第42話 森の中の逃亡者②
オスグリアは、己を睨むベアトリクスを嘲笑を込めた目で見返す。
そしてまた声をあげた。
「ああ、そうだ。お嬢様に土産があった。折角だから忠臣と再会させてやろう」
そして、傍らに居た板金鎧の男に目配せをする。
その男は腰に括り付けていた大きな袋の口を開き、中のものを取り出す。
それは、女の生首だった。
「ッ!!」
ベアトリクスは、大きく目を見開き、絶句した。その無残な姿となった女は、昨日までベアトリクスとともに逃げていた侍女だったのである。
男がベアトリクスの方に生首を投げる。
ベアトリクスは、思わずナイフを手放し、直ぐ近くの地面に転がった侍女の首を拾う。そして、強くかき抱いた。その瞳に涙が滲むのを抑える事は出来なかった。
「健気に囮にまでなってくれたのだろう? 労ってやったらどうだ?」
オスグリアがそう告げる。
昨日までベアトリクスには共に逃げる者達がいた。無残な遺骸となったこの侍女と他にもう2人の騎士である。
だが、このままでは逃げ切れないと悟った騎士の1人が、ベアトリクスだけでも逃がす為に自分達が囮になる事を提案した。
服を交換して侍女がベアトリクスに成りすまし、騎士2人も侍女と共に行動する。そして、その間にベアトリクスは1人で侍女達と逆の方向に逃げるのだ。
ベアトリクスは最初その案を拒否した。
しかし、侍女から、大恩ある辺境伯家とベアトリクスの為ならば喜んで身代わりになる。と告げられ、騎士達からも当主と嫡男が殺された今、ヴェスヴィア辺境伯家の血を絶やさないのが最優先である。と説かれて、結局その言葉に従った。
ベアトリクスが侍女の服を着てたった一人でいたのはそういう理由だ。
「もっとも、大して役には立たなかったがな」
オスグリアがそう続ける。
囮になった者達は、比較的早く追いつかれてしまったのだろう。結局自分の周りに追っ手が迫って来たことから、ベアトリクスもそう察していた。
そして、追いつかれたならば侍女たちが殺されてしまっただろうという事も。
しかし、察してはいても、やはりその無残な遺骸を見せ付けられた衝撃は計り知れないものだった。
それでも、ベアトリクスは気持ちを折られることなく、オスグリアを再び強く睨みつける。そして、気丈に告げた。
「外道共が。殺すなら私も殺すがいい。だが、いつか必ず貴様らも報いを受ける事になるだろう」
ベアトリクスを囲む兵士達は、その言葉を聞くと一様にいやらしい笑みを浮かべた。
「へへ」「はは」
などと笑い声を漏らす者もいる。
ベアトリクスは兵士達の不穏な様子に気付かず、オスグリアを睨み続けた。
オスグリアは若干不快そうな様子で言葉を返す。
「相変わらず、生意気な女だ……」
オスグリアの言葉がしばし途切れたところで、ベアトリクスを囲む兵士の1人がオスグリアに向かって告げた。
「隊長。まだ話し合いが必要ですかね?」
オスグリアは、その兵士の方に顔を向ける。そして、邪悪な笑みを浮かべて言った。
「ああ、そうだったな。偽者は楽しむ暇がなかったから、本物を捕まえたらお前達にくれてやる約束だったな。いいだろう。約束どおり、この女はお前達のものだ。存分に楽しむがいい」
「ありがとうございます。隊長」
「隊長のような、理解がある方に仕えられて俺たちは幸運です」
兵士達は、口々にそんな軽口を叩くと、手にした剣を地面に突き立て、ベアトリクスの方へとにじり寄る。
ベアトリクスも、兵士達の様子に気付いた。兵士達が一様に欲望を込めたいやらしい目で自分を見て、にやにやと笑っている事に。
「ッ!」
兵士達の意図を察したベアトリクスは、息を飲み身を縮めた。だが、兵士達は四方から迫る。逃げる場所などなかった。
兵士達は、直ぐにベアトリクスの間際にまで迫る。
直ぐ近くまで迫って自分を取り囲む5人の男に、ほとんど真上から見下ろされ、ベアトリクスの身体が震えはじめる。死をも覚悟していた彼女だが、何人もの男達の凶悪な欲望に晒されては平静でいられなかった。
オスグリアが兵士達に向かって注意事項を述べる。
「久しぶりに死ぬまで好きにしていい女を手に入れたからといって、無茶な犯し方をして簡単に殺してしまわないように注意しろ。
他の者達にも楽しませてやる約束だったからな。殺すのは、全員が満足してからだぞ」
「了解しました。隊長」
兵士の1人が場違いなほど明るい声でそう告げると、兵士達はいよいよベアトリクスに手を伸ばした。
「やめなさい!」
ベアトリクスはそう言いながら懸命に抵抗しようとした。だが、容易く組み伏せられてしまう。
そして、上着が引き裂かれた。
「嫌! いやぁ! さわらないで! やめて!!」
ベアトリクスが悲痛な叫びをあげる。だが、兵士達はむしろ邪な笑みを深めた。
と、その時、辺りに若い男の声が響いた。
「そこまでに、しておいてもらおう」
その場に居た者達が皆、思わず声がした方を向く。
ベアトリクス達から少し離れた木々の間に、黒色に彩色したスケイルメイルを身に着け、抜き身のクレイモアを腰だめに構えた若い男が立っていた。
長めに伸ばした鮮やかな金髪を後ろで束ね、碧眼を鋭く細めてオスグリアを睨みつけている。
その男は、エイク・ファインドだった。
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