十二話目

 ミシッ、ミシッ、床がきしんで否応なしに自分の場所を晒してくる。さっきからもぞもぞと動くソイツは、ずっと何かに夢中になっているようで、こちらには気づいていないようだった。肺に力を込めるように息を止めて、ゆっくりと少しずつ距離を詰める。


(あと4メートル、3メートル、2..................)


 もう少しで、手に握っているはたきの射程圏内に入る。遠くからでは分からなかったソイツの姿がゆっくりとあらわになる。


(狐だ...............)


 こちらに見せる奇麗な栗色の背中には、植物の斑入りのように白色の毛が混じっていた。


(さっきからコイツは何をしているんだろう?)


 覆いかぶさるように目をやると、そこには四肢をもがれ、牙でなぶられる蛙がいた。


(え~~!?なかなかにグロテスク..................。というかこんな部屋の中で何やってるのこの狐は?)


 しばらくこの狐が蛙を虐め続けるのを黙って見ることしかできなかった。


(ウサギとかならまだ何とか出来ていたかもしれないけど、狐はさすがに.............)


 緊張して強く握っていたからか、手汗ではたきが手のひらを滑る。


(というか、これってはたきで何とか出来る問題じゃないよ......。なにか捕まえるためのカゴみたいなものがあればな......)


「せいやぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁっぁ!!!!!」


(!!??)


 突然横の陰から誰かがバサッと飛び出してきた。その人はその勢いのまま狐目がけて大の字にダイブをかます。


(えぇえっっっっっ!!!!何この人怖い!)


 狐はくるっとそれを飛びながらかわすと、着地と同時に蛙を咥え、器用に棚をのぼって高窓から出て行ってしまった。


「あゎぁぁぁぁゎゎ............」 


 うつ伏せのまま、はっきり言って情けない声を漏らしながらその人は狐が出ていくのをただ眺める。


「えっと大丈夫ですか?頭からダイブしましたけど。頭ぶつけたりしてませんか?」


「えぇ?あぁうん大丈夫」


「狐出て行って良かったですね。でもこんな骨董店に動物が入ってくるなんて、なかなかに珍しいですよね」


 うつ伏せの状態から起き上がり、胡坐を組んだまま俯くその人は黙り込む。


「やっちゃったか..................めんどうなことになっちゃった..................」


 ぼそっとひとり言のようにつぶやいたその声には明らかに元気がなくなっていた。


「なにか、ダメなことでもあったんですか?」


 ムクっと顔を上げるその人は長い黒髪で、前髪で少し隠れる整った顔。そういう事に詳しくない僕でも分かるくらいの美人だった。


「えっと多分ですけど、あなたがここの店長なんですよね?」


「そうだよ。ここは私の店」


「そうだったんですね」


「君、傷はもう大丈夫かな?かなりのやけどだったと思うけど..................」


「ええ、もうほんとなんでもないってくらい平気です」


「.........。それはよかったね。.........ほんと君が無事でよかった」


「あはは、ほんとそうですね」


 言葉の裏にある何かに、僕はなんとなく触れることを避けた。


「そういえば、まだ名前を聞いていなかったね。私はこの骨董店、浄葉堂の店主の忌部です。よろしくね!君の名前を聞いてもいいかな?」


「えっと柳瀬です。よろしくお願いします」


 堅苦しく、でも少し軽快に終わった自己紹介は、二人の中にある緊張を少し和ませる。


「よかったよ、君が元気になってくれて。このまま起きなかったらどうしようかと、少し不安だったんだよね」


「あの、さっき喜多さんが言ってたんですけど、僕が呪われてるって。あんまり喜多さんは詳しく話してくれなかったんですけど、どういうことですか?」


 忌部さんも喜多さんと同じように、気まずそうに言葉を探して黙り込む。


「あんまり気に病まないで欲しい.................」


 そう言って忌部さんはため息を吐くように話し始める。






 










 






 




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