何者にもなれなかった大人たちへ

遊多

プロローグ 何者でもない子供たちの旅立ち

プロローグ

 桜が紅色の蕾をつけ、開花を迎えんとする季節。

 今年も舟木中から、子供たちが巣立たんと色めきあっていた。


「B組の皆とも、今日でお別れかぁ」


「そんな、サヨナラなんて嫌だよ!」


「なに言ってんだよ、同窓会は死んでも参加! だろ?」


 胸に華を付けた少年少女たちが、永遠の友情を誓い合っている隅で。


(寄せ書き、書いてくれたの2人だったな)


 落合おちあい良二りょうじは独り、渡されたノートを捲り溜息を吐いていた。


「はいみんな座れー」


 担任が手を叩き、教室を鎮める。

 もう座ってるよ、と心の中で愚痴る落合。


「みんな、卒業おめでとう。高校に行く人も、そのまま卒業する人も居るだろう」


 現代文の山田やまだつとむは非常に熱い男だった。

 三十路で結婚の気配もないためか、クラスの生徒を第一に考えることができたのだ。


「この舟木中B組から巣立つみんなに聞きたい。夢はあるか?」


「プロサッカー選手!」


「パティシエになりたい!」


「世界最強の男になってやる!」


「ははっ、夢があるのは本当に良いことだ! その指標が未来へ進むための原動力となるのだから!」


「山田は何で教師になろうって思ったの?」


「何度も後で後でって言われたよねー」


「最後くらい先生って言ってくれよ。それはな、金八先生を観て、超感動したからだ!」


「うわ、何それー!」


「ミーハーかよ!」


 涙で濡れた空気が一気に渇き、ドッと笑いが溢れ出す。

 この中で声をあげていないのは、早く帰りたい落合と、何を考えているか誰にも分からない鈴木すずき太郎たろうくらいだった。


「でも、こうして先生はみんなを送り出せた。それが誇りだ」


 改めて担任は咳払いをし、教壇に両手を置き。


「君たちは何にでもなれる。何だってできる。先生だって出来たんだ、絶対に出来るさ」


 シワのできはじめた目に涙を浮かべ。


「だから失敗を恐れず何にでも挑戦し、何だって受け入れるんだ。その経験がきっと、君たちを何者にもしてくれるだろうから」


 卒業生たちに心からの言葉を贈り、涙と共に旅立ちを見送った。


 それから10年後。

 山田勉は、卒業生によって殺された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る