デカくなったガイライシュ
釣ール
食えない非日常
職場である工場への引っ越しが終わり、もう電車や車を使わなくてすむとほっと一安心する
それでも転職は考えていて、都心か利便性の高い地方都市近くでしがらみを避ける暮らしを目指す。
二十代になって間もないが、周囲の人間が持ち掲げる若手信仰なんてどうせ
「死ぬまで面倒みてね。」
と年寄りどもが自分のケツを拭かない言い訳に聞こえてしかたがなく、高校卒業と同時に泣く泣く進学を諦めて物欲に縛られない今までとは違う生き方を自分で考えていくしかなかった。
それにこの職場近くへ転職を保留にしてまで引っ越したのには理由がある。
十代までずっと喧嘩し続けるだけの関係だった友がここに家庭を持って暮らしていて、友の助けもあってここにいる。
だからといって友の家からはそれなりに離れていて、気軽には合わなくてよいし互いに干渉も付き合いもほぼなくていい。
事前に遠くない未来でここを離れることも話してある。
ただ待遇の割にここで暮らさせる理由が分からなかった。
あいつのことだ。
どうせろくなことなんて考えちゃいねえ。
阿曽木はSNS社会や遅れた風潮のせめぎ合いでディストピアと化している現代世界で昔のように喧嘩が出来ないことには納得していたが、それをその場しのぎの労働に使うのも未だ引き摺られている学歴社会の残滓だと考えると人間の頭の悪さに絶句する。
もう秋か。
通り過ぎる同年代のキャンパスライフやスーツ姿を見たくない上に年寄りも嫌いなので田舎と都会の中間を行ったり来たりして働いて。
したい旅行も資金の関係で中々出来ず、かといってはたちのつどいで家族ができたことを報告する友人達とも身体的な理由で諦めざるをえない阿曽木にとってはため息の理由でしかなく、それを理解している
彼の子供の前では言わないように気を遣っているつもりだ。
SNSも知られて欲しくない性癖をバラされかけて怖くなってやめている。
これだけ思い知っても明日はやってくるし、似たような苦痛と些細な幸せを繰り返して生きるだけ。
今日は夜まで仕事だった。
そこそこの街なので居酒屋でも巡ろうとしていたが、さっきから後ろに人間とは思えない気配と臭いがあとをついてきている。
しかも上手く他の人間にバレないように工夫しているのか、阿曽木だけしか気がついていない。
この小規模で獲物を狙う感覚はゲームのようにも思えるし、本能による行動とも言える。
何故なら昔、自分もこんな喧嘩を売られたことがある。
波堤桜と自転車を漕いでいた時に他校のヤバイタイプに目をつけられ、追い込み漁のように偵察されていた。
その時はドローンまで使われる徹底ぶりで、阿曽木がジャンプで壊してしまい多人数戦に持ち込まれた。
二人もいるならその時は充分なくらい戦えた。
そのせいでやつらが阿曽木のSNSを特定し、危うく性癖が拡散されかけたのを阿曽木一人で止めた。
今回はたった一人。
いや、人間なのか?
この臭いは人間というより水の中で生きている生物でもあり、森の中で暮らしながら人里に降りてくる生物にも思える。
温暖化で秋に暴れる生物が人類との共存が不可能なことをわざわざ身をもって教えてくれる。
しかしこいつはなんなんだ?
人間社会に溶け込んでいる?
そもそも人間だとしたら失礼だがそれにしては気配を隠しすぎだ。
この近くに廃工場があったのを思い出した阿曽木はそこまで追跡者を誘き寄せる。
普通ならこんな状況は怖いはずだ。
だが阿曽木は久しぶりの未知との遭遇にワクワクもしていた。
つくづく人間社会とは折り合いがつけられそうにない。
追跡者はそれでも距離を縮め、阿曽木を倒そうと舌なめずりをする。
この音、昔聞いた。
爬虫類好きの友人が嬉しそうに餌をやっていた。
ウシガエルを捕まえて生かさず運搬した苦労を聞きたくもないのに聞かされ、それを見せられた過去を思い出す。
じゃあ、この追跡者は人間じゃない?
廃工場の奥までやってくると追跡者は阿曽木へ攻撃を仕掛ける。
後ろからでもなんとなくわかる。
腹を狙えばなんとか!
振り向きざまに右拳で追跡者の腹を殴ると布が破けて姿が現れる。
マジか。
日本には本来生息しないであろうオオトカゲ。
もしくは昔騒がれた「ツチノコ」の正体なんじゃないかと思うほど青い舌をシュルシュルと出し、骨格の良い鱗で覆われた二足歩行のトカゲが油断せずにこちらの様子を伺っている。
見たところ人間を襲い慣れていない。
なんらかの嗅覚で阿曽木を狙っていたのかもしれない。
ここまでインターネットが浸透した現代で溶け込んでいるんだ。
簡単に人間に手出しするわけがないか。
だが相手は未知の獣。
しかも人間に近い進化を遂げている。
こいつを上手く捕獲できればしばらくは働かなくてもこの街で英雄扱い…されるかもしれない。
令和を生きる夢のない二十代だ。
これくらいの願望は持っても罪にはなるまい。
流石未知のトカゲ。
確実に腹を殴ったのにさすりもしない。
工場勤めだけでなく、あれから多少趣味で鍛え続けていたのに。
するとトカゲの尻尾が阿曽木の顔を払う。
本能なのかわからないが、不意打ちに失敗したからリーチが長い武器で対処する。
喰われる!
大昔のフィクションじゃ、獲物は太った方が狙われることになっていたがこいつの場合は人口の食えない工場の油にまみれていても健康そうな見た目の若い人間がお好みらしい。
人喰いも初めてなのか?
廃工場に誘き寄せたことが密かにこいつの狩猟プランを成功に導きさせやすくしちまった。
いくら退廃した暮らしをしていてもこんな化け物に喰われてたまるか!
しかも人間でもなければトカゲでもない。
それでも保護対象なのだろうか?
くそっ!
このまま喰われることを許す人間ほど殴りたい奴はいない。
動物や植物、嫌いじゃないからな。
阿曽木は尻尾の連撃を避けながら廃工場にある武器になりそうな道具で戦うことを決めた。
狙うなら急所しかない。
ガラスの破片を管理者に掃除されていないことを祈りながら探しつつ、化け物の攻撃を凌ぐ。
流石に飛びかかってはこない。
それでも逃げないのは正体をバラさず、阿曽木を捕食し、証拠隠滅をはかる為。
せめて目潰しでもできれば…張り詰める中、疲労は溜まり化け物の尻尾が阿曽木の首に巻きついた。
「ぐっ…。」
捕まった。
このままへし折られるかもしれない。
阿曽木は巻きついた尻尾へ全ての力を使い噛み付き、思ったよりも柔らかいことに安堵しまた化け物の腹を殴る。
そして化け物も見よう見まねで阿曽木の攻撃を真似し、阿曽木の腹を殴った。
「うっ…うあっ。」
爪で引っ掻かれないなら感染症にならないと思ったのもつかの間。
かなり奥へ入り、内臓にダメージが入る。
鍛えていたからなんとか耐えられたがこんなに強いとは。
「くっ、くそおお!」
舐められてたまるか!
ドラム缶を持ち上げて投げ、化け物の尻尾に警戒していてもはたかれ、懐に忍びこんでやっと顔を攻撃するも次はあり得ない角度で蹴られ、肩を掴まれて廃工場の壁にぶつけられる。
「がはっ!」
ヒーローが現実に現れない理由がわかった。
こいつはたまたま化け物だから敵わない理由になる。
しかし、人間が浸透させた現実はじわじわと人間を脅かす。
阿曽木は抵抗よりも
「こいつを本気で攻撃したら捕まるのだろうか?」
「保護団体に見つかったら生活はどうなる?」
「今日が寿命ならそれもいい。」
保身ばかりが浮かぶ。
まだ二十代と言われるが法律ではもう二十代と言われる。
この化け物も今日まで人間社会に溶け込んでいるのだ。
弁が立つ奴だったら?
殺されるのは確実に自分だと阿曽木は言われるだろう。
稼げない仕事でこき使われ、規制で何も楽しめない未来が約束されているのをいいことに充実した人間どもから馬鹿にされる人生でしたと死んでから無の世界で言うことになるのか?
今も肉体や精神のダメージより、後のことばかり考える。
そんな時にある過去を思い出した。
ー過去。
二◯一九年。
「ぐあっ!」
一人で三人は手間がかかる。
偵察係から先に殴るのにも苦労する。
あとはこいつから例の写真を完全に削除させるだけだ。
「おいクソ野郎。
はやく端末だせ!」
高校入りたてだからと馬鹿にするのはどの世代も一緒か。
相手が馬鹿で助かった。
そして馬鹿って怖い。
念入りに急所を攻撃することを合図し、さっきぶつけた痛みを覚えさせてデータを消させる。
よかった。
救いのあるタイプの馬鹿で。
「片付けたぞ。」
波堤桜が二人の男子生徒を抱えて地面に置く。
味方でよかった。
「そこまでしてくれとは頼んでない。」
「拡散する偵察係を真っ先に見つけ、倒してくれた。
何故そこまでの思考に辿ったのか気になるが、感謝してるつもりだ。」
見つかったら困るデータは波堤桜にもあったのか。
そこまでは考えてなかった。
「そういう嗅覚は、勉学や運動には使わないのか?」
「こんな暗いご時世を生かされていくんだ。
大学進学や労働、或いは好きなことをして生きていく?だっけ?
あんな楽しみもない世界を強制的に楽しんで搾取される人生へひと昔前のようにクズで声だけでかい年寄りの言う通りなんざなるつもりはない。
だが倫理は守らないと未来はない。
お前と出逢えて、喧嘩にも勝った。
そして高校入りたてで弱みを握られるところだった未来を阻止した。
きっと今までが贅沢すぎた。
これが本来の現実なら、負けてたまるか。」
声を出さず笑みを浮かべる波堤桜はどこからともなく飲料水を渡してくれた。
「勝てば…悲しい過去も思い出になる。
そういうことか。」
いつもクラスでは他の友と戯れられるタイプの波堤桜が、最初のクラスで親しくしてくれた。
別に自分も暗いだけでいつもこんなバトルはしていないのだが何かと煩い時代で適応させられて、なんとか乗り越えざるをえない毎日を彼も過ごしてきた気がした。
そこからせめて卒業するまで付き合うと約束したんだった。
それが話しは大きくなり、お互いどちらが先に死ぬか確かめるためこの世界の最期を見届けるつもりだった。
ー襲われる現代へ。
そうだった。
こんな、こんな非日常如きで…
「死んでたまるかぁぁぁぁぁ!」
喧嘩の時に後先考えないわけじゃない。
でなきゃサスペンスやミステリーなんてジャンルは産まれてない。
別に誰が恐ろしいかをはっきりさせればいいだけだ。
結論はシンプルにする。
おおおおりゃああああ!
化け物の顔を殴り、急所らしき場所を蹴りあげる。
この程度で死ぬわけない。
逆に言えば抵抗する時間はある。
何故こいつが自分を狙ったのからわからない。
だが反撃する。
弱さを利用するしかない!
流石にダメージはあったのか化け物は爪で阿曽木の胸を引っ掻く。
シャツが破れ胸に擦り傷ができた。
迂闊に近寄れないがこれ以上、攻撃をする必要はなかった。
もう充分だ。
そして尻尾の攻撃を避けて掴み、フルスイングで今度は化け物を廃工場の壁へぶつけた。
「つまらない時代でも…はぁ…はぁ…まだ、まだ勝ってないんだ…死ぬわけには…はぁ…いかない。」
すると廃工場にひとりの拍手が響いた。
化け物は頑丈な檻へ放り投げられ、大人しくなる。
こいつは、
波堤桜!
「やっぱ強いねえ。
この街に住む工場勤めの人間が被害にあっていて、もしもと思ってお前をここに引っ越させたのは大成功だ。」
そういうことか。
だが少し気になる。
「詳しいことは後で聞くが、被害って俺が初じゃないのか?
あそこまで人間社会に溶け込んでいたのに他にも被害があったのか?」
「フィクションみたいに人間や何かが喰われる被害ではなく、怪我の被害だ。
それからしばらくは落ち着いていた。
それでも不審な足跡や足音の報告があった。
正体を掴むヒントはただ一つ。
襲われた人間の共通点がお前の勤めている工場の人間のみ。
そこの成分か何かがあのトカゲを誘き寄せているのなら、比較的戦いに強い一般人をぶつけるしかなかったのさ。」
そして、たまたま友達の阿曽木が当てはまったというわけだったのだ。
「ま、素直に頼めるわけないか。
だが俺に万が一のことがあったらどうするつもりだった?」
波堤桜が装備を見せる。
「信頼しているお前があんな化け物如きに負けるわけがない。」
「多様性を理由に所帯持ちが気持ちが悪いことを言うなよ。」
けれどここまで準備してくれた恩を忘れてはいない。
だが昔から水臭いやつだ。
まだ隠してることなんていくらでもあるのかもしれない。
それは仕方がない。
阿曽木も同じことだからだ。
とりあえずめでたく事態は静かに終わった。
本当、嫌な現実とそれでも助かる現実で成り立っている。
少しだけ昔に戻れた。
思い出フィルターとは違う感覚で。
それだけで充分かもしれない。
今日をまた噛みしめる阿曽木だった。
デカくなったガイライシュ 釣ール @pixixy1O
★で称える
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