婚約破棄、水晶の華、前世の記憶。
touhu・kinugosi
第1話
「お姉さまだけずるいです」
――またか、と思った。
「アリシアは姉だから譲りなさい」
父が言う。
「それがいいわ、フェリシアに比べて出来が悪いんだから」
母が続けて言った。
「でもこれは私の16歳の誕生日プレゼントで……」
手元にはネックレス。
母方の祖母からだ。
「ふふ、もらっていくわねえ」
手からネックレスを奪い取られた。
フェリシアは二つ年下の妹だ。
母に似たふわふわとした金髪に、庇護欲を誘う幼い表情。
父と母にベタベタに甘やかされて育っている。
私は、祖母に似た地味な茶色の髪に不細工ではないが無表情な顔。
しかも、母方の祖母は厳しい人で母や入り婿である父に嫌われていた。
いつの間にか、祖母に似た私は家族の中で疎まれるようになっている。
10歳のころから徐々に扱いが悪くなり、物置に追いやられ父に領地の仕事を押し付けられる様になった。
さらに我が、”ポーラー侯爵家”は昔から薬草の栽培が得意で、貴重な薬を王家に献上することによって繁栄して来た歴史を持つ。
王都の館にも薬草園があった。
本来なら母の仕事である薬草の栽培も代わりにアリシアがやっている。
領地の仕事と薬草園の管理。
アリシアが忙しく働いている間、父と母と妹は社交界で派手な生活を送っていた。
アリシアが十三歳の時だ。
生真面目で向上心の高いアリシアが、ポーラー家の中でも優秀なものだけが作ることが出来る薬草。
”水晶の華”の栽培に成功したのだ。
”水晶の華”は、霊薬である、”エリクサー”の原料となる貴重な薬草である。
これを育てたものは、この薬草を持って王家と婚姻を結ぶように決められていた。
アリシアは、”ユリアン、サザンクロス”第一王子の婚約者になった。
だが、初めて顔を合わせたお茶会で、
「はんっ、地味で見苦しい顔だな」
「勘違いするなよ、お前じゃなくて、”エリクサー”のために婚約するんだからな」
とユリアンは冷たく言い放ったのである。
「そ、そんな……」
その日からアリシアは、領地の仕事と薬草園の管理、そして厳しい王妃教育が始まったのである。
「お姉さまはずるいっ、王妃は私よっ」
妹が大きな声で父や母に言った。
それから、王子との婚約者同士の交流のお茶会に、妹が勝手に出席するようになった。
「ふんっ」
まだいるのかというような王子の視線と態度。
お茶会は、最初にあいさつしただけで退席する様になる。
くすりっ
退席するときに妹が、私を見ながら笑ったような気がした。
振り向くと、楽しそうに王子と妹がお茶会をしている。
妹がデビュッタントしてからは、妹の男漁りをなすりつけられてふしだらな娘と噂された。
さらに家では妹をいじめているとのおまけつきである。
この国の貴族は、十三歳から成人する十六歳まで貴族学園に通うことになる。
学園内でのユリアン王子の態度は相変わらずひどいものだ。
しかも、王子の婚約者ということで生徒会に強制参加させられる。
今までの仕事の上に王子がするはずの生徒会の仕事、さらに王子に振り分けられた王家の公務もさせられた。
言いかえす時間も無ければ気力もないアリシアは、睡眠時間を削って仕事をこなし始めた。
王妃からは、
「こんな娘が、”水晶の華”を咲かせるなんて……」
と嫌われ、王妃教育をさらに厳しくされた。
もともと細い身体はさらに痩せ、目の下にくまが消えなくなった。
「死にそう……」
アリシアは、フラフラと学園の廊下を歩きながらつぶやいた。
しかし、貴族学園で二年過ぎ三年生になってさらにひどくなる。
二つ下の妹のフェリシアが入学してきたからだ。
これ見よがしに王子にすり寄り、ノートが破られたとか水をかけられた、階段から突き落とされたと冤罪をかけてくる。
「私ってもう……すでに死んでるんじゃないのかしら……」
うつむき気味にフラフラと歩くアリシアのことを、”死にかけ令嬢”もしくは、”ゾンビ令嬢”と密かに呼ばれるようになる。
その姿を二つ年下で優秀という噂の、”アミバン第二王子”がじっと見つめていた。
妹のフェリシアと同じ年に入学、母親は側妃である。
王子であるため生徒会に参加し、
「お疲れ様。 この仕事はやっておくよ」
「あ、ありがとうございます」
アリシアの仕事を手伝ってくれるようになった。
フェリシアも第一王子の許可の元生徒会に入っている。
「あ~ん、お姉さまにいじめられるんですう」
わざとらしくアミバン王子にすり寄るフェリシア。
「ふーん、そうなんだ」
しなだれかかろうとするフェリシアをするりと避けた。
アミバンが冷ややかな視線を送ると、
「じゃ、じゃあ失礼しますわ」
フェリシアが青い顔をして逃げていった。
それから一年間の生活はアミバン王子の助けもあり少しはましになった。
目の下のくまは消えなかったけれども。
一年が過ぎ、貴族学園の卒業式だ。
