば俺がすることはただ一つ。エリザの正しい仮説を間違っているように誤認させればいい。


「エリザちゃんもアマワタリ君も緊張してない?」

「いや、そりゃこんな高そうな店に来たことないですし、教皇様と食事なんて初めてですし」

「あはは、緊張してるにしては口がまわるなぁ。アマワタリ君のそういうところ面白いよね」


現状俺たちは円卓にて食事を行っており、席についているのはルードラルトとエリザと俺だけだ。ルードラルトはセリーヌも一緒に食事をするように誘っていたが、個室でなく周りの客から目に入る位置の席である為メイドが主人と同じ席に着くのは風聞が悪いとの事で固辞していた。今は俺とエリザの後ろに立っている。つまるところルードラルトの対角線上にセリーヌがいるわけで、今の俺の受け答えが最悪だったからかめっちゃ背中が氷河期みたいに寒いのは気のせいだといいなぁ……。とりあえずエリザがなんとかつないでくれているし今のうちに考えを纏めておこう。


だが、セリーヌから後で怒られることは覚悟の上で確認はできた。恐らくではあるがルードラルトは猫をかぶっている。この言い方だと語弊があるかもしれないが、今のルードラルトは素ではないという事だ。

人間誰しもがペルソナを使い分けている……とかそういうレベルではなく、完全に人受けのいい性格を多分一から分析して新たに自己の精神に生み出したんじゃなかろうか。


であれば対策は複雑にみえてシンプルだ。表層の人格ではなく、ルードラルトの奥にいる主人格をだませればそれで終い。さて、あとはルードラルトからあの話題を振られるタイミングを待つのみだが……。


「ああ、そういえばアマワタリ君。確か今日油絵を描いたとかなんとか聞いたけれど、どんな絵を描いたんだい?」


ここが正念場だ。絶対に成功させてみせる。


「えー、俺が生まれた世界で名画と名高い『ひまわり』ですね。ゴッホという画家によって描かれた絵なんですよ」

「……であれば、その絵は君のオリジナルではないという事かな?」

「そうですね、あの絵のオリジナルはゴッホの描いたものであって俺が描いたものじゃないです」


ここで俺のオリジナルですと嘯き騙す事だって出来る……いや、他の転移者がいるから実質バレる嘘になるのか。例え出来たとしてもしないけれど。

少なくとも俺だったら自分が魂を削ってまで完成させた作品を他人に奪われでもすれば、殺意どころではすまないし。


ルードラルトにゴッホの生涯を軽く話しつつ、どうあがいても能力を使わないければ切り抜けられない結論に至る。いや、最初から使うつもりではいたけれど、見せないで乗り切れるならそっちにしようと思っていただけで。


「ルードラルトさん、もしよろしければ今から一枚書かせてもらってもいいですか?」

「……ああ、勿論だとも。とはいえ食事の場で油絵というのは少々不都合があるのではないかな?」

「流石に油絵は自分でもどうかとは思うのでここはデッサンで良ければ」

「なるほどね……であればお願いしようか。アマワタリ君がどんな絵を描いてくれるのかも気になるし」


恐らくルードラルトの胸中は疑念が渦巻いている事だろう。それは俺から能力をわざわざ見せる利点が分からない事に加えて俺の目論見が読めない事が理由だ。ほとんど同じ理由に聞こえるだろうが少しばかり差異がある。

前者は俺が餌をまいてルードラルトの反応を見るだけの理由だとすれば俺がただのバカとなり、すくなくともそこまでの阿呆と思われてはないはずだから勝手に深読みしてくれるだろう。

後者も効果としては同じく深読みによる思考停止の誘発だが、これは俺自身がこの世界で何か成そうという野心を抱いているかどうかだ。


現状ルードラルトから見た俺はあまりにも不自然だ。呼び出されたはずの異世界で落ち目の王女にあてがわれた哀れな転生者が行う反応とはあまりにもかけ離れている。冷静に考えればエリザを見捨てる選択肢だってもちろんあったかもしれないけれど、それは一般的な日本人としてはかなり厳しい決断だろう。それになによりエリザの心意気に惹かれたから協力を申し出たんだけども。


とにかくそんな事情を全く把握していないルードラルトからすれば俺は異物だ。どんな判断を下して今ここにいるのか分からないからこそ理解しようとして情報不足のまま目の前の餌に食いつく。それが悪手だと分かっていても現状の最善手もまた同じだからだ。


さて、であれば俺が今から行うべき事とは?


「セリーヌ用意していたものを頼む」

「畏まりました」


セリーヌが持ってきたのはF4号のキャンバスだ。ちょっと違うけれど分かりやすく言うのならA4サイズぐらいの大きさ。それに加えて六角の鉛筆を一本貰った。この鉛筆はどうやらこの国で一から作られたものらしい。配給品として出回っているものをエリザから譲り受けた時に聞いたが、エリザ自身は羽ペンの方が好みとの事で普段使いしていないらしい。


「では、描きます」


頭の中に描きたい物をイメージして、ペンを動かそうとするともう既に右腕が描き始めている事に気が付く。何度かこの能力を使って絵を描いているけれど、未だにこの意識との乖離みたいな自動性にはまだ慣れないな。

時間にしておおよそ三十秒程度だろうか。たぶん今まででトップクラスの速さで仕上がった絵を確認する。あの時見た光景が再現できるのかはかなり不安だったけれど問題なさそうだな。

早速絵をルードラルトにセリーヌから彼の従者に渡すという回りくどいことをして見てもらった。


「アマワタリ君……この女性の絵は一体どういう事なんだい?」

「説明から入ってもいいんですが、どこか気になる所とかありませんか?」

「そうだな……机の上に『魂管理局』と書かれたプラカードが気になるかな」


そう、俺が描いたのはあの転生の時にあった魂管理局の局員さんだ。名前を聞きそびれてしまったのは痛恨のミスだったな。というかそんな事よりもまさか本当に描けるとは思ってなかったな。

もしかしたら魂管理局の情報は検閲対象か何かじゃないかと考えていたけど、案外そこは緩いのか?いや、彼らからすれば別に正体がばれた所で争いにもならないか。スイッチ一つで世界ごと終わらせそうだ。

現状は緊急度の高い案件でもないし、とりあえず今の所問題ないだろう。であればルードラルトになんて説明しようかな……その部分あんまり考えてなかった所あるよな。

まぁいいや、ぶっつけ本番で何とかしよう。


「あー、そうですよね。分かりやすく言うなら彼女が天使ってところですかね」

「……アマワタリ君、今なんと?」

「だから、彼女が俺をこの世界に案内した天使様なんですよ」


大筋では間違っていないだろう。俺の死後に魂を輪廻転生させずに別世界に送り込んだりしてるから、天使というよりは派遣会社の営業職って感じだったけれども。

ふと気が付くと、ルードラルトのお付きの兵士が膝をついて祈りを捧げていた。一体何事かと困惑しているとルードラルトが静かに涙を流している事が分かった。

いや、えっと急に何が起きてるのかさっぱりなんだけども。


「……ああ、主よ。己とアマワタリ様を巡り合わせて頂いた恵みに感謝を」


それは洗練されていた動作だった。ルードラルトがいつの間にか光に包まれていて、それでいて眩しくはなく優しい温かさに安らぐようなまるで聖域かと見紛うほどの空間。つい先ほどまでのレストランとは思えない程に安堵している自分に思い至る。横を見ればエリザもかなりリラックスしていて、セリーヌもなんだか雰囲気が柔らかくなっているような……。


ルードラルトから光が消えると先程までと同じ空間に戻った。しかしながらここはレストランであり、当たり前のことだが他の客はいる訳で。


「カゾート卿が聖域を?!」「確か前に国王からの要請があっても断ったと聞いたが」「どれほど金を積まれても神への感謝がなければ行わないと言っていたあの聖域か」「凄く心が救われたような……」「かの御仁の聖域はキジマ様との違いは範囲だけとのことだが」「なんと素晴らしいものか……」


なにがなんだか把握できていないうちに凄い事になったってことは嫌というほどに分かった。なんで王国で国王からの要請を断れるんだよ……。ヘタしたら斬首だろそれ。割と規模感つかめずにいたけれどルードラルトって想像以上に大物だったんだな。


「ええっと……ルードラルトさん?」


俺が説明を求める為にルードラルトに声をかけると、絵を食い入るように見ていたが直ぐに顔をあげてキラキラした目を向けてきた。


「何か御用でしょうか!お申し付けがございましたら私か護衛のプリシピアがお聞きしますので」

「いや、えっとその……なんでそんな下からなんですか?」

「それは勿論アマワタリ様が私に天使様を描いてくださったからに他なりません!……ああ、先程までの私はなんと愚かだったのでしょうか。かの方の姿を描けるのはアマワタリ様お一人だというのになんと失礼な真似を。申し訳御座いませんアマワタリ様。これよりルードラルトは貴方様の従順な下僕となりますので宜しければあと数枚天使様の絵を描いて頂けませんでしょうか」


……狂信者がなかまになった!


