第4話 炎獅子隊参謀の懸念

「とりあえずかけてくれ」

 メンフィウスにそう言われ、マチルダはメンフィウスの対面の席に座る。

 マチルダが着座すると、メンフィウスは改めて口を開いた。


「相談というのはなんのことだ」

「今回の魔族の攻撃全体を、どのように考えるべきか、ということについてです」

「というと?」

 そう問いかけるメンフィウスに対して、マチルダは自分の考えを述べ始めた。


「妖魔の大軍がチムル村への襲撃を開始してから間もない時期に、本隊にも妖魔の大軍が攻撃を仕掛けてきました。しかも、露骨に時間を稼ごうとしています。

 更に、ほぼ時を同じくして、南下していたサルゴサの部隊も、やはり妖魔の大軍に攻撃されそうになりました。

 妖魔軍の動きを察知したサルゴサの部隊は陣形を組み、妖魔軍もまた同様に陣形を組んだために、以後にらみ合いが続いています。

 今では妖魔軍も陣を築き、積極的には動いていないので時間稼ぎがその目的とみられます。

 だとすると、南北の妖魔軍の目的は、いずれもチムル村への救援を遅れさせる事だった可能性があります。つまり、互いに連携していたのだと考えられる訳です。

 しかも、チムル村の近くには多数の闇の担い手も潜んでいました。闇の担い手がいたならば、大量の妖魔を広範囲にわたって連携して動かすことも可能です。

 これらを考えあわせれば、今回の攻撃は強力な闇の担い手の指揮の下に行われた、一連の軍事行動だった。と、そう判断すべきです。

 私はそのように考えていますが、隊長はいかがお考えでしょうか」


「……そうだな、私も同じように考えている」

 メンフィウスは若干の逡巡の後にそう応えた。


「そうであるならば、魔族たちは、我々の妖魔討伐作戦を予め知っていたことになります。

 そうでなければ、本隊とサルゴサの部隊を足止めするために大軍を用意することなど不可能ですから」

「それもその通りだ」


「更に言うならば、冒険者の店へ依頼が啓示され、妖魔討伐作戦の概要が多くの者に明らかになった後から準備したのでは、このような大軍を組織できるとは到底思えません。

 つまり、魔族たちはそれより前の、軍と政府の一部しか妖魔討伐作戦の存在を知らなかった頃から、既にその内容を知っていたことになります」


 メンフィウスはこの意見には同意しなかった。

「そうとは言い切れないだろう。

 妖魔の大軍を組織する事は既に終わっており、その後に妖魔討伐作戦を知って、それに対応して行動を起こしたのかも知れない」


「本当に、そのようにお考えですか?」

「可能性は否定できない」


「仮にそうだったとしても、やはり不自然です。

 魔族は最初の目標としてチムル村を狙っていました。チムル村は北上する本隊と南下するサルゴサの部隊の合流予定地点。つまり、両方の部隊から最も離れており、救援を受け難い場所でした。

 加えて、本隊の前に現れた妖魔は約5000。本隊に比べれば質量ともに弱いサルゴサの部隊の前に現れたのは約3000。双方の部隊の戦力を考慮して兵力を配分したものと思われます。

 つまり魔族たちは、作戦の詳細も知った上で行動していたのです」


「もしもそうだとするなら、むしろ不自然な点がある。わざわざ我々が作戦を開始してから攻撃を行ったことだ。

 仮に我々の妖魔討伐作戦の存在を知ったなら、多少無理をしてでも討伐作戦が実行される前に攻撃を開始するべきだ。その方が遥かに容易く攻撃を成功させることが出来る。少なくともチムル村が持ちこたえる可能性は、万に一つもなかった。そうではないか?」