貴族学園の卒業パーティが始まる。
本来なら、婚約者であるユリアン第一王子のエスコートで参加するのだが、当り前のようにフェリシアをエスコートした。
ドレスもフェリシアに送ったようだ。
古いドレスを直して参加する。
一人で入場した瞬間、
「まあっ、死にかけ令嬢ですわっ」
「なんてみすぼらしいドレスなの」
「ふしだらなうわさが絶えませんわね」
「婚約者のエスコートもうけられなくて当然ね」
周りの令嬢たちがくすくすと笑う。
うつむいて唇をかんで通り過ぎた。
わああああ
その時会場がざわめいた。
ユリアン第一王子とフェリシアが入場して来たのである。
フェリシアはユリアンの瞳の色のドレスを着て、腰をユリアンに支えられている。
「えっ」
アリシアはフェリシアが手にしているものを見て驚いた。
小さな鉢植えに一輪の花が植えられている。
花の色は透き通る青色。
正に水晶のように光輝いた。
”水晶の華”だ。
アリシアが心血を込めて育てた花。
「みんなも聞いて欲しい」
「ここにある、”水晶の華”は実は……」
「フェリシアが育てたものだと判明した」
「そうなんですう、私が育てていたものを姉が無理やり盗っていったんですう」
フェリシアが王子の胸に縋りついて涙を流す。
ユリアン王子が優しく背中をなでながら、
「ここに、お前との婚約を破棄するっ」
「そして、本当に、”水晶の華”を咲かせた優秀なフェリシアと婚姻を結ぶことにするっ」
「そ、そんな、確かに私が咲かせました……」
アリシアの小さな声は、
「妹をいじめていたとは聞いていたけれど」
「花を咲かせたと噓をついていたなんて」
「卑怯者っ」
「婚約破棄は当然よ」
の声にかき消された。
「妹をいじめていません」
そんな暇は全然無かった。
「王家にうそをついて王妃になろうとした罪は重い」
「お姉さま、そんなにして王妃になりたかったんですか?」
「そのものを牢屋につれていけ」
「あとで処刑されるだろう」
「……していません……」
二人の衛兵に腕をつかまれながら言った。
「お姉さま……最後に罪を認めてあやまって下さい……」
妹が厭らしくニヤリと笑った。
「ふふん、そうだな、最後ぐらいフェリシアに謝ったらどうだ」
「名前は何て言ったか……」
――ああ、名前すら憶えられていなかったのか
アリシアは膝から崩れ落ちそうになるのを衛兵に止められた。
「待ってくださいっ」
その時、アミバン第二王子が大声を出した。
「この一年間。アリシア嬢と一緒に生徒会で働いていました」
「彼女は睡眠時間を削って仕事をしていました」
「妹をいじめることは無理ですっ」
「王陛下はどうおっしゃっているのですか」
「ちっ、王陛下にはあとで話しをする」
「”水晶の華”を咲かせたのはフェリシアだぞ」
「王陛下も認めてくれるはずだ」
ユリアン第一王子が言う。
「そうですか……」
「こういう話を聞いたことがありませんか?」
「”水晶の華”は育ててくれた人の腕の中で光を放つという不思議な性質があることを……」
だから、育てた人が王家入りするのである。
「えっ」
フェリシアの驚いた声。
周りのみんながその手の中にある、”水晶の華”を見た。
きれいだが光ってはいない。
「さあ、アリシア嬢、手に持ってみて」
アミバンは、アリシアが世話をしている時に光っているのを見ている。
「いや、いやよっ」
「わたしの方がお姉さまより優秀なのよっ」
「わたしが、”水晶の華”を育てたのよおおっ」
ガッシャーーン
フェリシアが植木鉢を床にたたきつけた。
「あああ」
「な、なんてことをっ」
ついに限界が来たのかアリシアが頭を抱えて床にひざまづいた。
「痛いっ、頭が痛いっ」
ずきんずきんと激痛が走る。
「アリシアッ」
アミバン王子が駆け寄った。
◆
ヒャッハー、ヒャッハー、ヒャッハー
繰り返しアリシアの頭の中で甲高い男性の声が響く。
ぜ、前世の記憶が頭の中にっ
こ、これが私の前世なのっ
アリシアはゆっくりと顔を上げた。
「ア、アリシア……?」
アミバンが困ったような声を出した。
アリシアがフェリシアの三倍近く歪んだ笑いを浮かべていたからだ。
「……ユリアン王子……」
「オレの名を言ってみろっ」
アリシアだ。
「なっ、お前は誰だっ」
ユリアン王子の驚きの声っ。
「北斗羅漢撃っっ」
アリシアの攻撃。
「アベシッ」(←ユリアン、ざまあ)
「姉より優秀な妹は存在しないのだっっ」
アリシアである。
「お、お姉さまっっ」
「南斗邪狼撃っっ」
アリシアの攻撃。
「ドビバッ」(←フェリシア、ざまあ)
「アリシアアアアアアア」
アミバン王子が叫んだ。
世紀末が始まる。
了。
婚約破棄、水晶の華、前世の記憶。 touhu・kinugosi @touhukinugosi
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