十四話目

 薄暗い中で、ただ僕の泣く声だけが辺りに広がる。ゆっくりと、涙が枯れるまで、ただそこにいた。


「泣き止んだ?」


 沈黙が今度は僕を冷静にさせる。ゆっくりと息を吸い込んで、ゆっくりとそれを吐き出す。


「はい、だいぶ冷静になれました。ありがとうございます、忌部さん」


 はっきりと焦点のあった目が、忌部さんをしっかりと見る。忌部さんはただ僕に寄り添って、ただ僕が落ち着くまで待ってくれた。


「自分がまだ、何かできるなら。それをやりたい..................です。だから、僕をここに置いてくれませんか?自分には帰る場所もないですし、頼れる人も、僕には思い出せない」


 忌部さんはウンウンと、僕の頼みを快く受け入れ頷いた。


「いいよ。もともと、君をここに連れてきて手当したのは私だし。君がここに居たいと望むうちは、ずっと居ていい」


 予想外という訳では決してなかったかもしれないけど、その一言が、何もない僕にはただ嬉しかった。


「でも、ここにいる以上は君にもここの仕事をしてもらうよ!覚悟は大丈夫?!」


「大丈夫です!」


 なんだか、ちょっと。言った自分が照れくさい。


「じゃあ、早速だけど。君に最初の仕事を授けます!さっきの狐と、一応カエルを追って欲しい。あの二体は野放しにしておくと、きっと厄介なことになる。だから一刻も早く捕まえるとまではいかなくても、居場所を突き止めないと。それを君に頼んでもいい?」


「な、なるほど................。さっきのやつらは勝手に店に入ってきた害獣じゃなかったんですね。でも、どうやって探せというんですか?僕には見当もつきません.............」


「それに関しては大丈夫。ここ周辺の神社を虱潰しに回ってくれたらいい。きっとここ周辺のどこかの神社にいるはずだから」


「でも僕には何処に神社があるかなんて分かりませんよ。それにやつらを追っても僕には到底捕まえられるとは思えません」


「それに関しては安心して、喜多も君についていくから。君をひとりでは行かせないよ。ねぇ喜多!聞いてるでしょ?!」


 僕の背中側、階段のほう目掛けて、屋内に響き渡るように忌部さんは言う。忌部さんの声のゆくえを確認しようと、後ろを振り返ると。


「ったく。なんでやねん」


「うぉ!!」


 そこには前からいたのか、もしくはたった今音もなく自分の後ろに姿を現したのか。不機嫌そうに忌部さんを睨む喜多さんがいた。


「別にそんなもの、柳瀬ひとりで大丈夫やろ。ただこの町の神社を何個か回るだけなんやから」


「でも、君が一緒じゃないと、私が君たちの居場所が分からない」


「それは、まあそうだけど。じゃあ、スマホとかないの?ほら柳瀬、スマホは?」


 ポケットの中を探っても、それらしいものは何も出てこない。というか、僕は何も持ってない。


「何にも、ないですね..................」


 二人がなんとも言えない表情をしてくるから、なんだかとても気まずい。


「まあ、ならしょうがないか。柳瀬や俺だけじゃあ何もできないし。俺らが見つけたらすぐ来いよ」


 喜多さんのしぶしぶというような了解に、忌部さんが嬉しそうに答える。


「分かってるって、でもありがとう」


 喜多さんは、黙ってそれに頷く。


「じゃあ柳瀬、一緒に行こか。まあ安心しな、俺もいるし!」


 先ほどまでとは少し変わって、喜多さんの声色が上機嫌に戻っていた。


「はい!行きましょう」


「でも、その恰好やと少し寒そうやね。しかもその恰好やとそのやけど跡がもろに見えてる。なにか防寒具が必要やね。なにか探そか、こっちや」


 そういって店内と階段を早歩きでぬける喜多さんにただついていく。廊下をさらに進んだ先には、倉庫として使ってるであろう色々な家具や雑貨やタンスの置かれた部屋があった。喜多さんはその部屋の一番ちかいタンスを開けると、中にあるものを一番上から物色する。


「え~とな。なんかここら辺にいいのあったはずやねんけど。なんかないかな...........。ああ、あったこれや!」


 喜多さんがばっと広げて見せたそれは、羽織か半纏のような厚手の着物のようなものだった。


「まあ、若い子が着るようなものじゃないけど、これで良いやろ。黒やし、ぱっと見なにか分からんから」


「いいんですけど、もっと何かダウンとかないんですかね?」


「まあここ骨董屋やからな。そんな新しいものなんて無いねんよな~。それとも俺のお揃いのこの浄葉堂の羽織着る?」


 ばっとこちらに背中を向け、羽織の紋所の様なものを見せつけてくる。


「それもいいですけど、折角あるんでやっぱりこれ着ます」


「えぇ~。いつでもこの羽織着たくなったら言ってや~。無駄にあるから」


 荒らしたタンスの中を整理すると、喜多さんは僕にその厚手の着物を着せてくれた。


「まあ、サイズがちょっとでかいかもやけど、袖で手も隠れるし、ええ感じやん!」


 たしかに、僕には少し大きいような気がしたが、良く身体に馴染んでなにより暖かい。


「じゃあ、早速行こうか!」


「はい!がんばります!」


 その部屋を出てすぐの所にある玄関で揃えて置いてあった僕のスニーカーを履く。僕は喜多さんに背中を押され、浄葉堂を出た。











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なき友のための 鮎川伸元 @ayukawanobutika

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