快適ダンジョン攻略整備カンパニー

向野こはる

快適ダンジョン攻略整備カンパニー




「調子はどうですか、プレゼンターミミックさん。ドロップ用アイテムの配給に来ました」

「おうガル坊、待ってたぜ」


 植物の蔓を編んで作られたリュックサックを背負い、ガルバスは宝箱に近づいた。

 軽快な音を立てて開いたそれの中には、大きな瞳と口を持つ魔物がいて、ニッカリと朗らかに笑う。


 リュックサックを地面に置いて留め具を外し、もはや異空間にすらなっているそこから宝石を見繕う。

 クズ石に似ているが光沢があるものや、光り輝く赤い石などを両手に抱えると、ガルバスはプレゼンターミミックの箱に押し込んだ。

 彼は上機嫌で宝箱の上蓋を開閉させ、宝石を噛み砕いて飲み込む。硬い表面がぶつかる澄んだ音が響き、ガルバスはホッと胸を撫で下ろした。


 空中を指で長方形になぞれば、柔らかな藤色に発酵する薄い画面が現れる。そのまま画面の背後から伸びる聴診器を、プレゼンターミミックに押し当てた。

 そうすれば一窓であった画面は複数に増え、彼のステータスを細やかに映し出す。


「お身体で気になる点は?」

「んー、そうさなぁ。……あ、赤羽根の秘宝最上級アイテムのドロップ率だけどよ。もう少し下げてくれねーか?」

「え? これより下げると、中級ダンジョンクラスになりますよ」

「そうなんだけどよ。初心者を呼び込もうっつって、近くのタウン整備連中がテコ入れしただろ? そのせいか冒険者の武器、ちっとばかし威力が上がっちまってさ」

「ああ……、シャットさんが怒ってました、そういえば」

「そのせいで、無駄にドロップ率があがっちまってんだ。これじゃレア度が下がっちまう」


 大きな眼球を緩やかに細め、プレゼンターミミックは硬い牙を噛み鳴らした。

 ガルバスは手袋をはめた指で画面の数値を弄り、それによって歪になる全ステータスの放物線を手直しする。

 そうやって暫く曲線と格闘し、聴診器を首にかけ、ガルバスの片手が宝箱を軽く叩いた。彼の要望通りの確率で最上級アイテムが出るか、仮攻撃を与えて慎重に見極める。


 魔族の開発班が、世界に散らばる整備カンパニーに向けて、便利道具の製造を進めているが、ドロップ率の調整は今も地道な手作業だ。

 軽快な破裂音を叩いて現れる宝石や、魔物の体の一部を横目に、ようやく目当てのアイテムがドロップされると、宝箱は豪快に笑った。


「おうおう、これくらいよ! 冒険者にも張り合いが出るってもんだ」

「少し判定が辛いような気も……」

「そう言うなよガル坊。その代わり、回復アイテムのドロップ率を上げてんだろ? 安牌じゃねぇか」


 まぁ当の本人が満足しているのだから、ガルバスがこれ以上、口を挟むのは野暮である。

 ガルバスは最終調整を終えると、両手で画面に触れて閉じ、荷物をリュックサックに入れてから背負い直した。


「奥に行くなら、精霊ユニに会いに行ってやりな。最近の冒険者は隠し通路に気づかず素通りしちまうから、暇してんだ」

「う゛っ、かなり分かりやすくしてるのに、やっぱり冒険者様の目には留まりにくいんでしょうか……?」


 ガッハッハ、と愉快げに笑うプレゼンターミミックに、ガルバスは目深に被っていたキャップを軽く上げ、一礼する。

 輪郭のない、モヤの様な顔を半分覆う幾何学模様が、『imlSe微笑み』の文字を形作って柔らかく揺れた。


「本日もご協力ありがとうございました。冒険者様との良きダンジョンライフを!」



 ◆ ◆ ◆



 快適ダンジョン攻略整備カンパニー



 ◆ ◆ ◆



 少数精鋭のダンジョン整備カンパニー『セーヴィニング』。代表と代表夫人、ガルバス含む三人の従業員が活動する、小さくとも実績ある会社だ。

 冒険者がダンジョンを安全で快適に攻略できるよう、モンスターのレベリングや、障害物の設置、ドロップするアイテムの買い付けや選別、はたまたダンジョン内の清掃など、多岐に渡って請け負うのが彼らの仕事である。


