第50話 悪名高き傭兵団
エイクが確認の為に聞いた。
「その“雷獣の牙”の団長は“雷刃剣”のゼキメルス・サルマイドという男か?」
「その通りだ。有名な者なのか?」
エイクは、顔をしかめながらベアトリクスに答える。
「有名というか、悪名が高い男だ。配下の連中も含めてな。アストゥーリア王国で活動したのは今まで一度だけだが、相当非道な事をしたそうだ。ランセス丘陵の戦いの時の事だ」
5年前、ボルドー河畔の戦いでレシア王国軍を討ったアストゥーリア王国軍は、期を同じくして侵攻して来ていたクミル・ヴィント二重王国軍へと急行しこれも撃破した。それがランセス丘陵の戦いである。
だが、この時レシア王国軍への対応を優先した為に、二重王国軍には比較的深く侵入された。その結果、逃げ遅れた村の幾つかが二重王国軍に襲撃されてしまったのである。
その襲撃の中でも最も残忍な行いをしたのが、当時二重王国軍に雇われていた傭兵団“雷獣の牙”だったのだ。
その事をエイクに教えたのは父ガイゼイクである。
ランセス丘陵の戦いの際、ガイゼイク率いる炎獅子隊と接触した“雷獣の牙”は、まともに戦わず早々に逃げてしまった。
その時は情けない傭兵団だと思っただけだったが、後に“雷獣の牙”の行いを知ったガイゼイクは彼らを討ち果たせなかった事を悔いる事になる。
“雷獣の牙”の行いは、長く戦場に身を置いていたガイゼイクですら目を覆いたくなるほどの残虐行為だったのだ。
端的に言えば、男は殺し、女は犯して殺した。という事なのだが、殺すまでに行った行為は筆舌に尽くしがたいほど残忍で異常と言えるほどのものだった。
戦後ガイゼイクは、“雷獣の牙”の行いを事細かにエイクに語って聞かせた。ガイゼイクは、そのような事を子供に聞かせることが教育上問題であるといった配慮が出来ない男だった。
そしてガイゼイクは、次に相まみえることがあれば、必ず皆殺しにしてやる。と、かなり強い意思を込めて語った。
お陰でエイクは、“雷獣の牙”という傭兵団の事を記憶に留めることになったのである。
その後も、幾つかの戦の話の中で“雷獣の牙”の名を聞くことがあったが、そのどれもが程度の差こそあれ残虐行為の噂を伴っていた。
だが、そのことは“雷獣の牙”がそれなりに有能な傭兵団であることも証明している。ただ凶暴なだけで役に立たない傭兵団が雇われ続けているはずがないからだ。
現在、ほとんどの国は、戦において残虐な行いを禁止している。特に相手を過剰な拷問や陵辱の末に殺す事は厳禁とされている事が多い。
それは、倫理的な理由だけではなく、余りにも強い恨みを残して死んだ者は強大なアンデッドとして甦る事があるという理由にもよる。
戦場でそのような強大なアンデッドが生じると、それに引きずられて多くの戦死者がアンデッドと化し、戦どころではなくなってしまう事すらある。
無論、それほどの事態に至るのは極稀だ。だが、歴史上数回は実際に起こっている。
この為、残虐行為禁止の規律は建前だけのものではなく基本的に遵守が求められる。
“雷獣の牙”は確実にその規律を犯している。いうなれば不良傭兵団だ。にもかかわらず彼らを雇う者がいるということは、それなり以上に役に立つ面もあるということなのだろう。
エイクはそのような事を掻い摘んでベアトリクスに説明した。
そして最後に、特に注意すべき存在である団長のゼキメルスについて語った。
「団長のゼキメルス・サルマイドは、雷刃剣グロスという銘の強力な魔剣を手にした優秀な戦士だという。雷刃剣グロスは合言葉を告げると雷撃を帯び、その状態で攻撃を当てれば成竜すら一撃で昏倒させるそうだ。油断ならない相手だ」
ベアトリクスは顔色を悪くしていた。
自分の領内にそのような強さと凶悪さを併せ持つ者達が入り込んでいて、今正に無法行為を行っている事に恐怖と不安を感じたからだ。
「その者には、そなたでも勝てないのだろうか?」
ベアトリクスはエイクの瞳を真っ直ぐに見てそう聞いた。
「いや、勝ち目は十分にある……」
エイクはそう返した。それは偽らざる本心だ。
もしもゼキメルスの強さがエイクに匹敵するほどなら、もっとその名を轟かせているはずである。何しろ、エイク並の強さがあれば、個人で戦局に影響を与える事もできるのだから。だが、ゼキメルスがそこまでの活躍をしたという話はなかった。
むしろ、伝え聞くその行いから判断する限り、ゼキメルスの実力はエイクより数段劣るように思われる。
もちろん実力を隠している可能性もあるから、伝聞だけでその強さを断定する事はできない。
しかし、今ある情報に基づくならば勝てる可能性はかなり高いといえるだろう。
(雷刃剣グロスが噂どおりの能力を持っているなら注意が必要だ。だが、これも怖気づいて逃げるほどの物とは思えない。
俺の生命力や耐久力の高さは相当のものだ。特に魔法への耐久性はかなり優れている。
成竜どころか、並の大竜すら耐えられない魔法攻撃でも、俺なら耐えられる。もしも、文字通り「成竜すら昏倒させる」程度の威力なら、俺には効かない。油断すべきではないが、少なくとも今の時点で逃げを打つ根拠にはならない)
エイクは敵の脅威についてそのように考察した。
それに、敵に“雷獣の牙”がいると聞いて気持ちが滾ってくるのを感じてもいた。
(父さんは、連中を許さないと言っていた。次にあったら必ず殺す、と。だから、代わりに俺が殺す。これもきっと父さんの意思を継ぐことになる)
と、そのような考えを懐いたのである。
妖魔討伐戦の後、炎獅子隊副隊長のギスカーから、父ガイゼイクの後を継いで炎獅子隊長になる事を目指して欲しいと言われた時、エイクは自分の心が動くのを感じていた。今すぐはありえないが、父の仇を討った後ならば或いは。と、そう思ってしまった。
その時のギスカーの熱意には感じるところがあったし、炎獅子隊長として活躍する父の姿に憧れていたことを思い出して、父の後を継ぐということに魅力を感じたのである。
後になって冷静になれば、やはり軍首脳部への不信感は拭えず、軍に仕官する気持ちは相当薄れていた。
だが、父の後を継ぎたいとの思いは強く残った。
父が生前したいと思っていた事を自分が行う。それは、ある意味で父の後を継ぐ事になるのではないか。エイクにはそう思えた。
(父さんは、はっきりと“雷獣の牙”の連中を「皆殺しにしてやる」と言っていた。だから、俺が代わりに皆殺しにする)
そして、そんな物騒な事を決意した。
この時点で、エイクは傭兵団“雷獣の牙”とその団長ゼキメルス・サルマイドを戦うべき敵の主軸と捉えた。
エイクにとっては、首謀者が誰かよりも、最も手強い相手は誰かの方が重要だった。そして、父ガイゼイクがただ憤っただけというと一方的なものではあるが、多少の因縁もある相手だからだ。
実際、現在の事態を解決するための最大の障害は、敵の中で最も権威がある者ではなく、最も戦闘能力に長けた者になる。
むしろ、権威などほとんど意味をなさない。今やこのヴェスヴィア辺境伯領は、通常の社会秩序は通用しない暴力がものを言う場になっているのだから。
本来の支配者が暴力で打倒され、国家の介入もしばらくないならば、身分だの地位だの役職だのは役に立たない。力こそが絶対の価値となる。いわば弱肉強食の獣たちの世界と同じだ。
そして、それはエイクにとって望むところだった。
(領主の一族に雇われて反乱軍と戦うなら、どう戦ってどう殺そうが、誰に憚る事もない。何の遠慮もなく戦える。“雷獣の牙”の連中も、当然何に遠慮することもなく戦うだろう。
要するに、ここから先の、俺と“雷獣の牙”との戦いは、何の制限も規則もない剝き出しの殺し合いになる。悪党同士の殺し合いだ)
そう考えるエイクの瞳には、剣呑な光が宿っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます