第62話 ワレイザ砦攻撃④
エイクは、バルオンの
「か、かかってこい! 悪党めッ!」
その声も、やはり小さく震えている。弱い振りを続けているのである。
「なんなんだ、手前は」
バルオンは、半ば困惑し、半ば苛立ちつつそう告げると、アメリアを引き寄せていた荒縄を放し、傍らに置いていた
そして、鞘から抜くことすらせずカッツバルゲルの剣身を右肩に乗せて悠然とエイクに向かって歩き出した。
何だか分からないが、とりあえずぶっ叩いて取り押さえ、どうやってここに侵入して来たのか尋問しようと思ったのである。
エイクが期待した通りの動きだった。
思惑通り敵をおびき寄せる事に成功したエイクだったが、全く気を緩めることなく敵の様子を注意深く窺った。
捕虜の女という目撃者がいるこの場では、可能なら実力を隠したい。しかし、実力を隠した結果負けるなどという事になってはならない。相手の力量を見極めるのは極めて重要だった。
バルオンは、大した警戒もせずに向かってくる。その力量は、エイクに比べてしまえば相当劣っているように見える。
(行ける!)
そう判断したエイクは、バルオンが攻撃範囲に入る直前に動いた、大きく前に踏み出し、クレイモアを左下から右上へと切り上げる。
全力を込めてはいない。しかしそれでも、バルオンが全く想像もしていない速く鋭い一撃だった。エイクの事を完全に見くびっていたバルオンは避けることが出来ない。
「なあッ!!」
そんな間抜けな声が上がる。
何の防具も付けていなかったバルオンの胸が切り裂かれ、血が噴き出た。
しかし、致命傷ではない。有力傭兵団の幹部を務めるバルオンのオドはそれなりに豊富で、身体の強度も高い。全力を出していないエイクの攻撃では、一撃で死に至るほどの傷は受けなかった。
といっても、相応のダメージを負ったのは間違いないし、それ以上に、想定外の事態に驚愕し、混乱していた。
バルオンは、殆ど反射的に反撃を行った。カッツバルゲルを右肩から振り下ろしたのである。だが、そんな半端な攻撃はエイクに対してはまるで意味がない。
エイクは余裕をもって躱す。
バルオンの不用意な一撃は、頭部に大きな隙を晒す結果をもたらした。
エイクは、クレイモアの腹の部分でバルオンの左側頭部を強打する。
その一撃は、バルオンの脳を揺らし、その意識を刈り取った。バルオンはあっけなく意識を失い、その場に崩れ落ちたのである。
(馬鹿な上に弱くて助かったな)
エイクはそんな感想を持った。
確かにバルオンは、エイクの芝居に簡単に騙され、相当に不自然な状況なのに警戒もせずにエイクに近づいた。愚か言うべきだろう。
そして、一般的には強者と言ってよい技量は持っていたが、エイクに比べてしまえば弱者に過ぎなかった。
(とりあえず縛りつけておくか)
エイクは、そう考えつつ魔法の荷物袋からロープを取り出し、慎重にバルオンに近づいた。
尋問して情報を聞き出そうと考えたエイクは、バルオンをあえて殺さなかった。だが、まだ生きているのだから確実に拘束しておく必要がある。
エイクはバルオンが気を失ったふりをしている可能性も考慮して慎重に動いた。だが、バルオンは間違いなく意識を失っており、簡単に拘束されてしまった。
そうしてからエイクはアメリアの方を向いた。
アメリアもまた驚愕していた。
弱者のようにしか見えなかった侵入者が、恐るべき強者だったはずのバルオンをいとも容易く倒してしまった。この状況に、理解が追い付かないのである。
だから、エイクがバルオンを縛っている間も何の反応も示せなかった。
しかし、エイクがこちらを向いたところで、思わず言葉が漏れた。
「あ、あなたは、いったい……」
何から聞けばよいのか分からなかった。
その声を聞き取ったエイクが答えを返す。
「私は、ベアトリクス様に雇われた冒険者です。名はルキセイクと言います。
顔を隠しているのは、お恥ずかしながら“雷獣の牙”のような凶悪な連中と戦うにあたって、素顔を晒す度胸がないからです。容赦してください」
エイクは、前に考えていた偽名を名乗り、覆面の理由も適当に説明した。
「べ、ベアトリクス様、ご無事で……。へ、辺境伯様は?」
「ええ、ベアトリクス様は直ぐ近くに来ています。他の方の事は、ベアトリクス様から直接聞いてください」
辺境伯が既に殺されているという情報を告げてよいか判断できなかったエイクはそう答えた。そして、更に言葉を続ける。
「あなたは、この砦の副隊長のアメリア・ヨーセインさんで間違いないですか」
「そ、そのとおりだ、なぜ、名を?」
「ベアトリクス様に聞いていました。とりあえず、回復薬をお渡しします。まずは傷を治してください」
エイクは、アメリアの声を発するのも辛そうな様子を見てそう告げた。
そして、その言葉通り、魔法の荷物袋から回復薬を取り出す。上級の回復薬だ。アメリアの傷は重く、普通の回復薬では十分な回復を見込めないと思ったからである。
そして、アメリアの方に近づくと身を屈め、「どうぞ」と告げながら回復薬を差し出した。
「……あ、ありがたい」
アメリアは少し躊躇っていたが、結局そう告げて回復薬を受け取った。
エイクは改めてアメリアの身体の傷を確認した。
(……酷い傷だ。だが、腱や骨まで断ち切られてはいない。薬で回復すれば歩けるようにもなるだろう)
そう判断してから、エイクは意識を失って倒れたままのバルオンの方へ視線を向けた。
エイクの顔には強い嫌悪の表情が浮かんでいる。実際エイクは、バルオンに対して強い嫌悪感を抱き、こんな者達と同じだとは思われたくないと考えていた。
(俺自身、何人も女を犯している人間だ。善良な第三者から見れば、こいつらと同じ強姦犯だ。それは分かる。だが、それでも、こいつらよりはましなはずだ)
と、そのように考えていたのである。
(俺が犯したのは、俺を殺そうと攻撃して来た女たちだ。マーニャの場合はそうではないが、あの時は一応話し合って金銭的な取引で納得させていたし、他の者より優しく扱っている。
アズィーダも、最初からそういう条件を承知の上で、命がけで戦った結果だ。少なくとも、こいつらのように、反乱を起こして一方的に襲って犯したわけじゃあない。
それに、どの女に対しても、無理に傷を負わせることもしていない)
エイクはまたそうも思った。
実際、アメリアが負っていた傷の中には、激しい性行為の結果程度ではあり得ないものも多数ある。殴られたり首を絞められたりいるし、刃物で刺されたり、切られたりもされている。屋上にいた女も似たようなものだった。
明らかに意図的に傷を負わされているのだ。それをなしたバルオンらが殺傷行為に快楽を感じて好んで行ったに違いない。
エイクも随分と激しい性行為を行っており、その結果女たちの身体に多少の傷がつく事はあった。更に言えば、戦いの中においては女を殺してもいる。
だが、少なくとも殺傷行為そのものに快楽を感じて好んで行ったことはない。
殺傷行為に快楽を感じるなど異常だと思っているし、そんな異常者と同じには思われたくないというのが本音だ。
そのような事をつらつらと考えてしまったエイクだったが、仮にそんな説明したところで、大多数の善人には賛同して貰えないだろうという事も理解していた。
善人から見れば、強姦自体が異常な行いであり、自分もこいつらも、同じ悪人という事になってしまうのだと。
そして、そう理解できてしまうからこそ一層腹立たしかった。
(どちらにしろ、こいつらは殺す。こいつらと同じだと思われると考えるとムカつく。だから、こいつらは殺す)
エイクは随分と理不尽な結論を出した。
そして更に考える。
(ひょっとすると、父さんも同じように考えてこいつらを殺すと言ったのかも知れないな)
父ガイゼイクも、かつて今のエイクと同じような悪をなしていた事がある。しかし、悪人だったとしても、自分なりの矜持を持っていた。
だとすると、父も自分と同じように考えたのかも知れない。エイクはそんな気もしていた。
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