 世界中に散らばるダンジョンには、同業他社が数多く存在し、彼らは切磋琢磨しながらダンジョン整備に明け暮れている。

 その中で最も有名かつ、最優良カンパニーなのが、ガルバス所属する『セーヴィニング』だった。


 彼らが整備するダンジョンは、冒険者に対して適切な難易度なのはもちろん、根城にしている魔物たちからも好評である。

 特に下級から中級レベルの魔物たちから人気があり、『セーヴィニング』が整備するダンジョンは快適だ、と噂が噂を呼んで、いつも居住予約がいっぱいであった。

 彼らは冒険者とエンカウントし、戦闘を通して経験値となることがステータス。

 世界各国、大小様々なダンジョンがあるが、中には適切に整備されず、無法地帯と化している場所も多い。中下級層にとって冒険者が入れないダンジョンは、住処としても悪物件なのである。

 多くの冒険者が訪れ探索していくダンジョンは、中下層の魔物にとっても非常に魅力的なのだった。


 さて、そんな整備カンパニー『セーヴィニング』の社訓は、「難攻不落のダンジョンはクソ」である。


 これは代表シャットの持論で、従業員全員が肝に銘じる言葉であった。

 シャットは、冒険者の誰もが近づく事を止めた天空遺跡、『スピカパウラ』をダンジョンとして復活させた実績をもつ。整備カンパニー界隈では有名な、かなり腕の立つ整備職だ。

 そんな彼は従業員に対し、常々こう伝えている。


 ──いいか、ガキども。クリアできないダンジョンは美しくねぇ。冒険者様が最後の扉を開けた瞬間に、努力した日々の全てが報われるダンジョンに整備しろ。その対象が大勢でもいい。たった一握りでもいい。冒険者様が、己の冒険を誇りに思う瞬間を作れ。それがダンジョン整備の美学ってもんだ。

 


 

  

 ガルバスの仕事は、初級ランクの冒険者が登竜門に定めているダンジョン、『トロトンやま』のダンジョン整備だ。カンパニーに所属し二年あまり。ようやく一人前を認められて任されたダンジョンである。

 一人で多くをこなさなくてはならないが、その分、やり甲斐も多くある。『トロトン山』ダンジョンには、獰猛な上級魔物もいないため、経験を積むのに適した場所であった。


 モヤやガスが衣服を着込んだ姿のガルバスは、ダンジョンの奥まで進んでいく。

 その道中で橋の縄を直したり、冒険者が投棄していったアイテムを回収したりしながら、ようやく目的地に辿り着いた。


 左手に曲がれば出口になっているところを、更に奥へ進んでいく。

 青銅色の扉を前に、空中をなぞって画面を出現させ、聴診器を当てつつデータを読み解いた。


 厳かな音を立てながら、ゆっくりと扉が開く。

 ステータス画面を閉じて中に足を踏み入れると、人間の女性を模した真っ白い人形の精霊が、岩の上に佇んでいた。


「まぁガルバス公。お待ちしてましたわ。あたくし、退屈で退屈で」

「すみません、かなり分かりやすいギミックにしているんですが、冒険者様に気が付かれず……」

「おほほほ、大目に見て差し上げますわ。貴方はシャット公の弟子ですもの。いつも快適なダンジョンをありがとう」


 イチの始祖精霊ユニ。真っ白な体に金色の古代文字が浮かぶ、おおらかな性格の精霊だ。この『トロトン山』ダンジョンにおけるダンジョンマスターで、冒険者側の言葉を借りれば裏ボスにあたる。

 ダンジョン内であらゆるレベリングが可能な整備職が、唯一、ステータスに関与できない存在だった。


 ユニの目的はここに辿り着いた冒険者に、防御に関する最高レベルの祝福を与えること。故に彼女は『不可侵の女神』という異名を持つ精霊として、冒険者の間でも語り継がれているそうだ。レベルも900という桁違いな強さを誇る。