 メンフィウスは平静な口調でそう反論した。


「魔族の目的は、ただ我が国を攻撃するというだけではなく、我々炎獅子隊に勝つことだったのだと思われます。少なくとも、我々に失態を演じさせることだったと。

 我々の作戦を知り、それを踏まえて、我々の敗北乃至は失態の結果として、我が国に被害を与える。それが目的だったのではないでしょうか」


「だとするならば、作戦の開始と同時にチムル村を攻めるべきだ。

 その時が本隊もサルゴサの部隊もチムル村から最も離れているタイミングだ。だから救援が間に合う可能性は最も低くなり、より確実にチムル村を落とせる。

 その上、本隊とサルゴサの部隊を各個撃破出来たかもしれない」


「それでは、余りにも露骨過ぎになります。

 妖魔の攻撃が一連の軍事行動で、しかも我々の作戦を予め知っていた事が、誰の目から見ても明らかになってしまいます。

 魔族たちはその事を隠したかったのでしょう。

 実際、闇の担い手たちが隠れていたのは、妖魔の襲撃が連携した一連の軍事行動だと思わせないためだったと思われます。一般的に、妖魔だけでは、それほど大規模な軍事行動を連携して行うことは出来ないと考えられるからです。

 事実私も、闇の担い手達の存在を知らなければ、一連の軍事行動だったと確信することは出来ませんでした」


「つまり、何が言いたいのだ」

 メンフィウスは変わらず落ち着いた様子でそう問いかける。

 マチルダもまた淡々と返答した。


「魔族は我が国の軍や政府の一部しか妖魔討伐作戦の事を知らなかったはずの時期に、既にその情報を知っていた。

 そして、その事が明らかにならないように工作を行った上で、その情報に基づいて、今回の侵攻を行った。

 つまり、我が国の軍や政府の内部に魔族に情報を渡した者がいる事が懸念されます。

 また、魔族の勢力が今回動員されたもので全てとは言い切れません。魔族の勢力が残っていれば、今後も我が国の情報が魔族に流れてしまうかもしれないのです」

「……」


 マチルダはそこで一旦言葉を切った。だが、メンフィウスが沈黙するのを受け、更に言葉を続ける。

「そして、魔族はただ我が国を攻撃するだけではなく、炎獅子隊の敗北か少なくとも失態の上で我が国に被害を与えようとしている。

 そのような事を、魔族が主体的に企図する可能性は低いでしょう。ですので、王国内の魔族と通じている何者かが、炎獅子隊に害を与えることを望んでいるのだと思われます」


「中々大胆な推論だが、少々不確定な部分が多いように思えるな」

「では、考慮に値しないとお考えになりますか?」

 マチルダは少しだけ語気を強めてそう告げた。


 メンフィウスは、若干の沈黙の後、首を横に振った。

「いや、そうは思わない。

 正直に言おう。私も同じ事を懸念していた。本隊の前に現れた妖魔軍の目的が、時間稼ぎなのではないか。と、そう思い至った時からな」

 メンフィウスはそう述べると、一つため息をついてからまた語り始めた。


「それで、その懸念を踏まえてどうすべきだと思う?」

「もちろん真実を調査しなければなりません。国内に魔族と通じる者がいるなど、決して許容できない由々しき事態ですから。

 ですが、魔族に通じる者が誰なのかはっきりしない以上、安易に情報を上に上げるわけには行きません。まずは、信用が出来る少数の者で調査を行うべきです」


「そうだな、お前ならば、やはりそう考えるか。

 ……本当はこの事については私1人で調べようと思っていた。確証がない事なのも事実だし、相当の危険も予想されるからだ。

 だが、手を引け、と言っても従う気はないのだろう?」

「はい。このような可能性に気付いた以上、知らぬ振りなど出来ません」


「分かった。ならば協力して事に当たろう。だが、中々大変なことになるぞ。

 今回の妖魔討伐作戦はそこまで秘匿性が高くはなかったから、一般に知られる前からその内容を知っていた者は比較的多い。つまり、魔族に情報を流した者の候補は沢山いるということだ。これをしらみつぶしに調べてゆくのは相当面倒だ。

