第92話 チムル村解囲
チムル村の防衛戦を指揮していたヴァスコ・べネスは、大急ぎで村の北にある物見櫓に登っていた。
妖魔の指揮部隊が、再び何者かに攻撃されているとの報告を受けたからだ。
少し前にも妖魔の指揮部隊が攻撃されるという事態が生じていた。
その時もヴァスコは物見櫓から様子を伺った。ヴァスコがみた襲撃者はかなりの猛者で、徒手の格闘術を用いて10体余りの妖魔達を倒していた。
指揮部隊はかなり混乱し、チムル村を攻撃する妖魔たちにも動揺する者が少なからず生じた。
その時ヴァスコは、再び出撃して今度こそ敵の指揮部隊を討つことも検討した。
それは難しい選択だった。
現在の守備部隊の状況と敵兵力を考えると、本隊の来援まで持ちこたえるのは難しいように思える。敵の指揮部隊を一気に叩いて事態を打開できるならそれに越したことはない。
だが、次に出撃すれば、恐らくそれが最後の出撃となり、その次の機会はもう生じないだろう。
前回の出撃は敵の意表を突くことが出来た。お陰で終始主導権を握って無事帰還し、多くの妖魔を誘き寄せて大打撃を与える事にも成功した。
だが、2回目となれば敵も用心するはずである。
現時点で出入口付近に障害物等は置かれておらず、出撃する事は可能だ。しかし、出撃すれば、すかさず村への出入口の周りを固めて、出撃部隊が帰還できないようにされてしまうだろう。
そうなれば、多勢に無勢でいずれ出撃部隊は壊滅。主力を欠いた守備部隊も遠からず敗れ去るはずだ。
つまり、次に出撃したなら、それで勝負を決めてしまわない限り、実質的に敗北が確定なのだ。あえて出入口の近くに障害物等を設置していないのは、むしろ出撃を誘っているようにも思える。
ヴァスコがそんな事を考えて逡巡しているうちに、新たな情報がもたらされた。
“遠見”の魔術を使った冒険者によって、その襲撃者がオーガの女である事が確認されたのだ。
魔族同士で争うことは当然ありうることである。しかし、オーガの行いに全てを賭けて出撃する事は出来ない。そう判断したヴァスコは出撃を見合わせた。
その後、村を攻撃する妖魔達から200ほどが動いて、その女オーガに向かっていった。その結果、女オーガは退いてしまっていた。
その後間もなくして、今度は森の中から爆発音が響いた。
最初に1回。その後少したってから、今度は何回もの爆発が続けざまに起こった。
チムル村守備部隊と村人達は原因不明の事態に動揺した。しかし、村を攻撃している妖魔の動揺はそれ以上だった。
特に指揮部隊は大いに乱れていた。その様子を見るに、爆発音は妖魔達にとっても想定外のものだったのだろう。
これも隙と言えば隙だった。しかしヴァスコはやはり出撃を見送った。原因不明の事態では確実性に欠けるからだ。
そして今、再び敵指揮部隊を攻撃する者が現れたのだという。
物見櫓に登ったヴァスコは、目を凝らして敵指揮部隊を見た。
確かに敵は大きな混乱を起こしている。
ヴァスコにも、妖魔を攻撃している者の姿を遠目に見ることが出来た。
「べネス殿!」
下からヴァスコを呼ぶ女の声がした。参謀のマチルダだ。
「どうした!」
ヴァスコは敵指揮部隊から目を離さないままに声を返す。
「今度こそ味方です。
冒険者が確認しました。敵を攻撃している者はエイク・ファインド殿です。ガイゼイク様のご子息です。
確認した冒険者はエイク殿の知己の者で、絶対に間違いはない。とのことです」
「エイク・ファインド……」
ヴァスコは、やはり敵指揮部隊で起こっている事を見ながらそう呟いた。
「直ぐに出撃の準備を行います! これは千載一遇の好機です。
話に聞くエイク殿の実力なら、我々と力を合わせれば敵の指揮部隊を壊滅させることも十分に可能なはず。
逆に、彼を見捨てては士気が下がります。直ぐに出撃すべきです。よろしいですね!」
マチルダは何時になく強い口調でそう述べた。
彼女はこのような好機を得たにもかかわらず、ヴァスコの反応が薄い事に苛立ちを感じていた。
そんなマチルダに、ヴァスコがまた声を返す。
「出撃の準備は進めてくれ。だが、それほど極端に急ぐ必要はない」
「何を言っているのですか!」
マチルダの口調が更に強いものになる。
だが、ヴァスコの返答は平静なものだった。
「もう直ぐ終わる」
「どういうことです?」
「我々が行くまでもない。もう直ぐ敵の指揮部隊は壊滅だ」
「え?」