 世界最高の武器に戦闘力強化の装備を重ね、更に三重ほど強化魔法を重ねた上で、毎秒一回攻撃すれば百年で倒せる、などと言われるほど鉄壁だ。


 こんな初級ダンジョンに神話クラスの精霊がなぜ、とガルバスも初めは疑問だったが、答えは単純明快。このダンジョンのすぐ側に、最高難易度の地下ダンジョンがあるのだが、彼女はそこのダンジョンマスターと兄妹なのだ。

 ちなみに地下ダンジョンは、『セーヴィニング』の代表夫人が整備している。ガルバスも一度社会経験を積ませてもらったことがあるが、あまりに整備事項が多く、入るたびに地形が変動し、加えて寝ぐらにする魔物は全て古代言語を話す……という、頭が物理的に破裂するほど難解な場所であった。


 ユニの側に近寄り、ステータス画面を複数展開して、部屋の様子を確認する。

 もう少し分かりやすいギミックを加えるか、と思案していた矢先、彼女は細長い指でガルバスが被るキャップを撫でた。


「そうでしたわ、ガルバス公。少し困ったことがありますの。聞いてくださいまして」

「はい、なんでしょう?」

「こちら、見てくださる?」


 岩から降りて、滑るように空中を移動するユニに着いていくと、壁に何か大きなものが立てかけているのが見えた。

 麓の町を含めて初級区画である『トロトン山』では見かけない、何かの肉を繋ぎ合わせた、極めて悪趣味な盾であった。


「っ気持ちわる……なんだこれ……?」


 ユニに断りを入れて、ガルバスは盾に近寄る。リュックサックを地面に置いて、指で宙をなぞってステータス画面を出し、裏から伸びる聴診器を押し当てた。

 そうすれば画面には、魔族街まぞくがいに隣接した地名や、類似するダンジョン名が表示される。上から順番に呼んでいくと、どうやら魔族街周辺の特殊材料を集めて作られた、強化装備のようであった。

 装着に必要な冒険者レベルもかなり高く、こんな場所に鎮座していても、初級冒険者は手に取ることすらできない。


 何より不可解なのは、強化装備はダンジョン内で外せない仕様になっているはずだった。


「なんでこんなものが、このダンジョンに? どうやって外したんだろう?」

「ごめんなさいませね。実はわたくしのせいなんですの」

「へ?」


 予想外の返答に振り返れば、ユニは側頭部に片手を当てて嘆息する。

 

「少し前に、この部屋にひと組の冒険者がいらしたわ」


 曰く、盾職の男がこの盾を差し出し、ユニの防御に関する祝福を受けようとした。

 ひとパーティにつき祝福は一回だけで、他に異論もなかった為、ユニも特別疑問に思わず祝福を授けたという。


 しかし冒険者の狙いは祝福そのものではなく、力を過度に吸収する事によって、この盾をアイテムボックスから外すことだったのだ。

 

 ガルバスも武器に詳しくないので、あまりピンと来ないが、素材によって強化された武器は様々な恩恵が得られる分、授与できる恩恵を自動的に管理できない欠点がある。

 例えば通常の武器なら上限が決まっていて、それ以上、攻撃力や防御力等を上げられない仕様になっている。しかし強化装備はこれが定まっておらず、数値上いくらでも上げられるのだ。

 ところが一見、問題ないように思えても、過度に強化された装備はそれだけ余計な負荷が伴う。そして負荷容量を超えてしまうと使用不能になり、アイテムボックスから落ちてしまうのだ。  

 この欠点を理解し装備を組む事こそ、上級冒険者の腕の見せ所とも言える。

 

 もちろん、再び手元に戻す方法は多々あるが、要らないからと放棄してしまう冒険者も、数の中にはいるのであった。


「わたくしが能天気であったばかりに、申し訳ございませんわ……」

「ユニさんは悪くないですよ! ユニさんは分け隔てなく祝福を授けているわけですし」


 しかし、この悪趣味な盾を捨て置くわけにはいかない。こんな高レベルの装備が落ちてあっても、現状では誰にも徳がなかった。

 ガルバスは整備カンパニーに所属しているので、強化装備を持ち出す事はできるが、流石に物が大きすぎる。小柄な彼では抱えきれない。唯一、難なく盾を移動できる精霊ユニは、そもそも部屋から出られなかった。


