第6話 炎獅子隊隊長補佐の期待

 翌早朝、メンフィウス・ルミフスは予定通り北へ向かって出陣した。引き連れてゆく兵は約500である。

 先行している部隊との連絡は問題なく取れており、妖魔軍約3000が未だに動いていない事も確認していた。

 そして、特に変事も起こらず昼前には妖魔軍を視認できるまでに接近した。


(妖魔共の様子は事前の連絡のとおり。周辺にも異常はない。これ以上様子を見る必要はない。直ぐに攻撃だ)

 妖魔達の陣地を見たメンフィウスはそう判断した。


 現在の情勢は、約3000の妖魔軍の三方にアストゥーリア王国軍が配置しているというものだ。まず、北にサルゴサの部隊約1000、東に先行した部隊約400、そして南に今到着したメンフィウス率いる500である。

 兵数の上では合計してもアストゥーリア王国軍のほうが少ない。たが、敵の大半が下級の妖魔である事を考えれば、戦力はむしろアストゥーリア王国の方が上だった。


 また、妖魔軍は一応回りに柵を築いて陣地の体裁を整えているが、これも主力が下級妖魔であるからには余り意味がない。下級妖魔は飛び道具を使わないからだ。遠距離攻撃が出来る者の数はアストゥーリア王国軍が圧倒的に優勢なのである。

 柵を挟んでの射ち合いになれば、情勢は更にアストゥーリア王国軍有利になる。

 攻撃を躊躇う要素はなかった。とするならば、開戦は早いほうがいい。


「攻撃開始だ、他の軍にも合図を送れ」

 メンフィウスも速やかにそう指令を下した。

「は! 了解いたしました」

 側近の者がそう答える。

 そして、攻撃開始を告げる喇叭が吹き鳴らされ、アストゥーリア王国軍は三方から攻撃を開始した。


 妖魔軍もまたアストゥーリア王国軍の動きに対抗するように動いた。

「ガアァァァ!」 

 そんな雄叫びを上げながら陣地から出撃し、三方のアストゥーリア王国軍に向かって攻めかかる。遠距離戦が自分達にとって不利だと承知しているのだろう。


 だが、アストゥーリア王国軍も妖魔軍がそう動く事を予想しており、油断はなかった。

 槍兵が横陣を組み、弓兵がその後ろから矢を射掛け、軽歩兵や軽騎兵がそれを援護する。アストゥーリア王国は三方全てで有利に戦いを進めた。


 特に想定外の事態も起こらない事を確認したメンフィウスは次の命令を発する。

「パトリシオに攻撃開始の命令を伝えよ」

「は!」

「サルゴサの部隊に伝令を送れ、可能な情勢ならば一部の部隊を西に回せと伝えよ」

「了解いたしました」


 メンフィウスの命令は滞りなく伝えられた。

 まず、温存されていたパトリシオ率いる部隊が突撃を敢行する。これによって妖魔軍が大きく崩れる。

(パトリシオは良くやっている。これで自信を取り戻して、成長してくれると良いのだが)