マチルダは、ヴァスコの言葉を聞いて驚いたようだが、ヴァスコの目にはそれは明白だった。
敵部隊を襲撃した者の強さはそれほど圧倒的だったのである。
剣の一振りで複数の妖魔が次々と討ち倒されている。
ヴァスコが自分では勝てないほどの強者と思った巨体を誇るトロールも、全く相手になっていない。
倒されるのは、正に時間の問題だった。
「ガイゼイク様の子、か……」
ヴァスコはまたそう呟いた。
彼が見る襲撃者の戦いぶりは、確かにかつてのガイゼイクの勇姿を髣髴とさせるものだった。
トロールのボルガド率いる妖魔の指揮部隊を攻撃したのは、確かにエイクだった。
エイクは、モニサたちの最後の振る舞いに動揺し、少しだけ動きを止めてしまっていた。だが、直ぐに状況を思い出し、気を取り直して、錬生術で傷を治しつつ森の外にいる妖魔の指揮部隊の方へと急いだ。
そして、速やかに攻撃を仕掛けたのである。
ヴァスコが直ぐに終わると言ったのも間違いない。
指揮部隊に残っていた40ほどの妖魔の中に、エイクの脅威になるような者はいなかった。指揮官たるボルガドも含めてだ。
エイクはクレイモアを縦横に振り回して妖魔達をなぎ払い、迅速にボルガドに迫った。そして、優先して攻撃した。明らかに他より強いボルガドこそが、この部隊の指揮者だろうと見て取ったからだ。
そして、瞬く間に、トロールの再生能力でも追いつかない甚大なダメージを与えていた。
「おのれ!!」
そう叫びつつ、ボルガドは渾身の力と気迫を込めて大斧を振り下ろす。
己の敗北を悟ったボルガドが、せめて一矢報いようと放った最後の一撃だ。
だがエイクは、それすらも軽く避け、クレイモアを的確に首に打ち込んでこれを切断し、確実にボルガドを殺した。
ボルガドが死んだ後も、周りに居た妖魔たちは決死の形相で臆せずエイクに切りかかって来た。だが、エイクに敵すべくもなく、薙ぎ払われていく。
そして、短時間の内に妖魔の指揮部隊は全滅してしまったのである。
エイクは、クレイモアから右手を放し、妖魔の1体が使っていた槍を拾った。そして、その槍でボルガドの生首を突き刺し、上へと掲げると大声を上げる。
「敵将、討ち取った!」
その声はチムル村を攻めている妖魔たちの下に届いた。
妖魔たちの中には、既に指揮部隊の混乱を察知して、攻撃の手を止めている者もいた。
指揮部隊ヘ救援に動こうとしていた妖魔もいたが、彼らもその動きを止めてしまっている。
そして今、エイクの声を聞き、より多くの妖魔が動きを止め、エイクの方を見た。そして、それを見た妖魔達は言葉を無くした。
戦いの喧騒も、若干静まる。
そこで、エイクが更にもう一度、大音声で勝ち名乗りを上げた。
「ガイゼイク・ファインドが一子、エイク・ファインド、敵将を討ち取った!!」
その声は、先ほどを超える大きさで、そしてそれ以上に良く通り、広範囲に轟いた。
そして、エイクは、ボルガドの生首を掲げたまま、チムル村の方へ歩き始める。
エイクの声を聞き、彼が掲げるのが自分達の首領の生首だという事を察し、そしてそのエイクが向かってくるのを見て、妖魔たちに大きな動揺が走った。
加えてチムル村の中からも声が響く。
ヴァスコ・べネスの声だ。
「敵将は討たれた! 我らの勝利だ!」
「「おお!」」
兵士たちも呼応して声を上げる。
妖魔たちの動揺は更に広まった。
一部のゴブリンロードやゴブリンシャーマンの中には逃げ出すもの現れる。
しばらくしてチムル村南の門が開かれ、50ほどの騎兵が躍り出た。そして、付近の妖魔達を蹴散らし始める。
今こそ妖魔を排除する好機と見たヴァスコとマチルダが出撃したのだ。
騎兵に攻撃された妖魔たちは、立ち向かおうとする者よりも逃げようとする者の方が遥かに多かった。
その様子を見たエイクは、ボルガドの首を刺し貫く槍を妖魔たちの方に向かって大きく投げる。
エイクは既に妖魔たちの近くに来ていた。槍は妖魔たちの下まで届いた。
「うおおお!」
そして、エイクは雄叫びを上げ、クレイモアを両手で握って妖魔たちへ向かって駆け出す。
これが最後のきっかけになった。
残された妖魔の殆どが逃げ始めたのだ。
それでも尚督戦する者達もいた。だが、彼らも自分の直ぐ近くにいる者を押し留めるのがやっとだ。
チムル村を攻撃していた妖魔軍は崩壊し、チムル村は救われたのである。
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