 ガルバスは救援を頼むべく、ステータス画面をそのまま、別の画面を出現させて呼び鈴を鳴らす。

 程なくして画面が切り替わり、金色の煙管きせるを咥えた黒いモヤが、幾何学模様を鮮やかに組み替えながら、同じく画面を覗き込んだ。


『おう、どうしたチビガキ』

「シャットさん、今いいですか? ちょっとご相談がありまして」

「まぁシャット公、お久しぶりですわ」

『おうユニさん、相変わらず別嬪じゃねーか。ま、俺のルルコ女房には負けるけどよ!』


 豪快に笑うシャットも、自分が管理するダンジョン内にいるようだ。背後には鬱蒼とした大きな葉が重なっている。高所に座っているのか、すぐ隣に白黒の怪鳥が留まっていて、シャットの衣服を啄み甘えていた。

 ガルバスは苦笑混じりに肩をすくめ、現状を報告し、問題の盾を画面に写す。


『ははぁ、冒険者様っつーのは、色々考えてんなぁ』

「どうすれば良いか、困ってしまって……。この盾を除去するのに、知恵を貸して頂けませんか?」

『そうさなぁ、……一つ言えば、強化装備っつっても、装備は装備だ』

「はい」

『だから負荷に耐えられないし、攻撃を与え続ければ破損もする』

「は、破損、ですか? でも、ユニさんの防御の祝福があるんですよ。どうやって壊したら……」

『良いかチビガキ。祝福が天元突破した盾であろうが、壊れない装備なんざこの世に存在しねぇ。例え冒険者様の間で壊れない装備だと出回っていても、使


 シャットはそう言いつつ、ガルバスに解決案を示す。

 それはある意味で正しい、けれども少し強引な手段で、ガルバスは顔面の幾何学模様を驚愕に変えた。



 ◇ ◇ ◇



 ガルバスは『トロトン山』ダンジョンに放棄された、売買可能なアイテムを集め、近くの街に出向いて換金する。

 そうやって得た資金を持ち、彼はフードがついたローブで顔を隠し、馴染みの貿易商に足を踏み入れた。

 子綺麗な館の奥では、恰幅の良い髭面の男がガルバスを出迎え、両手を擦り合わせながら満面の笑みを浮かべる。


「本日もお越し頂きありがとうございます、ガルバス様」

「いつもありがとうございます、ジャーラさん。頼んだ品は取り寄せられましたか?」

「もちろんですとも! さぁご覧ください」


 通された部屋の机の上には、事前に依頼していた杖が、数種類並んでいた。


 ダンジョン内でドロップされるアイテムの準備も、整備カンパニーでは重要な仕事だ。

 冒険者が扱えねば意味がないので、当然、買い付け場所は人間が住む空間になる。

 その為ガルバス達は、背格好を人間に寄せて振る舞い、生活空間に紛れてアイテムショップに出向くのだ。 


「当商会でも力を入れております、下級魔法使い様向きの商品です。その中でも上質な杖でございますよ」


 ガルバスは背負っていた荷物を横に置き、空中にステータス画面を表示させる。

 聴診器を当てて性能を確認すれば、確かに評判通りの代物だった。使用可能レベルが低くも強度があり、下級魔法使いが直面する魔力不足を、少量ずつだが自動回復する祝福も授かっている。


「……うん、とても良いですね。全て購入します」

「んっふふふ、毎度ご贔屓に!」


 ガルバスは宝石類を除き、ドロップアイテム全般をこの貿易商からしか購入しないので、価格も非常に良心的だ。それに余計な詮索もしてこないので、客として振る舞いやすい。

 貿易商から布に包まれた杖を受け取り、ガルバスは朗らかに日常会話を楽しんだ後、館を後にした。


 

 その後に訪れたのは、街で一番大きな冒険者ギルドである。

 そこでは一般人が冒険者に向けて、クエストを依頼できる制度があり、ガルバスもそれを利用しに来たのだ。

 申し込み用紙に必要事項を記入して、受付に差し出せば、快活な女性がすぐに両手で受け取る。

 

