第90話 神意の戦②
エイクはクレイモアを構えながら、ボガードの動きを見定めようと目を凝らした。
相手が組み付いてくるのを避けるか、それとも可能ならこちらかタイミングよく攻撃して、爆発前に倒す為だ。
だが、ボガード達の行動はエイクの意表をついた。
ボガード達は、真っ直ぐエイクに向かうのではなく、それぞれエイクの左右を目指すように動いた。そして、エイクの斜め前、それも5m近くも離れたところで、2体とも爆発したのだ。
「なっ!」
エイクは思わずそんな声をあげた。
その行動の意味が全く分からなかった。
その距離では、エイクの攻撃は届かないが、爆発によるダメージをエイクに与える事もできない。
ただ、爆煙が上がり、血しぶきが飛び、木の葉や土が巻き上がってエイクの視界を塞ぐ。
1体のボガードの生首が、偶然にもエイクの方に飛んできた。
その顔には、死しても尚笑顔が浮かんでいる。
エイクはその生首をクレイモアで振り払った。
その時エイクは、煙の向こう側でオドが2つ、左右に分かれて動くのを感知した。更にその後にもう2つのオドが続く。
後続のボガードが、爆煙と土煙の煙幕に紛れてエイクの横に回り込もうとしているのである。それも若干の時間差をつけて。
エイクは左右から来るだろう突撃に備えて身構えた。
だが、エイクの横に回った2体もそれ以上エイクに向かうことはなく、その場で爆発する。
更に後続の2体は、前の者の爆発に紛れるように動き、エイクの左右斜め後ろに至り、そしてその場で爆発した。
エイクは意表をつかれ、相手の行いの意味が分からず、咄嗟に動く事ができなかった。
都合6体のボガードがエイクの周辺で爆死し、その結果生じた爆煙と土煙によって、一時ほぼ全周囲でエイクの視界が塞がれた。
その隙をついて、残った15名の妖魔が一斉に動き出していた。全員でエイクの周囲を囲もうとしている。
このままなら、煙が晴れた時にエイクが目にするのは、自分を取り囲む魔族達の姿だろう。
だが、エイクはその動きを、オドの感知能力で捉えていた。
(包囲するつもりか。その為に、その動きを助ける目くらましになる為に、最初の6体が爆死したとでもいうのか? たったそれだけの為に!?)
エイクはそう考え驚愕した。
だが、包囲されるのが拙いのは間違いない。周り中から一斉に攻撃されては回避が極めて難しくなるからだ。
周り中から連携して一度に攻撃を仕掛けるのは5人か6人が精々だ。それは、互いの体が邪魔になるからである。
だが、先に攻撃を仕掛けた者の体が爆散するなら、次の者の邪魔にはならない。次々と連続して攻撃を続けられる。
そしてそれを全て避けきるのは、一方向から向かってくる攻撃を順々に避けるよりも遥かに難しい。
実際この15名の魔族に全方位から攻撃を仕掛けられたら、エイクといえども4・5名ほどの者に組み付かれてしまうだろう。
その数の自爆攻撃に直接曝されては、流石に死んでしまう可能性はかなり高い。
その事を悟り、エイクは即座に動いた。
オドとオドの間の隙が比較的広かった右側へと駆ける。
そして、首尾よく煙幕を抜けた。
その近くには、ボガードとオークが1体ずついた。
その妖魔たちは、いきなり現れたエイクに驚いたようだが、直ぐに我に返ってエイクに掴みかかろうとする。無論、自爆も発動させていた。
だが、エイクは全く危なげなくそれを避ける。
ボガードとオークは、エイクの間近で爆発した。
エイクは抵抗に成功し、必要な錬生術も全て発動させている。
さすがに無傷とは行かなかったが、ダメージはかすり傷程度に過ぎない。
最初に生じた煙幕は収まりつつあった。妖魔たちは包囲に失敗した事を悟って、改めてエイクの方に向かう。
最早、目くらましの余裕はないと考えたのか、魔族たちは今度こそ続けざまに直接エイクに掴みかかり、諸共に爆砕しようとする。
前の者の爆発で生じた煙幕がエイクの視界を塞ぐ。
だが、それは攻撃しようとする者にとっても同様だ。
少なくとも全周囲から攻撃されるよりも避けやすい。むしろ、オドを感知出来るエイクの方が遥かに有利だ。
エイクは縦横に動いて、魔族達の攻撃を尽く避けた。
魔族たちは、エイクの周辺で瞬く間に次々と爆死してゆく。
エイクも無傷ではない。
全ての爆発がエイクにダメージを与えて行く、エイクは2回抵抗に失敗し、無視できないダメージを被った。
だが、それでも致命傷には程遠い。
そしてついに、エイクに迫る魔族は最後の1名だけになった。それは女オーガのモニサだった。
結果的に最後に残ったモニサも、一瞬の遅滞もなく、先に爆砕したトロールに続いてエイクに迫った。
エイクはさすがにかなり体勢を崩していたが、それでも避けることは可能だと考えた。
そして、実際に身をかわそうと、改めて両足に力を込める。
その時、エイクの右足が滑った。
エイクの足元には、先に斬殺されたダークエルフのリシアーネの死体が転がっており、エイクはその長い銀色の髪を踏みつけていた。
それがエイクを滑らせたのだ。
(くそッ!)
エイクは心中で悪態をついた。モニサの攻撃を最早避けることが出来ないと悟ったからだ。
エイクは咄嗟にクレイモアの切先をモニサのほうに向けた。
クレイモアの切先を避けるために、モニサが僅かでも身をかわせば隙が出来ると考えたのである。
愚かな行為だった。
既に死を決して行動しているモニサが、クレイモアの刃を恐れて絶好の機会を逃すはずがない。
モニサは一瞬の躊躇いすらも見せずに、全力で真っ直ぐにエイクに向かって突き進んだ。クレイモアの切先がモニサの胸に突き刺さる。それにも構わず、彼女は力強く踏み込んで、そして、そのままエイクに掴みかかろうとする。
エイクは、クレイモアから手を離して後退しようとした。だが、やはり間に合わない。
モニサは両手でエイクの両腕を掴んだ。
「神王様に栄えあれ」
そして、笑顔のままにそう告げると、エイクを巻き込んで、爆発した。
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