第91話 悪神の信徒
爆発によって、エイクは吹き飛ばされ倒れ伏した。
「くッ、つッ」
苦痛の声が漏れる。しかし、エイクは淀みなく動いて立ち上がった。
エイクの命に別状はない。
事前の見込みどおり、エイクは1人か2人に組み付かれて自爆されても、それでも死なないだけの耐久力と生命力を有していた。
組み付かれたのが、もっとも高威力の爆発を起こすモニサだったことには肝を冷やしたが、やはり、死ぬほどの威力ではなかったのである。
自己治癒の錬生術によって、前の戦いでの負傷を全て直していたお陰でもある。もしも、マナの消費を惜しんでダメージを残したままにしていたならば、危うかっただろう。
魔族たちは間違いなく全滅していた。最早エイクに攻撃を仕掛けようとする者は、その場には誰もいない。
だが、立ち上がったエイクは顔を歪め、「くそッ!」と悪態をついた。
エイクの両腕を、ちぎれたモニサの手がまだ掴んでいた。
エイクはモニサの手を剥ぎ取って投げ捨てると、放してしまったクレイモアを回収する為に、先ほど爆発を受けた場所に歩を進めた。
クレイモアはそこに転がっていた。
そしてその近くには、モニサの生首も転がっていた。その顔は、まだ笑っていた。
「何なんだ、お前らは、一体、何を考えてこんな事を……」
その薄気味悪い生首を見ながら、エイクは思わずそう声に出して呟いた。
それほど、この魔族達の行いはエイクにとって理解不能なものだった。
特に理解できないのは、最初に自爆した6体のボガードの行いだ。あれが、自ら命を投げ捨てるに足る行為だとは、エイクにはどうしても思えなかった。
実戦に挑む以上、死ぬ覚悟を持つ必要はある。そして、敵との実力差が大きければ、自分は死ぬと、実質的に分かっていながら戦わなければならない事すらある。
エイク自身、父の仇と刺し違えてでも戦う覚悟があるし、今も尚敬愛して止まない“伝道師”が、もしも窮地に陥ったりしたならば、助ける為に命を投げ捨てる覚悟で戦うことも出来る。
だから、エイクがエレシエスを襲った時に、多くの魔族が絶望的な状況でありながら、エレシエスを守る為に最後まで戦った事は理解できる。
だが、如何に絶望的であり、実質的に死が免れない状況でも、戦う以上は生き残る可能性もゼロではない。
命を惜しまず、死にも怯まず戦う者でも、生き残る可能性を完全に放棄しているわけではないのだ。だが、自爆するならば生き残る可能性は完全になくなる。
その意味で、自爆攻撃には、命を惜しまずに戦う以上の覚悟が必要だろう。
当然それは、より一層大切なものの為に行われるはずだ。
文字通り、自分の命の全てよりも大切なものの為に。
だが、今のボガード達の自爆は、そこまで大切なものの為に行われたとは思えない。
もしも、あの行為によってエイクという強敵を確実に殺せるなら、それは大切な事だったかも知れない。少なくとも、エイクを確実に殺すための一手になるなら、まだしも理解できる。
だが実際には、あの行為にそれほど重要な意味はない。エイクが煙幕の中から脱出してしまう可能性は、かなり高かったからだ。
エイクはオドの感知能力によって、考えるまでもなく敵が包囲を狙っている事に気付いて煙幕から脱した。
だが、そんな能力がなかったとしても、少し考えれば包囲の危険性を思いつく事は出来ただろう。包囲されると具体的に思いつかなくても、視界を塞がれた状況で、そのまま棒立ちしている危険性くらいは理解できる。
どちらにしても、煙幕から脱出しようと試みた可能性は相当高い。
要するにボガード達の自爆は、エイクを確実に追い詰める一手とは言えないものだった。
精々エイクに勝てる可能性を少しあげることが出来るかもしれない。という、その程度のものでしかない。
だが、あのボガードたちは、その「かもしれない」だけの為に、己の命を投げ捨てたのだ。
しかも、あのボガードたちは笑いながらそれを行った。
死ぬ覚悟で戦うにしても、直接的に自爆するにしても、それは己の命というとても大切なものを犠牲にする行為だ。必然的に悲壮な覚悟で行われるはずである。
間違っても、笑いながら行うようなことではない。
仮に命懸けの行動が成功したなら、死に際して笑みを見せることもあるかも知れない。
だが、あのボガードたちは、そしてその後に次々と自爆していった者達も、成否など関係なく、最初から幸せそうに笑いながら、喜んで、死んでいった。死ぬ事自体が嬉しいというかのように。
どう考えても尋常ではない。
戦いを好む者の中には、全力を出し切って戦った事に満足して、笑いながら死ぬ者もいる。例えば、あのゴルブロの最期はそんなものだったのだろう。
更に言えば、世の中には戦うこと自体を楽しみ、笑いながら戦う戦闘狂などもいるらしい。
だが、そのような者も存在するという事を踏まえても、やはり、あのボガード達の行いは理解出来ない。
煙幕を張るための爆発物として死ぬ。それが、満足出来る最期なのだろうか? そんなふうに思えるものなのか?
それに、あのボガード達は戦ってすらいない。命を投げ捨てただけだ。命をただ投げ捨てる事が楽しいのか?
(こいつらは、自分の命を大切だと思っていない、とでもいうのか?)