「はーい、ありがとうございます。……おっと、これは随分、面白いクエストですね?」

「どうしても困っていて。報酬もちゃんと準備済みです」

「拝見しても? ……うっわやばい、本当に祝福済みの杖じゃないですか! こんなの周辺では絶対に手に入らないし、クエスト希望者が殺到しますよ、いや私も行きたい」


 興奮気味に捲し立てる受付嬢を宥め、ガルバスは適切に受理してもらうと、急いで『トロトン山』に舞い戻った。

 そしてダンジョン内で生活する魔物を集め、強化装備を捨て置かれた事情を話し、ユニには居住区画を改造する許可をとる。


「……よし」


 ガルバスは強化装備を背に、空間へ多数の画面を展開させる。

 藤色の小窓一つ一つに、ダンジョンを形成するあらゆる事柄が映し出され、ガルバスはそれを見ながら、手元に浮かぶキーボードを叩いた。

 普通の下級ダンジョン内では発生しない、特別なクエストによって生じる弊害を、ミリ単位で手直ししていく。

 時には大きな画面を引き寄せて指でふれ、放物線を少しずつ調整し、時には手の平ほどの画面を数種類睨んで、表示される魔物を適宜レベリングする。


 彼が手袋越しに触れる度、柔らかく画面が発光する様は、暗いダンジョン内で星の瞬きに似た美しさがあった。


「……綺麗ですわ……」


 横で眺めていたユニが、側頭部に片手を当てて、ほうと感嘆の息をつく。

 

 殆ど弟子を取らないシャットが認める、三人の愛弟子の一人。ダンジョン整備職におけるガルバスの武器は、複数の画面を同時に扱う処理能力の高さだ。それは弟子の間でも群を抜いていて、兄姉弟子を凌ぐと期待されている。

 彼自身、二年で単独ダンジョン整備を任されたと思っているが、世間一般の整備カンパニーでは、二年で単独整備などまずあり得ない。

 小さく正直な性格のガルバスを、兄姉弟子も可愛がっており、自身の技術を惜しみなく与えている賜物とも言えた。


 ガルバスは最終調整を終え、確認しながら画面を消していき、ようやく安堵の息を吐く。

 後は依頼したクエストの進捗状態によって、都度変更していけば問題ないだろう。シャットが考えた作戦は長期戦だ。それは転じて、ガルバスへの修行に繋がっていく。


 流石に疲れ果てて座り込んだガルバスを、傍に寄ったユニが優しく抱き上げた。


 

 ◆ ◆ ◆


 シャットが示した策は、クエスト機能を利用し、冒険者に盾を破壊してもらう事である。


 冒険者ギルドに依頼した『欲深い盾』討伐クエストは、狙い通り連日大盛況だ。

 目玉報酬の他に、ある程度まで耐久値が下がればアイテムが出現するので、素材集めにやってくる冒険者も多くいる。

 ガルバスは適宜ダンジョン全体のステータス画面を確認し、必要な物を買い足したり、逆に売却したり、魔物やギミックのレベリングを見直したりと、奔走しては大忙しだった。


 普段は素通りするような冒険者も来訪し、魔物達も彼らの糧になれるとお祭り騒ぎ。

 積極的に飛び出しては敗北し、経験値となった後、再生し戻ってくる姿はなんとも誇らしげであった。


 一方、あの悪趣味な盾を置き去りにしていった冒険者達も、噂を聞きつけてやって来たようだ。

 ガルバスは不在だった為、後から聞いた話であるが、自分たちが盾を置いていったおかげでクエストが発生したから、分け前をよこせと豪語し始めたらしい。

 その場は激怒したユニが収めてくれたそうで、それ以降、彼らが『トロトン山』に寄りつくことはなかった。

 

