第54話 ラモーシャズ家の悪女たち①
エイクから逃げたオスグリア・ラモーシャズは、配下を引き連れて、そのまま領都トゥーランに向かった。
付近にいた配下の兵士たちを糾合してもエイクに勝てないことは明らかだったからだ。それに、彼女の配下達の中に、森の中で密かにエイクらを追跡できる者もいなかった。
こうなってしまっては、一刻も早く他の者達に情報を伝え、対応策を協議しなければならない。
オスグリアは日が沈む前には領都トゥーランに帰り着いた。
トゥーランの街は一応の平静を保っていた。マグネイア・ラモーシャズらの反乱は、領主の館や領兵の詰所くらいでしか戦闘にならず、他には逃走を図ったベアトリクスを守ろうとする者達と追跡者が戦ったくらいで、市街に大きな被害は出ていなかったからだ。
そして、辺境伯を裏切った家宰のゴイセン・スフロスによって謀反が起こったが速やかに鎮圧された。との布告が出されていたからでもある。
その布告は、形式上は正式なものだったし、裏切った一部の騎士や領兵が市街を巡回して騒ぎを取り締まった。
その結果、逃げ延びた騎士や領兵も、速やかに領都から逃れたり或いは身を隠したりして、武力闘争は拡大しなかったのだ。
もちろん、それでも何か異常な事態が起こっていると察している住民は少なからずいた。特に領主の館に勤めていた者達は外に出る事を禁止され事実上軟禁されていたから、その家族などの動揺は大きかった。
だが、即座に騒ぎを起こす住民はおらず、大半の者がとりあえず身をひそめて様子を伺おうとしていた。
こうしてトゥーランの街は、異様な緊張をはらみつつも、街全体が身をひそめているかのように静まっていたのである。
オスグリアはそのトゥーランの市街を抜け、速やかに領主の館に向かった。
館に着いたオスグリアは、引き連れていた兵士達を館の前に待機させ、側近といえる2人だけを引き連れて館に入る。そして、1人の侍女を捕まえて姉マグネイアの下へと案内させた。先触れを向かわせる余裕すらない。
マグネイアが居たのは生前のヴェスヴィア辺境伯が使っていた私室だった。
その部屋の前に着いたオスグリアは、ノックをするのと殆んど同時に声を上げた。
「姉さん、私だ。入らさせてもらう」
そして、返答も待たずに扉を開けて入室する。
「どうしたの? オスグリア。そんなに慌てて」
そんな声が上がる。マグネイアのものだった。
マグネイア・ラモーシャズ。クミル・ヴィント二重王国の女侯爵にして今回の反乱の首謀者。彼女は当年34歳になる妖艶な肢体と美貌の持ち主だった。
妹のオスグリアと同じ綺麗な赤毛は美しく波打って腰に届くほどに伸びている。そして、赤を基調にした豪奢なドレスを身に着けていた。
ドレスは胸元が大胆に開いており、その肌を惜しげもなく晒している。金に糸目をつけずに、その瑞々しい美しさを維持していた事が分かる張りのある肌だった。
そしてもう1人、マグネイアの娘も同室している。名はローレイアといった。
ローレイアは16歳。彼女もまた母や叔母同じ赤毛を肩くらいにまで伸ばして、白いドレスを上品に身に着こなしている。その容貌は母や叔母に比べると優しげで可愛らしく見えた。少なくとも見た目だけは。
ローレイアも、声は上げなかったがオスグリアの様子に少し驚いているようだ。
マグネイアとローレイアは共にソファーに腰掛け、オスグリアが入ってくるまで優雅に談笑していた。
しかし、2人が居る部屋の様子は、正気を疑わざるを得ないほどの異様なものと化している。
元々はかなり広いが殺風景な部屋だった。吝嗇だったヴェスヴィア辺境伯には私室を飾り付ける趣味はなかったからだ。
だが今は、世にも恐ろしい装飾品がソファーの前の机の上に置かれている。それは、辺境伯とその嫡男の生首だった。しかも、既に簡易な防腐処置が施されていた。本当に装飾品として意図的に置かれているのである。
その上、室内にいるのはマグネイアとローレイアだけではない。床に全裸の男女が2人ずつ転がっていた。
その者達は、いずれも館に仕えていた使用人だった。4人ともまだ生きている。だが、かろうじてだ。その身体は散々に傷つけられ、一部は切り刻まれて酷く損壊していた。指などは全て切断されている。息も絶え絶えでもはや死を待つばかりの有様だ。