 それに、魔族が悪神ダグダロアの神聖魔法を使ったという話しも無視できない。ダグダロアの信徒はデーモンをも扱う。フォルカスがデーモンと化した件と、今回の侵攻は無関係ではないかもしれない」

「……そうですね。それも確かに懸念されます」


「では、まずは、どこから手をつけるべきだろうか?」

「最優先すべきことは、信頼できる仲間を増やすことです。私達2人だけでは流石に手が足りません。とりあえず、ギスカー殿は信頼できる可能性が高いと判断しています」


「妥当なところだな。

 敵の目的に炎獅子隊に被害を与えることが含まれていたなら、炎獅子隊幹部は全員被害者候補だ。敵に通じていた可能性は低いと思われる。

 だが、ベネスは熱心なルファス公爵派だ。全幅の信頼は置けない。そして、パトリシオはまだ思慮がなりない面がある。その点ギスカーなら信じられる」


 メンフィウスとマチルダそしてギスカーは、フォルカス・ローリンゲンが炎獅子隊長だった頃に互いに協力しており、相応の信頼関係が存在していた。

 マチルダやメンフィウスの判断は、それを踏まえたものだ。

 マチルダは提案を続けた。


「次に当面の目標として、北に残っている妖魔軍の首魁を捕らえることを目指すべきだと考えます。

 現在も北の妖魔軍が退かないのは、一種の偽装でしょう。他の2軍が敗れたからといって、一戦も交えていない北の軍まで退却したのでは、三軍が連携している事があからさまになってしまいます。

 それを避け、あくまでも他の軍とは関係なく動いていると思わせるために、あえて退かないのです。

 つまり、そのような命令を受け実行している現地指揮官にあたる者が、まだいるはずです。その者を捕らえて尋問すれば、有益な情報を得られるでしょう」

「そうだな。まずはそれを目標にしよう」


「次は、敵が潜んでいたヤルミオンの森の調査です。そこに何らかの痕跡が残っている可能性はあります。

 更に言えば、森の深部には痕跡どころか魔族の本拠が存在し続けているかもしれません。

 もしも、今回の万を超える妖魔の軍勢が敵勢力の一部だったとするならば、敵の規模は国家並ということになります。それは即ち魔族国家の成立、そして、魔王の誕生を意味します。ヤルミオンの森の規模を考慮すれば、その深部に魔族国家が立つことは十分にありえます。

 本来なら、森の深部を直接探索したいところなのですが……」


「我々で直接深部を調査するのは難しいな。

 闇梟隊を使った深部の調査というものがどこまで信頼できるかだが、闇梟隊は今やルファス公爵の私兵も同然。結局、ルファス公爵がどこまで信じられるかにかかってくる」

「流石に軍の総司令官を疑いたくはありません。炎獅子隊に被害がでれば、その害はルファス大臣にも及ぶのですし……」


「私もそう思うが、絶対とは言い切れない。

 とりあえず、我々に任された周辺部の調査だけは確実に行おう。これはギスカーに任せるようにしよう。

 ギスカーには私から、ある程度の事情を説明することにする。

 とりあえずはそれでいいかな」

「はい。現状で決められるのはそのくらいでしょう」


「では、目の前の課題から確実にこなして行こう。

 どちらにしても、現在最優先すべきなのは北に残っている妖魔軍を確実に倒すことだ。

 可能性は高くないはずだが、我々では対応できないほどの強者が残っている可能性も絶対ないとはいえないから、気は抜けない。首魁を捕らえるというのも、当然ながら容易に出来る事ではない。

 まずは、確実に北の妖魔軍。そして、この付近の森にいる妖魔達を片付ける。それに全力を注ぐ。

 後のことは、その結果を踏まえて慎重に。だな」

「はい。畏まりました」


 こうして、炎獅子隊長メンフィウス・ルミフスと参謀のマチルダも、何らかの“敵”の存在を想定して、独自の動きを企図するようになった。

 エイクが推測したとおり、魔族によるアストゥーリア王国への攻撃は、確かに事態を新たな局面へと動かすものだったのである。

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