 そしてほぼ全てのアイテムがドロップされると、徐々に冒険者の足は遠のいて行く。

 もうこれ以上は旨味が無いと判断され、他の手応えあるクエストが優先されるのだ。


 ガルバスにとっては、ここからが正念場である。


 まだユニの居住区画には、耐久値が減った『欲深い盾』が鎮座していた。壊れるまであと少し、というにはまだ遠い。

 クエスト、というより見物人として訪れていた冒険者も減り、最終的にはひと組の冒険者達が残っていた。 


 まだレベルの低い、駆け出しの冒険者四人のパーティだ。

 彼らはそれぞれの役目を考え、攻略法を練り、毎日ダンジョンを訪れて『欲深い盾』に挑んでいく。

 他の冒険者が訪れ、どうせ壊れないと揶揄されても諦めず、果敢に立ち向かっていた。


 ダンジョン内クエストは、様々な立場の依頼者が関わっているので、残念ながら確かにクリアできないクエストもある。

 だからこそ他冒険者は、このクエストもと判断し、目玉装備が終わったところで、討伐を引き上げてしまうのだ。

 だがこのダンジョンは、最優良整備カンパニー『セーヴィニング』が管理する場所。

 努力が報われないクエストなど、ガルバスは社訓に誓って依頼していなかった。


 新米冒険者による、おおよそ半年の努力の末、ついに盾の装甲が剥がれ落ち、ユニの祝福を打ち破って大破する。

 彼らは互いに手をとって叫び、映えある勝利を喜び合った。


 別所で画面を通して見ていたガルバスも、一緒になって歓喜し、急いで部屋を移動し、冒険者たちの前に姿を見せる。

 そして一人ずつ努力を労い、感謝を伝え、一本の杖を差し出した。


「これは天空遺跡『スピカパウラ』のダンジョンマスター裏ボス、零の始祖精霊が祝福を与えた杖です。貴方様方のレベルでも扱える、特殊仕様の杖になっています」


 驚いた彼らは顔を見合わせるも、その内の魔法使い職が一歩進み出て、その杖を受け取る。

 途端に杖が光り輝き、魔法使い職のレベルに合わせて、ステータス画面が変化した。


 シャットが親友である零の始祖精霊に頼み、特別な祝福を授かった杖だ。

 本来なら天空遺跡ダンジョンで、レベルの上限値まで達した者しか扱えない。しかしシャットが調整に協力して、下級レベルでも扱えるようにした特注品なのである。

 普通のダンジョン整備職が、強化装備の整備まで可能にしてしまうのだから、やはりシャットはガルバスの憧れであった。


 手を振り、喜びもひとしおでダンジョンを後にする一行に、ガルバスも手を振り返して見送る。

 一つの困難を乗り越えた彼らの背中は、いつにも増して一段と輝いて見えた。



 ◇ ◇ ◇


 

「おうおう、ガル坊! 配達お疲れさん。やっぱ『セーヴィニング』のダンジョンは最高だぜ! すぐにアイテムもすっからかんだ」

「ありがとうございます! 今日もお加減を調整しますね」


 今日もドロップアイテムを届けに行けば、プレゼンターミミックも上機嫌で箱の上蓋を開閉させた。

 ステータス画面も極めて良好で、冒険者との良き関係性を築けているようである。


「今日はこの宝石を仕入れて来ました。後はいつものこれと、……それからこれも」


 近況報告を聞きながら、画面と体躯の状態も見比べ、放物線を手袋越しに調整する。

 そして心配事や改善して欲しい点を聞き、最後に両手で画面をたたんで閉じた。


「ご協力ありがとうございます。それでは今日も、冒険者様とのより良いダンジョンライフを!」



 

 平穏無事を取り戻した『トロトン山』ダンジョンで、今日もガルバスは整備に動き回る。

 討伐成功した『欲深い盾』クエスト以降、再び面白いクエストが発生するのでは無いかと、新しい冒険者の来訪も増えていた。相乗効果で魔物達の士気も高まり、ダンジョン内はより一層賑わいを見せている。


 加えて、移住希望魔物が更に増え始め、問い合わせが連日のように届くのだ。

 ガルバスはシャットと相談し、本格的にダンジョンの敷地拡張も考え始めている。


「よし、次は……」


 ガルバスは小柄な体躯でリュックを背負い直し、軽やかな足取りで駆けていく。

 冒険者の安心、安全で快適なダンション攻略の為に、彼らの仕事は続くのだ。 

 


 



 

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