それは、マグネイアとローレイアの行いの結果だった。床には彼女らが使った拷問用の器具が転がっている。
マグネイアとローレイアは恐るべき暴虐をその4人の男女に振るい。血に汚れた衣服を着替えた上で、その死に行く者達をわざわざ床に置いたままにして、それを眺めながら談笑していたのである。一思いに殺すのではなく、そんな過程を経てから殺そうとしていた。
4人が何らかの罪を犯したという訳ではない。マグネイアとローレイアはただの戯れの為にそのような暴虐をなしたのだった。
常軌を逸した加虐趣味。
ラモーシャズ家の3人の女達は、そんな異常な性癖に取り付かれていた。
そして、それこそがラモーシャズ家が二重王国から逃れる事になった原因だった。
かつて、マグネイアの伴侶にしてローレイアの父だった男が存命だった頃、彼は家族の異常性を懸命に抑えていた。だが、その事を煩わしく思った女達は彼を殺した。それがおよそ2年前のことだ。
以来女達は、たがが外れたように残虐行為に耽溺するようになる。見目の良い領民などを捕らえて思う様甚振り惨殺するようになったのだ。
その為の尖兵となる私兵たちも揃えた。私兵たちは当然ながら残虐行為に忌避感を持たない者たちで、時を置かずに主同様に残虐行為に耽るようになる。
間もなくして、ラモーシャズ家の行いが世上に取り沙汰されるようになった。以前から噂程度にはなっていたが、もはや噂どころでは済まない状況となったのである。
たがが外れた女たちが頻繁に民を惨殺するようになった結果、隠蔽工作が間に合わなくなってしまったのだ。
それに目をつけたのが、ヴェラール・ヴァレンティア公爵だった。レシア王国の有力貴族にして、駐留総監という立場で二重王国に駐留し、実質的な最高権力者となりおおせている男である。
当時、レシア王国に反抗する貴族の決起を鎮圧し、独立派貴族を弾圧し、情勢を安定化させることに成功していたヴェラール・ヴァレンティアは、更なる勢力の拡大を望んでいた。有体に言えば、何れかの有力貴族を滅ぼしてその領土を自分の影響下に入れたいと考えていた。
だが、罪のない貴族を陥れたり滅ぼしたりしてその領土を奪えば、他の貴族達も動揺し、或いは反感を抱き、折角安定した情勢がまた乱れてしまう。やるならば、滅ぼされても仕方がないと思われるような悪辣な貴族を狙う必要があった。
そんな事を考えていたヴェラール・ヴァレンティアにとって、名門貴族で広い領土を誇り、そして信じ難い暴虐を行っていると人口に膾炙するようになったラモーシャズ侯爵家は正に打って付けの標的だった。
十分な証拠を集めたヴェラールは、ラモーシャズ侯爵家に対して公開質問状を送り付け、調査団の派遣を要求し、ラモーシャズ侯爵家弾劾の準備を着々と進めた。
このような事態を受け、マグネイアらラモーシャズ侯爵家の者達は、弾劾される前に逃げる事にした。アストゥーリア王国へと亡命したのである。
だが、実はこれはヴェラールの謀の結果だった。ヴェラールの手の者が、マグネイアらが亡命を望むように誘導していたのだ。
そのような事を行った理由は、より簡単にラモーシャズ侯爵家の領土を手に入れるためだった。
もし正式な方法でラモーシャズ侯爵家を罪に問おうとするならば、相当の期間と手続きが必要となる。相手は名門貴族なのだから当然だ。
しかも、そのような手続きを取ったとところで、結局他国の者であるヴェラールが有力貴族を滅ぼす事に反感を持つ者も少なからず現れるだろう。
これに対して、ラモーシャズ侯爵家が自ら逃げ出してしまえば、その時点で、主のいなくなった領土を管理するという名目でヴェラールの影響下に置くことも可能だ。
逃げたのは疚しいことがあったからだ。というように印象を操作する事も出来るし、弾劾や審問も文字通り欠席裁判でスムーズに進む。
目的はあくまでラモーシャズ侯爵家の領土であり、悪を裁くことなど目的にしていなかったヴェラールにとっては、ラモーシャズ侯爵家がさっさと亡命してくれた方が、都合が良かったのである。
そんな事情があったからこそ、一族郎党揃っての大規模な亡命が簡単に成功したのだった。
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