第1章 ゴールのわからない人生
第1話
「なあんも無えな、出会いも話題も!!」
「いつものことだろ」
生中を片手に愚痴を吐き出す旧友を嗜めるように、
彼には出会いも未来も無い。家賃4万ほどのボロアパートからスーパーへ行き、従業員割で仕入れたカップ麺や惣菜パンを戦果に帰り、腹を満たして死んだように眠る。
楽しみといったら休日のユーチューブサーフィンと、月1くらいで行なわれる中学の同級生2人との飲みくらいだ。
「25にもなって、居酒屋行けなくて日高屋かサイゼだもんね」
「今日も日高屋だしな」
そう400円もしない中華そばを肴に日頃の鬱憤を晴らそうとしていた。
とはいえ家と職場の行き来しかイベントがないため話題もあったものではない。1人を除いて髪型は1000円カットなおかげで女っ気のある話もできない。
沈黙が訪れるまで10分もかからなかった。
「あ、皐月賞のポスターじゃん」
「俺競馬やらないぞ」
「サートゥルナーリア、って今年のじゃないよね」
「いや何年前から貼り替えてないんだよ。こういうのは去年の勝ち馬が映ってるから……待って予想するわ」
そう頭を巡らせている
毎年AKBの総選挙で誰が勝つか全力で考えていたせいか、中間や期末にもヤマカンで挑み続け呆れられたほどだ。
「コントレイル?」
「おい言うなって!」
「そもそも予想じゃないじゃん」
そんな菅平の予想に、
彼は空気が読めなかった。そのくせ頑なにタラちゃんのような髪を変えようとしないため、交友関係は常に変わらず2人だけらしい。
「うぉ、合ってる。いま2023年だから、3年前の勝ち馬はコントレイルだってさ」
「よっし」
「絶対当てずっぽうだろ、三冠馬だから出しただけだね」
「僕の気持ちまで勝手に予想しないでくれる?」
「いつものことだろ。しっかし、3年かぁ」
何十回目の飲み会を回顧し、改めて落合は思う。
「俺たち、何も無かったな」
「居酒屋は高いからここだもんな」
「そもそも酒飲めないでしょ。値上げ値上げ、増税増税」
「生活費で殆ど溶けてくよな。働けど働けど楽になれずっと」
「オッチーそんなキャラじゃないだろ」
「中学ん頃習ったろ。担任の山田センセも、働いても楽にならないって嘆いて大爆笑だったし」
「よくそんなこと覚えてるね」
「何やかんや楽しかったしな。中学」
当時は乗り気では無かったとはいえ、彼にとって中学の頃が一番マシだった。
そういった思い出を引き出しているうちに美しく磨かれ、とうとう中学の頃に戻りたいとすら思うようになっていたのだ。
「あの頃の夢、何だっけな」
「何者にもなれるって山田言ってたけど……オレら何やってんだろ」
「フリーター、アフィカス、そして僕が期間工」
「おい田村、酔いが足りないんじゃないの」
「下戸の落合にだけは言われたくないね」
互いに金も力もないため、いがみ合うことしかできない。
そんな2人へ割って入るように、菅平がスマホの画面を見せて口を開く。
「てかお前ら知ってんのか? 山田、最近殺されたって」
「えっマジで」
「いや知らないけど。何それ」
「ニュースになってたろ。40代男性、
「またまた。雅之酔いすぎじゃないの」
「……マジだ。ネットニュースに載ってる」
「夢でしょ……」
天を仰ぐ田村を横目に、スマホに映った信じがたい現実を前に落合も頭を抱えた。
担任の山田との思い出はとても色濃い。フリーターになって、諦めずに向き合ってくれる人のありがたみが身に沁みていたからだ。
「そんで犯人なんだけどさ。
「あぁー……アレか」
「あのガイジね」
「濁せよアホ。それでアレがどうしたって」
「殺したの、アイツって言われてる」
「ッ……!?」
ソースは何処だよ、とまでは言えなかった。
「いやアレが……やりかねないか」
「やる事マジ意味不だったからね。体育祭も合唱コンも無茶苦茶にしてさ、それにバンチョーにも」
「教科書そのままゴミ箱に入れた事件な」
鈴木は生まれつき頭のハンデを負っていながらも、親の方針で普通の学校に通わせられていた。
その結果、彼はB組の人柱となった。握力10キロ代だった落合が弱い者いじめを受けずマシな生活を送れたのも、もっとヤバい奴が居たからに過ぎない。
「オレらというか、クラスの敵だったろ。そんでまだ逮捕されてないって」
「おい怖いこと言うなよ」
「だからよ、予想なんだけどさ」
「復讐?」
「また先に言ったな!!」
創作物でしか聞かない言葉にも現実味があり、一気に顔が青くなってゆく。
それだけ鈴木が何をするか分からないし、何を考えているのか分からない人間だったから。
「……酔いも覚めたし、今日はもう解散にしね?」
「あ、ああ。悪かったな、変な空気にして」
「僕もよくやるし、別に良いよ。その代わり雅之が僕らのラーメン奢りね」
「だな。それで許してやる」
「げえ、今月キツいってのに」
口を尖らせながら何度も懇願していたが、結局菅平は2人よりも多めに金を払うこととなってしまった。
「あい! 気をつけて帰れよクソが!」
「クソは余計だよ」
「また明日からも乗り切ろう」
こうして今月の夜会は解散となり、落合はすぐ近くの駅へと足を向けた。
3人はそれぞれの現実へと戻り、来月まで辛く安い仕事に耐えながら、こうして惰性でジジイになるまで過ごす。
そう信じて眠りについた次の朝のことだ。
「……ん、スガからLINE?」
落合が目覚め一番にやることは、ツイッターの確認だ。
しかし通知欄に届いていたメッセージが、彼の日課を崩して非日常へと誘った。
『則夫が死んだ』
「はっ?」
あまりにも突拍子もなく、冷徹で現実味のない一言。
中学からの腐れ縁が途切れた衝撃で、落合は何も考えられなくなっていた。
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