第3話 炎獅子隊長との会談②

「私は“黄昏の蛇”のリーダーをしていますが、他のメンバーよりも強いので、よく一人で別行動をとっています。今回も、他の者に先行して森の奥まで入り込んでいました。

 ここら辺の森には詳しかったので、チムル村にも寄らずに直接森に入り、先に奥まで行って、そこから探索しつつ村の方に向かうつもりでした。ですが、森の奥へと急いでいた事もあって、不覚にも集結しつつあった妖魔の大軍に気付かずに行き過ぎてしまいました。


 そして、その先でアズィーダという名の女オーガと遭遇しました。

 彼女は女のムズルゲル信者という随分珍しい存在で、諍いになって私が勝った結果、私に奴隷として仕えることになっています。

 彼女は、ムズルゲル信者ではあるものの、ずっと森の奥で暮らしていて、光の担い手の社会で犯罪行為を行った事はないはずです。ですので、彼女を奴隷として使う事は問題ないと考えていますが、そういうことでよろしいですか」

 エイクはそう確認を取った。


 メンフィウスはエイクの考えを認めた。

「ああ、その解釈で問題はない。もちろん、本当に我が国で犯罪行為をなした事がないか確認した上で、ということになるし、恐らく“禁則”の魔法で縛る必要も生じるだろうが」


「ありがとうございます。それらの手続きも、後ほど間違いなく行わせてもらいます。

 それで、話の続きですが、アズィーダから妖魔が大軍となって森の周辺部に向かっているという事を聞きました。

 それで、改めてチムル村に向かう事にしたのですが、今度こそ注意深く行動して、村の近くに魔族の一団が屯しているのに気付きました。

 それが敵の本営だろうという事は察する事が出来たのですが、その時点では敵の数も多く、流石にそのまま攻撃しても勝てるとは思えませんでした。


 その時既にチムル村への攻撃は始まっていて、村の防衛に参加するべきかとも考えました。

 ですが、もう少し手薄になれば本営も落とせる目途がありましたし、そもそも妖魔の大軍を搔い潜って村に入るのも難しい情勢だったので、その場に待機して隙が生じるのを待つ事にしました。


 そうする内に、チムル村の攻撃に手こずったせいか、本営から前線に一部の妖魔が動き、若干手薄になりました。

 それで、先に森の外で屯していた部隊をアズィーダに攻撃させ、更に混乱を誘い、その上で思い切って本営を攻撃しました。そして、どうにか敵を壊滅させることに成功しました。

 本営の敵を倒した後、改めて森の外の妖魔を攻撃しました。私の行動は以上です

 それから、魔族共はダグダロア信者だけが使える神聖魔法を使っていました。奴らはダグダロア信者です」


 エイクはそのように説明した。予めテティスと打ち合わせていた内容だ。

 ちなみにエイクは、昨夜秘かに森に分け入って、倒した後樹上に括り付けていた見張りの者達の死体を地面に下ろしていた。元のままの状況で死体が見つかった場合、どうやってそのような事をしたのか不審に思われてしまい、自分の能力の一端がばれるきっかけになりかねないと思ったからだ。

 

 いずれにしても、エイクが森の中で60以上の魔族を倒し、更に森の外でも40以上の妖魔を討ったのは紛れもない事実であり、エイクの功績が傑出したものである事に違いはない。

 そして、その行い故にチムル村が救われたということも。

 メンフィウスも、エイクの行動を高く評価した。


「……そうか。良く分かった。適切な、いや、見事な行動だったと思う。

 仮にどうにかして村に入って防衛戦に合流した場合、いかにエイク殿が強かろうと四方から迫る妖魔の全てを撃退するのは不可能だ。結局村の陥落を少し先延ばしする事しか出来なかっただろう。

 対して、敵部隊全体を指揮する首魁を倒す事が出来たならば、妖魔軍を崩壊させ村を救えた公算は高かった。

 首魁を倒せる目途があったなら、その可能性に賭けて、身を潜めて機会を伺うのは正しい判断だ。

 そして、結果として首魁を討ち果たし、実際に村を救えたのだから何の問題もない。

 だが、それは全てあの数の魔族を倒すことが出来る実力があったからこそのこと。エイク殿の強さには本当に感服した」


「恐縮です。

 それと、エイク殿はやめてください。私は一介の冒険者で炎獅子隊に雇われている立場です。その炎獅子隊長に殿付けで呼ばれては落ち着きません」

「いや……、そうだな。では、私のことも以前のようにメンフィウスと呼んでもらいたい」


「分かりました、メンフィウスさん」

「うむ、ではエイク。いずれにしてもチムル村を救うにあたって、君の働きが傑出したものなのは紛れもない事実だ。感謝する」

 メンフィウスはそう言ってもう一度頭を下げた。

 そして、頭を戻したメンフィウスは、口調を和らげて話しを続けた。


「それから、君に確認したい事がある。今回の件に関して国王陛下と謁見の上、陛下直々に君を褒章すべきではないかという案が出ているのだそうだ。出所はルファス軍務大臣らしく、大臣から私に、君の意思を確認するように指示が伝えられている。

 どうだろう、大変栄誉な事なのは間違いないが、陛下との謁見を受けるつもりはあるかな?」

「……それは、お断りできるのでしょうか」

 エイクは慎重にそう聞き返した。


「もちろん可能だ。冒険者の中には政府と深く関わるのを嫌う者もいる。君もそうかも知れないと考えたからこそ、内々に君の意思を確認しているのだろう。

 ルファス大臣は自分の考えを押し付けるつもりはなく、君の意思を尊重しようとしているということだ。だから、今の時点でそのつもりはないと言ってくれるなら特に問題はない」

「そうですか。それでは、折角ですがお断りしたいと思います」


「そうか。理由を聞いてもいいかな?」

「私は冒険者として受けた仕事を行っただけです。

 それに私1人の力で魔族を追い払ったわけでもない。他の冒険者や軍の皆さんが戦ったからこそ、敵の本営にも隙が生じて討つことが出来た。私1人が特別に栄誉を賜るべきではないと思います」


 エイクが述べたのは本当の理由ではない。本当は、2つの懸念があってこの申出を断ることにしたのだった。

 1つは、謁見の場で、褒美として仕官を許し相応の役職を与える。などと国王から直接言われてしまえば、断るのは相当難しくなってしまうこと。現時点で国に仕官するつもりはないエイクにとっては、そのような展開は望むものではない。

 

 そして、もう1つは、自分が盗賊ギルドと深い関係があることだ。

 エイクが一介の冒険者というだけならば、盗賊ギルドと関係していると思われても特に問題にはならない。少なくともその盗賊ギルドが穏健なものだったならば。穏健な盗賊ギルドは必要悪だという認識は一般的なものだからである。

 事実、冒険者がそんな盗賊ギルドから情報を買うなど日常茶飯事だし、衛兵ですらそのような事を普通に行っており、特に咎められる事はない。


 エイクの盗賊ギルドとの関わりは、そのような情報の売り買いなどより遥かに強いが、それでもエイクが一介の冒険者ならそれほど問題視はされないだろう。

 だが、それが国王と謁見し何らかの栄誉を与えられた者となると話が違ってくる。そのような者が実は盗賊ギルドと非常に深い関係にあった、などというが後で分かれば、流石に醜聞として扱われるだろう。

 エイクは自分の名声を高める事も目的の一つと考えていた。だが、それでもこのような懸念がある以上、今の時点で国王との謁見などはすべきではないと判断したのだった。


 メンフィウスは、エイクの返答を聞いても特に気を悪くするでもなく答えた。

「承知した。そのように報告しておく。この事で君に何らかの不利が生じるとはないから安心してくれ。ただ、ルファス大臣や私達が君の事を気にかけているということは覚えておいて欲しい」

「分かりました。ありがとうございます」


「それでは、改めて森を調査した結果を教えてもらえるだろうか」

「はい、妖魔の数は昨日から減っていないようです。それから……」




 一通り報告を終えたエイクが退出した後、メンフィウスは1人でエイクの言動について考えていた。

(全般的に後ろめたさを持っていたようだ。全て真実を語っていた訳ではないな)

 メンフィウスはそう判断していた。長く軍務に就き敵の尋問なども数多く行ったことがあるメンフィウスにとって、さほどの人生経験を積んでいないエイクの嘘を見抜くことくらいは難しいことではない。


(それに、私が女オーガを奴隷にして良いと言った時に、僅かに安堵していた。

 魔族を奴隷とする事が認められていることくらい当然知っていたはずだから、それが認められたことに安堵したわけではない。

 多分、女オーガとの関わりについて詳しく追求されなかったことに安堵したのだろう。つまり、エイクが語った女オーガとの関係は恐らく事実ではない。

 とするならば、魔族と繋がっているという最悪の可能性さえ考えられる)


 メンフィウスはそんなことまで考慮していた。

 もちろん、エイクが大量の魔族を倒してチムル村を救ったことは紛れもない事実だ。だが、全ての魔族が一枚岩になっている訳ではない。

 人間の国々が互いに敵対していることもあるように、魔族同士が激しく対立していることも珍しくない。

 エイクが偽りを述べて、女オーガを奴隷として王都に連れ込もうとしているならば、彼が今回の襲撃を行った魔族たちとは別の魔族と結託している可能性も考えられるのである。


(とはいっても、確証があることではない。彼の言葉に嘘があると思ったのも、結局は私の感覚に過ぎないのだから、決め付けはできない。

 仮に私の感覚が正しかったとしても、取るに足らない虚偽かもしれないのだしな。いずれにしても、焦って結論を出すべきではない。

 だが、エイクについて慎重に調べなければならないのも事実だろう)

 メンフィウスは最終的にそう考えた。


 伝令の兵からエイクの活躍を聞いた時、メンフィウスはエイクこそアストゥーリア王国に必要な者だという確信をより深め、何としてでも軍に入って欲しいと考えた。

 だが、エイクと話してその言動に若干の不審を持ったことから、その身辺を調査しなければならないと思うようになったのである。


(どちらにしても、今のエイクに軍に仕官する気持ちはないのだ。仕官に応じてくれる材料を探すためにも、今の彼のことをもっと詳しく知らなければ……)

 と、そんな事を考えていると、トン、トンというノックの音が聞こえた。


「どうした?」

「ルミフス隊長、マチルダです。入室してよろしいでしょうか」

 メンフィウスの問いかけにそんな答えがあった。


「構わない。入ってくれ」

「失礼します」

 マチルダはそう言って入室し、扉を閉める。

「隊長。改めて、今回の魔族の動きについて相談させてください」

 そして、そう告げた。

 その顔はいつも以上に真剣なものだった。

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