十三話目

 不思議な人。それが僕が思った今目の前で言葉を紡ぐ忌部さんの第一印象だった。服装からしても、外見から推測する年齢も、とても骨董屋の店長には思えない。


「はっきり言うのもどうかと思うんだけど。君にも知る権利があると思うし、知らなくても良いことなんてないからね..................。君の呪いは決して解けない。少なくとも私たちのような者の力では..................。それほど強力な呪いなんだ。今はそのやけど跡で済んでるけど..................いや、その言い方もおかしいか。でも酷いことを言うようだけど、決してその呪いは君が死ぬまで離れない......。と思う」


「そ、そうなんですね..................」


 とても恐ろしいことを言われているはずなのに、今はやけど以外なんともないだけで、これほどまでに何も思わないのはやはり可笑しいのだろうか。この両手に広がる柘榴色のやけど跡を眺めても、両手を強く握ってみても、痛くもなんともない。このやけどはいつ負ったものだっけ?昨日?数年前?それとも生まれつき?自分の記憶どころか、今の自分の身体のことも、心も.........。


「昨日のこと。いや、これまでのことをほとんど、いや全くといっていいほど覚えていないんです。自分の名前が柳瀬ってことくらいしか..................」


 自分の言う言葉が一つ一つひっかかる。今自分で行ったことは本当に真実か?それともこれも呪い?


「喜多さんは自分が何も思い出せないのも、呪いだと言ってました..................。それも本当ですか」


「うん。それもだいたいは合ってる..................」


「そう、ですか..................」


 僕は忌部さんの返事に何を期待していたんだろう。忌部さんはただの骨董屋で、超能力者でも、神様でもない、ただの人だ。でも、心にじんわりと失望染め上がった。


「でもね..................」


 乾いたつぶやきが、真っ暗の沈黙を少し薄める。


「まだ全部が終わったわけじゃないの。君の呪いがどうこうできるのかは、私には分からない。でも、呪いには力がある。まるで陰陽のような............君の呪いには」


 僕はその言葉をただ聞き、ゆっくりと自分の中に消化しようとする。


「君はいつかその力に呑まれて殺されるかもしれない..................。殺されるよりももっと悲惨な運命が待っているかもしれない..................。でもまだ君は生きてる。命が奪われるその時まで、君は生きるべきだと、私は思う。君の縁が君を生かしたんだから、君にはまだやるべきことがあるはず」


「そんな、急に..................よく分からないですよ..................。僕は..................」


 こんなの分からない。記憶も何にも無いまま、急に呪われてるって言われて、何もかもその呪いってやつに奪われて、最後は悲惨な運命が待ってる?それでも..........。


「縁が僕を生かしたってどういうことですか?」


 声が震える。後ろめたい、いや、哀しいなにかが僕の声を痺れさせた。


「君を助けてくれた人がいる。死の間際にね..................信じれなくても」


 記憶はない。もしかすると忌部さんの作り話かもしれない。でも..................。


「なんで、泣いてるんだろう?」


 分からない。なんで僕は泣いてるんだ?その人の名前や顔すら浮かばないのに。止まらなくなった涙は、何故か止まらない。自分ってこんなに涙出やすかったかな?

 

「泣くだけ泣いたらいいよ。泣くことは決して悪いことじゃない。泣くと魂が浄くなるんだから」


 何か返事をしないといけないと、心の中ではそう思っているのに、まだ声がわなわなと震える。でも、これだけは言わないと、そう決めたのだから。


「信じますよ。たとえ確証はなくても。だから、僕、死ぬまでちゃんと生きます。

いや、その人を思い出すまで、この涙にちゃんと意味があるって分かるまで、絶対に死ねない」


 柘榴色のやけど跡をまた、今度は決心したように、強く握りしめた。









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