第55話 ラモーシャズ家の悪女たち②

 アストゥーリア王国への亡命にあたって、ラモーシャズ侯爵家の者達は予めヴェスヴィア辺境伯家と連絡を取り、その領土に身を寄せる事にしていた。

 ヴェスヴィア辺境伯家が孤立している事を知り、自分達の悪評が届き難いと考えたからだ。

 また、その時点で既に、あわよくば家ごと乗っ取れるかも知れない。などと、悪辣な事を考えてもいた。

 そして、ヴェスヴィア辺境伯家に身を寄せた結果、アストゥーリア王国で行動が制限されることもなかった。


 実は、アストゥーリア王国の軍務大臣エーミール・ルファス公爵は、クミル・ヴィント二重王国の情勢を注意深く探っており、ラモーシャズ侯爵家の悪評も知っていた。

 普通ならば、亡命してきたラモーシャズ侯爵家の者達を拘禁し、悪事を働かないように何らかの手を打ったはずだ。

 しかし、亡命先がヴェスヴィア辺境伯家だったために何の対応もしなかった。

 エーミールは、その時既にヴェスヴィア辺境伯家を助けるべき味方とは考えていなかったのである。


 ヴェスヴィア辺境伯家は最早信用できない。現在の孤立状態を考えれば、今度こそ本当に敵に寝返るかも知れない。そのくらいなら問題のある者たちを受け入れて混乱してくれた方がむしろ都合がよい。エーミールはそう考えた。

 その時エーミールは、ラモーシャズ家の者達が、まさか辺境伯を殺害までするとは流石に予想していなかった。この点で、エーミールの認識も甘かったと言える。


 そして、ヴェスヴィア辺境伯家ではベアトリクス以外の者はラモーシャズ侯爵家を疑わなかった。

 こうして、ラモーシャズ侯爵家の者達は、ヴェスヴィア辺境伯家で自由に行動する事が出来るようになっていたのである。

 そしてついに、このような反乱を起こすに至ったのだった。


 とりあえず領都トゥーランの制圧に成功すると、マグネイアとローレイアは、亡命して以来隠していた残虐性を直ぐに露わにし、既に幾人かの使用人を犠牲にしていた。

 だが、表面上順当に進んだ反乱だったが、ベアトリクスを取り逃がしてしまった事によって大きなほころびを見せるに至ってしまったのである。

 オスグリアはそのことを告げた。


「すまない。姉さん。ベアトリクスに逃げられた……」

 そして、掻い摘んで状況を説明する。

 マグネイアは眉をひそめた。ベアトリクスに他領へ逃れられれば今回の企みは容易に破綻する。


 オスグリアが言葉を続ける。

「直ぐに対応策を考えなければならない」

 マグネイアもその考えに同意した。

「……そうね。他の者達を呼び出してちょうだい」

「分かった」

 オスグリアは、そう告げると速やかに部屋を出た。


 部屋を出たオスグリアは外に控えていた側近の1人に告げる。

「直ぐに会議を開く。家宰と傭兵共にも伝達しろ」

「はい。直ちに」

 そう告げて側近は足早にその場を去る。


 側近の一人が去った後、憤懣やるかたないオスグリアは大きく悪態を吐いた。

「くそッ!」

 そして、ここまで案内した侍女がまだこの場にとどまっており、震えながらこちらを見ている事に気づいた。


「何を見ている」

 オスグリアは、苛立ちを隠しもせず強い口調で侍女に向かってそう告げる。


「い、いえ、その……、何かお手伝いする事でもあればと……。お召替えをなさいますか?」

 侍女はそう答えた。問いかけを無視することはできない。とりあえず何か答えた方がいい。そう思ったからだ。

 そして、外から戻ったのだから着替えるというのは、侍女にとって普通の感覚だった。


 だが、オスグリアは素直には受け取らなかった。

「私が、汚れていると言いたいのか」

「い、いえ、そういうわけでは……」

「私を、薄汚れた敗残者だと思っているのだな」

 それは、言いがかりそのものだった。


 侍女も抗弁する。

「そ、そのようなことは……」

 だが、異常者であるオスグリアには全く無駄だった。


「無礼者がッ!」

 オスグリアは、そう告げると、左手でいきなり侍女の首を掴み、勢いよく壁に押し付ける。

「うッ」

 侍女は苦痛の声を上げた。


 そして更にオスグリアは、右手の親指と人差し指を侍女の両目に突き入れる。一切の遠慮なく、力の限りだ。

「あ、ああああ!」

 侍女は絶叫したが、オスグリアはまるで頓着せず、眼球をえぐり侍女の目を潰した。


 オスグリアが右手の指を侍女の眼窩から抜き左手も放すと、侍女はその場に崩れ落ち呻き声をあげる。

 オスグリアはその様子を満足気な笑みを浮かべて眺めた。暴力を振るった事で、精神の均衡を取り戻したのである。正に異常者の振る舞いそのものだった。

 そして、その場に残っていたもう一人の側近に告げる。


「この女は、後で兵たちの慰安に使う。士気を回復させねばならないからな。

 会議が終わった後で私も参加するから、それまで捕らえておけ」

「かしこまりました。兵たちも喜ぶでしょう」

 側近の男も笑みを浮かべながらそう答える。それがまるで普通の事であるかのように。


 実際これは、オスグリア達にとっては普通の事だ。

 今までにも、配下の私兵たちに女を散々に嬲らせ、自身も残虐な暴力を振るい、そして死に至らしめる。などという暴挙を度々行っていた。

 私兵たちも、そのような行いを普通の事と思うようになっている。

 これが、ラモーシャズ家における常態と化しているのだった。獣にすら劣る悍ましい生態と言わざるを得ないだろう。


 オスグリアは、自分たちの異常な行いを気にも留めずにその場を去った。

 会議の前に、とりあえず一息入れるつもりだった。

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