 メンフィウスにはそんな事を考える余裕も生じていた。


「総攻撃の合図を送れ!」

 やがて、妖魔軍の乱れから機を読み取ったメンフィウスがそう命じ、再び喇叭が吹き鳴らされる。その音は戦場全体に響き渡り、アストゥーリア王国軍は一斉に攻撃に転じた。

 妖魔軍は支えきれず西のヤルミオンの森へ向かって逃げ始める。この時点で勝敗は決したも同然だった。

 そこで更に、予め西へ動こうとしていたサルゴサの部隊の一部が襲い掛かる。妖魔は森へ逃げ込むことすら困難になってしまった。その事が、妖魔たちの混乱に拍車をかける。


 その後に行われた事は、戦というよりも如何に効率的に妖魔を狩るかという作業のようなものだった。

 この日討たれた妖魔は実に2000を超えた。それに対して、アストゥーリア王国軍の被害は極めて軽微だ。

 アストゥーリア王国軍の大勝利だった。




 またしても妖魔軍に対して大勝利を得たメンフィウスだったが、今回もその目的を完全に達したとはいえなかった。

 敵の首領を捕らえる事は出来なかったからである。


 この妖魔軍を率いていたのは、一体の強力なオークだった。

 一般にオークはトロールに比べれば闘志は低い。そして、少なくともその一部の者はかなり知恵も回るので、情勢が不利となればさっさと逃げ出してしまう事が多い。

 メンフィウスも敵の首領がオークだと知った時点で、相手が逃げを打つことを想定して、それでも捕らえる事ができるように立ち回ろうとした。

 だが、案に相違してそのオークは最後まで逃げずに踏みとどまって戦った。

 しかも、アストゥーリア王国軍が自分を捕らえようとしている事に気付くと、取り押さえられる前に己の舌を噛み切って自害したのだった。


 どう考えても、通常のオークの振る舞いではない。

 そのオークは、やはり何者かの命により動いていたのだろう。そして、その何者かはオークにとって己の命を投げ出させるほどの絶対的な存在なのだと思われる。

 メンフィウスは危惧を深めた。


(やはり、今回の魔族の侵攻は、とてつもない力を持つ何者かの企みの一環だったのだ。どう考えてもこれで終わりとは思えない)

 メンフィウスはそんな確信を持つに至っていた。


(だが、今の戦いが我々の勝利である事に変わりはない。

 敵の当面の企みを挫くことには成功したといえる。ここからだ、ここから、敵の全貌をつき止め、対処してゆかなければならない)

 メンフィウスはそう考え、いっそう意を強くしたのだった。




 メンフィウスらが妖魔軍と戦っている頃、エイクはチムル村に残ったギスカーと2人で話す機会を得ていた。

 以前からエイクと親しくしていたギスカーだったが、妖魔討伐軍本隊とともにチムル村に到着した後は軍務に忙しく、エイクとまともに話す機会はなかった。

 今日になって、ようやく若干の余裕が生じたので、エイクをチムル村の外に設営した野営地に招いて話すことにしたのである。


「エイク、君が討った魔族共の事、私も確認させてもらった。感服した。数だけでも大変なものだが、決して弱い者達ではなかったはずだ」

 ギスカーは、向かいの席に座ったエイクと軽く言葉を交わした後でそう告げた。

「ええ、まあ。敵の主将は手強い相手でした。村で戦っていた人達の奮戦のお陰もありましたし、幸運にも助けられましたが、自分でも良くやれたと思っています」


 エイクはそう返したがこれは正確ではない。敵の主将エレシエスは確かに相応の強者だったが、オドの探知能力や錬生術の奥義などの能力を十全に発揮して、アイテムまで有効に使ったエイクによって、結果としてさほど苦もなく倒されていた。

 だが、ギスカーに対しても己の能力を詳らかにするつもりはないエイクは、事実を隠したのである。

 

「君が自分の力を取り戻した時点で、俺よりも遥かに強くなっている事は察していたが、正直に言って予想以上だ。私では、もう万が一にも君には勝てない」

「そんなことは……」

 エイクは口を濁したが、ギスカーの言葉は真実だ。


 エイクが見る限り、ギスカーの剣の腕はエレシエスと同程度だ。更に言えば現在の炎獅子隊で最強である隊長メンフィウスも、エレシエスよりも若干強い程度に過ぎない。

 エイクがエレシエスをたやすく倒したのは、特殊な能力を用いて奇襲に成功し、爆裂の魔石を効果的に使ったからだった。

 だが、仮に真正面から戦ったとしても、エレシエス1人が相手なら余裕をもって勝つことが出来ただろう。一対一ではなく、エレシエスと同程度の者がもう一人いてもまず間違いなく勝てた。


 つまり今のエイクは、メンフィウスとギスカーの2人と同時に真正面から戦っても、まず間違いなく勝てる。罠の設置だの隠避能力だのまで使った何でもありの戦いならば、更に圧倒する事も出来るはずだ。

 エイクの実戦能力はその域に達していた。


「いや、気を使ってもらう必要はない。やはり、ガイゼイク様の後を継ぐべきなのは君だったんだ。

 あの時、間近にいながらガイゼイク様を援護する事すらできなかった己を恥じて、俺も俺なりに鍛えてきた。叶う事ならば、ガイゼイク様の後を継ぎたいという気持ちもあった。もちろん、これからも、その気持ちで鍛錬を続けるつもりだ。

 だが、それはそれとして、人にはやはり天賦の差というものがある。それも現実だ。俺ではどうやっても君には及ばない」

「……」


 直ぐには答えを返す事ができないエイクに対して、ギスカーは更に言葉を続けた。

「率直に言えば、俺は君にガイゼイク様の後を継いで欲しい。共に戦いたいと思っている。

 いや、共に戦うなどというのはおこがましい。俺よりも圧倒的に強い君の下で、部下として働きたいと思う。君に、ガイゼイク様の後を継いで炎獅子隊長となる道を歩んで欲しいと思っているんだ」


「ギスカーさん。俺の強さが、父を継ぐに足るものだと言って貰えるのは素直にうれしいです。ですが、それでも、ご期待には応えられません」

 エイクは正直にそう告げた。


「……そうか。やはり、ガイゼイク様が亡くなった後の事は納得出来ないか。あれは、確かに大きな誤りだったと俺も思う」

「その気持ちは、今も確かにあります。でも、それ以上に自由な立場でいたいという気持ちも強いです。国に仕えれば、今のように行動は出来ませんから」


「分かった。無理強いしても仕方がないことだ。

 ただ、私や、他にも同じように君に期待している者がいることは覚えていて欲しい。

 それから、今後も協力できる事は協力し合う関係でいたいと思っている。それは構わないだろうか」

「もちろんです。俺が弱かった頃に良くしてもらっていた恩は忘れません。それに、今後俺から頼みたい事も出来るかも知れませんから……」


「そうか。ありがたい。もしも私で力になれることがあるなら何でもいってくれ。

 とりあえず、今は付近の森に屯している妖魔共を掃討するのに力を貸して欲しい」

「分かりました。

 午前中に調べた限りでは、妖魔共に大きな動きはありませんでした。互いに連絡をとっている様子はありますが、明確な指揮系統が成立しているようには見えません。

 どうして妖魔が逃げ散ってしまわないのか、その理由が気になるところですが、今のところは危険な兆候はありません。むしろ、効率よく妖魔を討ち取れる絶好の機会のように思えます。

 具体的な作戦としては……」




 そうして、一通り妖魔に関する説明を行い、明日以降に行われるだろう妖魔掃討戦に関しても相談を終えたエイクは、軍の野営地を後にしてチムル村の村内に戻った。

 エイクは、ギスカーが自分に対して持ってくれている期待、つまり国に仕官して、かつての父のように国のために戦って欲しいという望みについて、考えを巡らせていた。


 今のところ国に仕官するつもりはエイクにはない。エイクにとっては父の仇を討つ事が最優先であり、国に仕えるなど足枷にしかならないからだ。

 だが、父の仇を討てた場合、その後はどうだろうか? そんな思いをエイクは懐いていた。


 エイクは父の仇を討てるならば刺し違えても良いとすら思っている。だが、もちろん勝って生き残るほうがいいに決まっているし、そうなるように全力を尽くすつもりだ。

 であるならば、父の仇を討って生き残った後の事について考えても良いのかも知れない。そんな考えが、エイクの心を過った。

 そうなった時に、父の後を継ぐというのは、エイクにとっても魅力的であるように思えた。


 父の名誉回復がなされたことや、メンフィウスから謝罪を受けたことから軍や国への敵愾心も若干は薄れていたし、以前から親しくしていたギスカーの真摯な言葉はエイクの心にも届いてはいた。

 そして何より、炎獅子隊長として活躍するありし日の父の姿は、やはりエイクにとって憧れの対象だったからだ。


 しかし、それを拒否する思いも、同じくらいの強さで湧き起こってくる。

 国に仕え、国の為に戦う。それは、あの“伝道師”が説く強者の有り様とは相反する生き方だったからだ。

 エイクにとって“伝道師”への思慕の情は、父への尊崇の思いに劣らないものだったし、“伝道師”の教えは、父の生き様にも勝る人生の指針だ。


(だが、伝道師さんは、強者はその強さが許す範囲内で、我が儘に生きてもいいとも言っていた。俺が、本心から父さんの後を継ぎたいと思ったなら、その俺の我を通しても悪くはないのかもしれない……)

 しばしエイクは、そんな事も考えた。彼の感情は乱れていた。


 だが、直ぐにその考えを振り払って乱れを正した。

 多少は敵愾心を薄れさせたとは言え、国や軍への不信感が払しょくされたわけではないし、そもそも、今はまだそんな先の事を考える時ではないと思ったからだ。


(先のことに思いを巡らすなど無駄だ。今のままでは到底勝てない相手と戦おうと考えているのに、その先のことに思いを巡らすなど、ありえない。

 今は、父さんの仇を討つことに全てを集中すべきだ。余分な事を考える余裕などない)

 エイクは、己の中でそう結論を出し、将来について考えを巡らす事を止めたのだった。

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