第63話 ワレイザ砦解放①

 エイクは、考えに耽るのを止めてアメリアの方に向き直った。

 アメリアは、若干躊躇いつつも回復薬を飲んでいた。上級の回復薬は問題なく効果を発揮し、傷は速やかに治っている。

 それに、精神的にもある程度は安定しているように見受けられた。身内を殺され、自身も苛烈な暴行を受けた直後である事を考えれば、大した精神力だと言えるだろう。


(こんな見た目だが、実年齢は40を超えているんだったな。南方辺境領はレシア王国との主戦場だったし、魔物の襲撃も多い場所だ。きっと歴戦の兵と言えるほどの経験を積んでいるんだろう。

 この様子なら、話を聞くことも出来そうだ。下も特に動きはないし、ここで少しでも情報を得よう)


 エイクが感知した限りでは、1階のオドは特に気になる動きを見せてはいない。

 今の騒ぎは1階までは届かなかったようだ。或いは、多少の音など気にならないような行為をしているかだ。

 いずれにしても、アメリアに状況を聞く余裕くらいはある。そう判断したエイクは問いかけた。


「すみませんが、話を聞かせてください。

 私は屋上から侵入して、この階に降りて来ました。ですから、下の階にはまだ敵が残っています。

 これから、可能ならばその者も討つつもりですが、その前に少しでも情報を得たいと思っています。敵について、分る限りの事を教えてください」


 アメリアはその問いかけに答える事にした。

 素顔も見せない怪しい男だが、少なくとも敵を1人倒し、回復薬を提供して自分を助けてくれたのだから、ともかく味方だと信じる事にしたのである。


「承知した。といっても、伝えられる情報はほとんどない。

 連中は正規の命令書を携えてやって来て、私たちが城壁の門を開けると問答無用で襲い掛かってきた。傭兵共とラモーシャズ家の私兵が主だったが、正規の騎士や兵士も含まれていた。数は少なくとも100は超えていたはずだ。