いや、どーすんだよこれ。



☆★☆


「いやー、まさかあんな事になるなんてな」


教皇様とレストランで別れた後、やっとの思いで家に帰って来た所でアマワタリがのんきな発言をした。彼は自分が何をしたのか分かっているのだろうか。……絶対に分かってないに違いない。もしほんの少しでもあの事について理解していれば、ちょっとびっくりするだろうし。


「アマワタリ様、教皇様のご依頼を纏めておきました」

「ああ、ありがとうセリーヌ。それにしても大変だったよな、帰ろうとしてもめちゃくちゃ引き留められたし」

「……あのね、アマワタリ。あなた自分が何をしたか分かってるワケ?」

「え?なにをしたってそりゃただ管理局の絵を描いて見せただけだろう?」


訂正、分かっていないどころじゃない。この人は全く知らないんだ。なじんでいたから忘れていたけどアマワタリは転生者だから私達が知っていて当たり前の常識がない。それは当然『ヴェスタリアの水晶』についてもだ。


「ねぇ、セリーヌ。ヴェスタリアの水晶って信者何人いたっけ?」

「正確な数は把握しきれていませんが、クライフェルト王国民のおおよそ六割が信者かと思われます」

「……は?」

「あのね、アマワタリ。あなたは信者がそれだけいる宗教団体の長を自分の手駒にしたのよ?」

「マジっすか……」


珍しくアマワタリがびっくりした顔を見れたのでちょっといい気分だ。この無自覚に事を余計ややこしくする才能はどうすればいいのやら……。


「じゃあ、とりあえずエリザも安全になるのか?」

「……えっ?」

「そうですね、アマワタリ様がエリザ様の陣営にいる限りは後ろ盾として『ヴェスタリアの水晶』が助力してくれるでしょう」

「そかそか、なら問題はないだろ」


アマワタリは基本的にはあまり出来た人間じゃないかもしれないけど、そういう優しさがあることは知っていたつもりだった。けど、あまりにも自然に最初に私の事を心配してくれたのはちょっとだけ嬉しかったり。普通宗教団体を顎で使えるってなったら、悪い事を想像しそうなものなのに。


「じゃ、今日の所はお疲れ。俺はもう寝るよ」

「明日は何時頃に起床されますか?」

「んー、今もう十時だし……八時ぐらいに頼むよ」

「畏まりました」

「おやすみー」


アマワタリが階段を上って二階に消えていくのを見てから、溜め息を一つ。


「ねぇ、セリーヌ。私ってアマワタリの為になってるかしら」

「……エリザ様の様な可愛らしい方が隣にいるだけで殿方は舞い上がるとのことですが」

「誰よそんな事私のセリーヌに教えたバカは!?」

「ふふ、冗談ですよ」

「はぁ、セリーヌもアマワタリの影響受けてきたんじゃない?冗談の質が彼っぽいわよ」

「そう、でしょうか?」

「って、そうじゃないわ。危うく流しそうになったけど、私がアマワタリの役に立ってるのかどうかを確認したかったのよ」

「ハッキリ言わせてもらいますと、現状はアマワタリ様におんぶにだっこでしょう」

「うぐっ……想像以上に鋭い一撃をもらったわね」


実際の所セリーヌの言う通りだ。私は何もしていないけれど、アマワタリは気が付けば商館とも懇意になっていて、更にはあの教皇様を味方につけている。

であれば、私は彼になにか返してあげられているだろうか。ただ一緒にいてありがとうとお礼を言うだけの奴には私は死んでもなりたくない。すくなくともアマワタリとは仲間なんだから対等の関係でいたいのだ。


「ですが、今はそれでいいのではないでしょうか」

「……どういうことよ、それ」

「エリザ様は必要以上に頑張ろうとしておられます。そしてご自身ではお気づきになられていないでしょうが、その努力は既に結実しているのですよ」

「良く分からないけれど……」

「エリザ様は、アマワタリ様と私のことを仲間だと仰って下さいましたね。であれば仲間というものは助け合いお互いの不足した部分を埋め合うものではないでしょうか」


セリーヌの言いたいことはきっと、綺麗事のように思えるけれどそれが何より正しい事だって事も分かる。

私はアマワタリのようにはなれない。だからこそ、私は私のやり方で突き進むしかないわけで。


「……ありがとう、セリーヌ」

「どういたしまして。では、私達も寝ましょうか。寝不足はお肌に悪いですからね」


セリーヌが何だかお母さんの後ろ姿と重なって見えたのは内緒にしておこう。

また明日もよろしくね、セリーヌ。

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