第45話 運命のように見える事
若干の時間が過ぎ、エイクは体力が回復したベアトリクスと共に森の中を歩いていた。
ベアトリクスが先に立ち、後に続くエイクは時折立ち止まって足跡が見つかり難くなるように工作したりしている。
ベアトリクスは、エイクから借りたマントを羽織り、オスグリア達によって投げつけられた侍女の首を抱え持ち、頭を垂れて歩いていた。その悲嘆は隠し様もない。
その侍女は、ベアトリクスと同年輩で幼い頃から長い事ベアトリクス付きとして仕えていた者だった。友のように或いは姉妹のように親しい間柄だった。そんな者だったからこそ、危険を承知で何処までもベアトリクスに付き従い、最期には自ら身代わりとなって死んだ。
その者の亡骸を打ち捨ててゆく事などベアトリクスには出来なかった。
ベアトリクスは、友の首を強く抱きしめ、己が心が悲しみに押し流されそうになるのを必死に堪えて足早に歩く。
自分を助ける為に多くの者が死んだ。だからこそ、自分はむざむざと死ぬ分けにはいかない。家族と友と、忠実な臣下の者達のためにも、あの悪辣な謀反人共を何としても倒し、辺境伯家を再興しなければならない。
その為に自分はどうするべきか、何ができるのか。その事を懸命に考えていた。
後ろからベアトリクスの姿を見つつ歩くエイクには、ベアトリクスの心情をある程度は察する事ができた。
彼もまた、敬愛する父を奪われた身である。そしてまた、“伝道師”という、絶対に失いたくない大切な者の事を思っているからでもある。
あの、父の無残な亡骸を目にした時の悲しみと絶望を思い起こせば、そして、もしも“伝道師”が殺されるようなことがあればと想像すれば、親しいものを奪われたばかりのベアトリクスの悲痛な思いを軽んじる事はできない。
といっても、当事者ではないエイクは、完全にベアトリクスに共感して同じほどの悲しみを感じているわけではない。
少し時間が経つと、エイクは全く別の事を考え始めた。それは、“伝道師”に教えられた事についてだった。
(これこそ“運命のかけら”ってものなんだろう。本当にこんな事が起こるんだな……)
と、そんなことを考えたのである。
かつて、“伝道師”は、この世界には、絶対に逆らえない運命などというものは存在しないとエイクに教えた。
しかし、“運命のかけら”は存在するから、まるで運命のように見える劇的な事が起こることがある。とも告げていた。
そして具体的に、王女や貴族の令嬢が賊に襲われた時に旅の戦士などが偶然近くにいて助けに駆けつける。という例をあげた。
確かにエイクが今経験している事は、その例にとても近い状況だといえる。
(これが、俺を騙す為の罠とは流石に考えられない)
エイクは現状を踏まえてそう判断していた。
エイクは、ヴェスヴィア辺境伯領へ向かう事を少数の者にしか教えていない。しかも、竜に変身したアズィーダに騎乗するという特殊な方法で移動している。
加えて、ヤルミオンの森の中の辺境伯領に比較的近い場所に降り立って、そこでアズィーダと一旦別れる事にしていた。初めての土地にオーガを引き連れて行けば面倒な事になると考えたからだ。
その時に、アズィーダには森の様子を探っておくように指示し、後で落ち合う方法などを打ち合わせている。
その後で、1人で辺境伯領に向かったのである。
このような一連の行動を事前に予測して何らかの罠を張るなど全く不可能だ。
(もしも、預言者が擬似神託の応用で俺の動きを見ていたとしても、それでも無理だ)
預言者は擬似神託を下すにあたって、遠く離れた場所の状況を知る事が出来る。それを応用すれば、他者を監視できるだろう。
そして、チムル村の戦いで預言者の思惑を砕いたことから、預言者がエイクを標的としてその動向を探っている可能性も考えられる。
もっともエイクは、そう考えても行動を制限しないことにしていた。そのような状況になっているならば、どのみち自分の行動を隠すのは不可能だ。
一応これまで以上に自分の考えを口にしないようにしたり、能力を隠したりする事には気を使っているが、基本的には割り切って、特に行動を変えようとは思っていない。
それに、遠方の状況を知る効果は、預言者と言えどそう簡単には使えないので、四六時中監視されているなどということは流石にあり得ない。
いずれにしても、仮にエイクがヴェスヴィア辺境伯領に向かう事を知られていたとしても、その着地地点まで予想して、このような罠を仕掛ける事はやはり不可能である。
更にいうならば、エイクがベアトリクスの危機に駆けつける事が出来たのは、オド感知能力の範囲ギリギリの場所でベアトリクスらのオドを感知したからだ。その動きが気になったからそちらの方に向かったのである。
つまり、エイクが他者のオドを感知するという特異な能力を持っていなければ介入は出来なかった。
そういったことを考えれば、今回エイクとベアトリクスとの出会いは何者かの作為によるものではありえない。つまり純然たる偶然だ。
だが、偶然にしては出来すぎた状況でもある。
正にこれこそ“運命のかけら”が作用したというべきなのだろう。
(つまり、この場面での主人公は俺ということだ。だが、そんな事を考えて間違っても油断はするなよ)
エイクは自分にそう言い聞かせた。
これが“運命のかけら”ならば、今後の出来事が物語の筋のように進みやすいという事になる。つまり、“主人公”であるはずのエイクが活躍し成功するということだ。
だが、“伝道師”は、“運命のかけら”はかけらに過ぎないから、その流れを覆す事が可能だと言っていた。即ち主人公よりも悪役が強ければ、悪役が凱歌を上げる事もありえるのである。
(実際、俺が直ぐに助けに入らなかったから、既に“物語の筋”は崩れてしまっているかも知れないし、な)
エイクは己の行いを顧みてそんな事も考えた。
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