 私たちは分断されてしまい、一部の者はこの部屋に立て籠もって戦ったが、他の者達がどう戦ったかはわからない。だが、いずれにしても長くは持ちこたえられなかっただろう。

 砦を制圧した後、どうやら敵の多くは何処かへ移動し、砦に残ったのは傭兵たちが30程度だけの様だ。私にはこのくらいしか分からない」


「魔法とか特殊な攻撃をして来たり、珍しい道具を使ったりする者はいませんでしたか?」

「少なくとも私が見た限りではそんな者はいなかった」


「“雷獣の牙”の団長のゼキメルス・サルマイドは攻撃に参加していましたか?」

「いや、奴は来ていなかったようだ。

 あの男が、反乱を起こしたという事なのか?」


「いえ、主犯はラモーシャズ家の者達だそうです。傭兵団はそれに加担したと聞いています」

「そうか……。

 それで、ベアトリクス様は近くにいらっしゃると言っていたが、どちらに……」


「砦の外で待ってもらっています。

 ですから、出来るだけ早く砦の敵を一掃して砦に入ってもらうべきです。敵の中で特に強い者や注意が必要な者はいませんか?」

「おそらく、今しがた貴殿が倒した男が最も強かったと思う。絶対とは言えないが」


「それでは、2階と1階の構造を教えてください」

「分かった。まずこの階から2階へ下りる階段は……」


 改めてアメリアから砦の構造を聞いたエイクは、他の事を依頼する事にした。

「よく分かりました。

 それから、お願いしたいことがあります。屋上に一人女性がいます。命に別状はないようでしたが、大分傷ついていました。その方を保護しておいてください」

「ッ! もちろんだ。その者を、助けてくれたという事なのだろうか?」


「結果的には、そういう事になります」

「ありがとう。深く感謝する」

 そう告げて、アメリアは深々と頭を下げた。そして、頭を戻して言葉を続ける。


「他にも、捕らえられた者達がいるはずだ。厚かましい願いだと承知しているが、どうか、その者達も助けて欲しい」

「善処します」

「すまない」

 アメリアはそう言ってまた頭を下げる。


 次にエイクは、バルオンを指さして言った。

「あの男はまだ生きています。後で尋問するつもりなので殺さないでください。

 それから、縛り付けてはいますが、念のため近寄らないようにしてください」

 アメリアが怨敵を殺そうとするかも知れないし、最悪不用意に近づいて不覚をとる事もあり得る。エイクはそんなことを危惧していた。


「承知した」

 アメリアは即座に了承した。

 彼女も敵から情報を得る事の重要性は分かっている。私怨を優先するつもりはなかった。


 アメリアの返答を聞いたエイクは、立ち上がって更に告げる。

「では、私は下に向かいます」

 そして、扉の方へと向かって歩みを進めた。


 アメリアはエイクを引き留めなかった。先ほどのバルオンを一蹴した技量をみれば、並みの傭兵30程度ならば勝てるだろうと判断したからだ。そして、無策に突っ込むほど考えなしでもないだろう、と。

 むしろ、生き残りの者達を少しでも助けて欲しいと切に願っている。

 そんなアメリアの思いを他所に、エイクは次なる標的である1階にいる者達へと意識を移していた。




 1階に残っているオドが全部で28のまま。場所もほとんど動いていない。

 先ほどアメリアから聞いた1階の構造も考え合わせると、恐らく全員が一つの大広間にいるようだ。

 エイクは、気配を消してその場所へ向かいながら、どうするべきかを考えた。


(28の内いくつかは捕虜にされた女たちだろう。だが、それを差し引いても敵はまだ20前後はいる。その全員を揃って誘き出すのは無理だな。直ぐに突入して、問答無用で倒すべきだ。

 女達が人質にされた場合、助けることは出来ないが、やむを得ない。善処すると言っただけで、全員助けるとは約束したわけではないのだし……)

 そこまで考えたところで、エイクは自分が敵を全て討てる事を前提にしている事に気づいた。それは過信というべきものだ。


(世の中には、俺と同じように実力を隠そうと考えている者もいるはずだ。そんな者が一介の傭兵に身をやつしている事もあり得る。

 勝てない相手がいたなら逃げる事も考えておかないといけない。

 まずは勝てるかどうかだ。女たちを助けられるかなど、今から気にする事じゃあない)


 エイクはそう考えて気を引き締める。

 そのうちに敵が詰めている広間の近くに至った。広間の扉は開かれたままになっていた。

 エイクは気配を消してその扉の間近まで進む。


 広間からは聞き耳を立てるまでもなく声や物音が聞こえて来ていた。非道な行いがなされている事を示すものだ。そして、エイクの接近に気づいた様子はない。

 既に意を決していたエイクは、一度だけ深呼吸をするとクレイモアを構え、躊躇いなく無言で広間へと駆け込んだ。


 広間では、予想通り幾人もの女たちがそれぞれ複数の傭兵達に嬲られていた。

 入口の一番近くにいた傭兵の1人が侵入者に気づき声を上げる。

「何だぁ、手前ぇ!」


 エイクは問いに応えず、一瞬の遅滞もなく袈裟懸けにクレイモアを振るった。

「ぐはぁ」

 傭兵が断末魔の声を上げる。一撃で致命傷を受けていた。


「ッ!!」「なッ!」「どうした!」

 付近の傭兵たちは様々な反応を示した。最初に切られた傭兵の直ぐ近くにいた者達は、エイクの一撃を目の当たりにして絶句し、まだ状況を理解していない者は問いを発する。

 エイクは、それらの一切に頓着せず、続け様にクレイモアを振るい傭兵たちを攻撃した。


 酒を飲み、快楽にも溺れていた傭兵たちの対応は通常よりも遅れた。それでも武器を手にして対抗しようとする者もいたが、全く相手にならない。

 そして、エイクの用心は結果的に杞憂だった。傭兵の中に隠れた実力者などはおらず、咄嗟に女たちを人質に取ろうとする者もいなかった。

 エイクの攻撃の前に、速やかに全員が倒れ伏す事になったのである。エイクが全力を出す必要すらなかった。

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