エイクはそう思い至った。
結局、そうとでも考えなければ、エイクにはこの魔族達の行動が理解できなかった。
しかし、どちらにしてもエイクには、自分の命が大切ではないという感覚が実感できない。その意味で、やはりエイクにとって、この魔族達の行動は理解不能な、異様な行いだった。
そして、理解出来ないということが、薄気味の悪い、恐れのような感覚をエイクに与えていた。
エイクは容易に気持ちを落ち着ける事はできなかった。だが、ともかく身を屈めて、クレイモアを拾った。
その時クレイモアの近くに、15cmほどの大きさの金属製の像が転がっていたのに気付いた。
それは、下を見下ろして指をさす男性像。悪神ダグダロアの像だった。
この場で死んだ魔族の誰かの持ち物だったのだろう。
(悪神ダグダロア。これが、悪神のやり方。そしてダグダロア信者のあり方だというのか……)
エイクはそんな事を思った。
先ほどの魔族たちは、神託を受けた直後から、何の打ち合わせもせずに、組織だって行動していた。流石に今のような事態を事前に想定していたとも思えないから、あの行動は神託によって指示されたものなのだろう。
実際には預言者が行う擬似神託、それもフィントリッドの言葉を信じるなら、古代魔法帝国時代の魔法装置を使って、効率的に下す事が出来るようになった擬似神託のはずだ。
つまり、あの魔族達が聞いたのは、本当の神の声ではなかったと思われる。ある意味では、あの魔族達は偽りの神の声に従って死んだわけだ。
だが、だとしても、実質的にはダグダロアの意志に従って死んだと言ってよい。預言者が己が信じる神の意に背くことはあり得ないからだ。
魔法装置による疑似神託の効率化というものが、実際にはどのように行われるのか、エイクには分からない。だが、それでも神の意に反するものにはならないだろう。
つまり、あの行動こそがダグダロアが是とするものであり、そして、そのような意思にすら、笑って従うのがダグダロア信者というものである。ということだ。
そして、この場に居た魔族たちは、実際にその通りに行動した。
エイクは、薄ら寒い怖れに似た感覚を、振り払う事が出来なかった。
(それに、あそこまで具体的な指示を出したということは、この場の状況を知っていたということだ。恐らく、何らかの方法で見ていたんだろう。ご照覧ある。とも言っていたしな)
エイクはそう考えると、立ち上がって、睨みつけるように鋭い視線で空を見上げた。
今もまだダグダロアの預言者が、少なくとも、その意を受けた者が、この場を見ているかもしれない。と、そう思ったからである。
とある場所に、一つの丸机を囲む3人の男女がいた。
3人とも、簡素な祭服に似た衣服を身につけている。
丸机には一抱えほどもある大きな水晶球が置かれ、2人の男はその机を挟んで立っており、女は机の前に置かれた椅子に腰掛けている。
女は、頭部を完全に覆う、全く隙間のない白銀のフルヘルムのような金属製のマスクを被って、両手で水晶球を挟んで触れていた。
その手は震え、マスクの中からは苦しげな呼吸音が聞こえている。
机も椅子も純白で、そこに複雑な文様や古語が、金色で描き込まれている。女が被るマスクも同様だ。その文様は淡く光っていた。
それらが何らかの魔法装置であり、今まさに発動しているのは明らかだ。
事実、魔法的な効果が現れていた。
水晶球の中に、上を見上げる青年の姿が映し出されていたのである。
それは、今現在のエイク・ファインドの姿だった。
その姿が、不意に薄れて消えた。
女の手が水晶球から離れていた。
「はぁッ、はぁッ、はぁッ」
女は机の上に手をつき、頭を下げて苦しげな呼吸を繰り返している。女は酷く疲弊していた。
女から見て左側に立っている男が、そんな女の様子を冷めた目で見ている。
「はぁ」
その男はため息を吐くと、向かいに立つ男に顔を向けて発言した。
「見ての通り、作戦は失敗だ。
あの様子では村への襲撃を指揮しているトロールも討たれてしまうだろう。そうなれば妖魔共が持ちこたえる事は出来まい。
お前は、この事を、主上に伝えてくれ」
「分かった」
相手の男はそう了承の言葉を告げ、その場を後にする。
残った男は、女の方に視線を戻した。
女はまだ苦しげな呼吸を繰り返している。
男はその女に冷淡な口調で告げる。
「お前は、もっと効率よくこの装置を使いこなせるように励めよ。
もっと長期間継続的に装置を使って、的確に状況を把握し、そして、主上の意を伝える事が出来れば、今も作戦失敗とはならずに済んだはずだ」
「分かって、いる」
女は苦しげにそう返す。
その声は頭部を覆う装置によってくぐもって聞こえ、年齢などを察する事はできない。
男は冷たい口調のまま言葉を続けた。
「本当に分かっているのだろうな。
折角、主上から名代の大役を仰せつかり、その装置を扱えるようになっているのだ。お前には、その力を最大限に活用できるようになる義務があるのだぞ」
「分かっている」
女は同じ言葉を繰り返した。
女の返答を聞いた後、もう一度ため息をついてからその男も去り、その場には女だけが残った。
すると、それまで続いていた苦しげな呼吸が唐突に止まる。
そして女は、小さな声で呟いた。
「エイク・ファインド。これほどの強さとは。あの男の事も考慮する必要があるな。今後の計画の為に……」
女の呟きは、誰にも聞かれることなく、その場に消えていった。
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