第53話 ワレイザ砦を目指す
その後エイクは、ベアトリクスに貸していた黒色のマントを一時返してもらい、その端を帯状に切り裂いた。顔を隠す覆面代わりに使う為だ。
まず、ターバンのように頭に巻きつけ、目立つ金髪をまとめて隠し、鼻から口元も覆うつもりである。
そんな作業をしながら、エイクはまたベアトリクスに声をかけた。
「この後の行動だが、ワレイザ砦に向かうべきだと思う。最も手薄になるはずだからだ。だから、ワレイザ砦について出来るだけ詳しく教えて欲しい」
これは妥当な判断だといえるだろう。
元々ヴェスヴィア辺境伯領の三つの拠点の中で、現在最も重要度が低いのはワレイザ砦だ。
その上、ベアトリクスを取り逃がしてしまった以上、反乱者たちにとって最も困るのはベアトリクスに他領に逃げられる事である。必然的に他領へ向かう東の境界周辺の監視を強めるはすだ。逆の方角にあるワレイザ砦に多くの人員を割くはずがない。
「分った。まず、砦の作りは……」
ベアトリクスも知る限りの内容を素直に答えた。
ワレイザ砦の構造、砦の地下にある枯れた迷宮の構造、ワレイザの街の状況、そして本来の守備隊の編成と警備体制等についてだ。
ベアトリクスの説明を聞いたエイクは、ワレイザ砦に向かうべきだという考えを強めた。
(ワレイザ砦にいる敵兵は、きっと100未満だ。それに、ゼキメルスがいる可能性も低い。俺なら、かなり高い確率で砦を奪還出来る。
ワレイザ砦が奪還されたと知れば、反乱者たちは討伐軍を差し向けてくるだろう。罠を仕掛けて迎えうってもいいし、裏をかいて手薄になるはずの領都に向かって領都奪還を目指してもいい。対処の方法はいろいろある。
だが、とにかく急いだ方がいいな。ワレイザ砦に着くのは1分でも1秒でも早いに越した事はない)
そう考えたエイクは、顔を覆う作業を終えるとベアトリクスに提案した。
「俺があなたを背負って行けば一番早く着く。背中に乗ってくれ」
「な、何を言っている! そんな必要はない。私は自分の足で歩ける」
ベアトリクスはその提案を拒否した。
(まあ、露骨に欲望を向けてくる男に背負われたくないというのも当然だが、そんな事を言っている場合じゃあない)
エイクはそう考えて、自分が推測した事を告げた。
「今、ワレイザ砦守備隊の副隊長は隊長の妻、つまり女で、そのせいもあって守備隊には女の騎士や兵士が何人もいたと言っていただろう?
その女たちの多くは、きっとまだ生かされている。欲望のはけ口にするためにな」
「ッ!」
ベアトリクスは絶句してしまったが、それは十分に考えられることだ。
エイクはさらに言葉を続けた。
「副隊長本人は相応の歳なのかもしれないが、それでもそういう対象にされる可能性はある」
ベアトリクスが、少し口ごもりながら答えた。
「……いや、彼女は、40歳以上になっているが、見た目はとても若い。私より若く見えるほどだ……」
エイクは訝しく思った。実年齢よりも若く見える者も確かにいるだろうが、流石にそれは極端すぎる。
ベアトリクスが事情を説明した。
「彼女はハーフドワーフなのだ」
「それは、珍しい話だな」
エイクは思わずそう返した。
社会全体として異種族ハーフが特に排斥されているわけではないが、国や貴族に仕える例は余り多くはない。
特にヴェスヴィア辺境伯も含む南方旧貴族は、アストゥーリア王国では例外的に血統主義の傾向が強かった。異種族ハーフがそれなりの地位に就くのは難しいはずなのである。
ベアトリクスが更に説明を続ける。
「彼女には特別な事情がある。両親は共に人間で、以前から当家に仕えてくれていた者達だ。にもかかわらず、彼女はハーフドワーフとして生まれた。極めて稀に、そのような事が起こるのだそうだ」
「なるほど、“取替え子”という奴か……」
人間の両親から異種族ハーフが生まれる事をそのように言うことがあった。かつては文字通り何者かに何らかの方法で子供が取り替えられたと思われていたからである。
しかし現在では、両親共に先祖に異種族がいる場合に、極稀に起こる事だということが判明している。
「良く知っているな。
まあ、そういうことだから、彼女の見た目はとても若い。……それに、器量も良かった」
ベアトリクスはそんな説明を続けた。
ドワーフという種族は、人間からは奇妙に見える成長の仕方をする。男は幼い頃から中年のように見え、女はいつまでも幼い姿のままに見えるのである。
ドワーフの寿命はおよそ200歳ほどなのだが、女のドワーフはそのうち百数十年間を、人間ならば12・3歳くらいに見える容姿で過ごす。
そのような性質はハーフドワーフにも引き継がれる。ハーフドワーフの女は15・6歳くらいの見た目でとても長い期間を生きるのである。
その上、その副隊長は容姿も優れていたらしい。つまり、見た目は10代中ごろの美少女というわけだ。
「なら、自害でもしない限り、まだ生きている可能性は高いはずだ。
それは要するに、今この時も酷い苦痛を受けているかも知れないということだ。そして同時に、まだ助けられるかも知れないということでもある。もし、助けられたなら、貴重な戦力になってくれるかもしれない。
どっちにしろ、一刻も早く砦に向かうべきだ。違うか?」
「そなたの言うとおりだ……」
「なら、我慢して背負われてくれ。
俺は体力には自信がある。貴女を背負ったまま、貴女が歩くよりもずっと早く移動して、しかも直ぐに戦うだけの体力を温存することが出来る」
「……分った。そなたに従おう」
了承を得たエイクは、ベアトリクスに背を向けて、改めて腰を下ろした。
ベアトリクスはその背に負ぶさり身を委ねる。
「しっかり掴まってくれ」
そして、そのエイクの言葉に従ってエイクの首に両腕を回す。
エイクは、両腕でベアトリクスを支えると立ち上がり、直ぐにかなりの速度で歩き始めた。
予めヴェスヴィア辺境伯領の地理を調べていたエイクは、現在地からワレイザ砦へ向かうルートを把握していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます