第46話 正義を気取るつもりはない
確かに、もしもこれが正義の主人公が活躍する英雄物語の一節だったならば、主人公は女性の危機を救う為に、即座に男達の前に飛び出すべきだっただろう。
しかし、エイクはベアトリクスが兵士達に囲まれているのを見つけても、しばらく様子を見た。
その理由は、オスグリア達に告げたとおり、罪人が追われているのかも知れないと思ったからだ。
1人の女性が武器を持った多くの者に囲まれているというだけでは、女性が善人で周りの者達が悪人と断定はできない。その女性が貴人だったとしても、貴人が罪を犯して逃げる事もある。
まして先ほどの状況では、女性を取り囲む者達は揃いのサーコートを着ており、官憲や騎士団員のようにも見えた。
官憲と敵対すれば、まず間違いなく面倒毎になる。事情も分からずに一方的に女の味方をするのは拙策だ。エイクはそう思っていた。
まあ、女に向かって生首を投げつけた時点で、流石にそれはまともな官憲の行いとは思えなくなっていたが、中には残忍な事をする官憲や騎士もいる。そう考えて尚もエイクは様子を見ていた。
結局介入したのは、いよいよ女が辱められそうになったその時だった。
正義の主人公の行いとしては、手遅れではないにしても、少々遅いというべきだろう。
ちなみに、その状況でもエイクがオスグリア達の言い分を聞こうとしたのは、たとえ相手が女を犯して殺そうとするような者達でも、自分にはそれを一方的に責める資格はないと思っていたからだ。
実際エイク自身、敵対した女を犯したこともあれば殺したこともある。
もし目の前で行われようとしている事が、互いに敵対し殺しあった挙句の果ての行為だったならば、それはエイクが今まで行って来たのと同質の行為というべきだ。
確かに客観的にみてエイクにそれを責める資格などない。
だが、襲われている女には否がなく一方的に攻撃されているだけという可能性もある。もしもそうなら、それを見過ごす気にはなれない。
結局、どちらとも判断がつきかねたエイクは、相手の言い分を聞いてみることにしたのである。
もっとも、言い分を聞いたところでエイクには真実など分からない。
だから、オスグリアがエイクの問いかけに答えて、もっともらしい事情でも告げたなら相当面倒な事になってしまうところだった。
しかし、オスグリアは短絡的な行動に出た。お陰でエイクは躊躇うことなく攻撃する事が出来た。これはエイクにとって幸運だった。
(それに、全力で戦っていなかった事も、正義の味方にはあるまじき行動だったといえるだろう)
エイクは続けてそんな事も思った。彼は先ほどの戦いで、以前に考えたとおり実力を隠していたのだった。
エイクは、それでも余裕を持って勝てると見込んで参戦しており、事実勝てたのだが、それはつまり、ベアトリクス救出に全力を出さなかったという事でもある。
ベアトリクスをより確実に助ける事よりも、自分の実力を隠す事を優先したというわけだ。確かに正義の味方の行いではない。
しかし、エイクはこのことをさほど気にしてはいなかった。今更正義の味方を気取るつもりはない。むしろ自分は悪人だと自認していたからだ。
それに、“運命のかけら”と呼べるものが実際に作用していたとしても、それに拘るつもりもない。そんなものに頼らずに、自分の道は、自力で切り開くべきものと考えていたからだ。
エイクは“運命のかけら”云々について考えるのをやめ、他の事について考えを進めた。
(だが、助けに入ったのはともかく、馬鹿正直に名前を名乗ったのは大失敗だったな。もしも後で俺の行動を調べられたら、移動速度が速すぎる事がばれる)
と、そんな事を考えたのである。
確かに、早朝に王都アイラナを出発したエイクが、昼前にヴェスヴィア辺境伯領の近くにいた事を知られれば、何か特殊な移動手段を持っていることが推測されてしまう。普通の手段ではそんなに速く移動は出来ないからだ。
つまり、エイクとしては、今この時間にこの場所いることは誰にも知られるべきではなかったのだ。
(この人は俺についてそこまで詳しくは調べないだろうが、もしも俺が今ここにいた事実が広まってしまったら、きっと誰かが移動速度がおかしい事に気付く。
少なくとも、俺に関心を持っているはずの“虎使い”は確実に気付くはずだ。
流石に、それだけでいきなりアズィーダが竜に変身できる事まではばれないだろうが、特殊な移動手段を持っている事がばれるだけでも損失だ。
偽名を使うとか、名乗らずに立ち去るとか。そんな風にしておけばよかった。
まあ、やってしまった事は仕方がない。こうなったら、出来るだけ恩でも売って、口止めしておくべきだろうな)
結局エイクはそう結論を出した。
秘密がばれるのは拙いが、流石にベアトリクスを殺してまで守るほど重要な秘密でもない。そう考えて、穏当な方法をとることにしたのである。
(どうする? こちらから助力を申し出るか? だが、それで恩に着てくれるならいいが、貴族の中には平民の献身を当然と思う者達も多い。
どうせなら、向こうから助けて欲しいと言って来てくれた方が、恩を着せる事が出来て都合がいい。
直ぐに助けに入らなかったせいで心象が悪くなっているだろうから、今からでも出来るだけ親切に振舞ってみた方がいいかな?)
エイクはそんな事も考えていた。
もう少し進んだところで、エイクが前を行くベアトリクスに声をかけた。
「とりあえず、このくらいでいいと思います。少し休みましょう」
実際、エイクがオドの探知能力で探る限り追っ手はかかっていないようだ。
ベアトリクスは素直にエイクの提案に従って歩みを止めた。
そのベアトリクスにエイクは重ねて声をかける。
「その方を、埋葬した方が良いと思いますが」
今後どうするにしても、生首を抱えたままでは不都合だ。先ほどの場所では埋葬する余裕はなかったが、そろそろ仮にでも埋葬すべきだろう。
「……そうだな、そうしよう」
ベアトリクスもそう答える。
「それでは穴を掘らせていただきます。失礼します」
エイクはそう言うとクレイモアを引き抜いて、地面に突き立てた。
クレイモアの鋭さとエイクの膂力によって木の根はもちろん地中の石も容易く粉砕される。何回か地面を突いただけで、地面は直ぐに柔らかくなった。続いて魔法の荷物袋から小型のスコップを取り出して、土をかき出す。
そうして、速やかにそれなりの大きさの穴が掘られた。
ベアトリクスが穴の中に侍女の首を置き、エイクも手伝って土をかけて埋める。
エイクはまた、比較的真っ直ぐに伸びていた木の枝を切って、小枝を払いその近くに立てた。簡易の墓標としてである。
埋葬が終わると、ベアトリクスは跪き、頭を下げ両手を組んで祈りを捧げた。
エイクもベアトリクスの右斜め後ろの位置で片膝をついて、同じように祈る姿勢をとった。その方がベアトリクスに良い印象を与えると思ったからだ。
だが同時に、主の為に命を捨てて行動したらしいその女性に、敬意を表しようと思ったのも嘘ではなかった。
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