第85話 魔族の本隊を攻める①

 チムル村の少し南からヤルミオンの森に入り、西へ1kmほど進んだ場所。そこに生えた大木の上に、1人のダークエルフの男が潜んでいた。

 かなり高い場所にある枝の上に乗り、体を幹に寄せて、枝葉も用いて巧みに身を隠している。

 見事に気配を消しており、よほど観察力に富んだ者でも、そこに隠れている者がいるとは気付かないだろう。

 素人なら、隠れている者がいると教えられても見つける事が出来ないかもしれない。まるで魔法を使っているかのようだった。

 それほどに野伏の技術に熟達しているのである。


 そのダークエルフは、注意深く周囲のかなり広い範囲を観察している。

 彼は見張りだった。

 そして、今回の妖魔を用いた作戦の、総司令官と側近達が率いる本隊の周辺を警戒していた。

 ヤルミオンの森の中にいる50ほどの部隊が魔族の本隊だろうという、フィントリッドらの予想は正解だったのである。


 彼のような見張りは全部で12名いた。

 見張り達は、それぞれ本隊から数百m離れた場所に点々と配置しており、本隊に近づく者がいないか警戒している。

 何事かあれば速やかに本隊に連絡して、間違っても敵に奇襲されたりしないようにするのが彼の任務だ。


 全く油断なく任務を全うしていたダークエルフだったが、ふと、背後にかすかな気配を感じた。

 彼は振り返ろうとした。

 だがその前に、背後から伸びた手が彼の口を押さえ、直後に喉に衝撃があり、そして、彼の意識は永遠に失われた。


 ダークエルフの喉には、刺突用の短剣スティレットが突き刺さっていた。それが頚椎を貫き、瞬時にその意識と命を刈り取ったのだ。

 それをなしたのは、ダークエルフの背後に忍び寄っていたエイク・ファインドだった。


 エイクは錬生術の奥義によって完全に気配を消し、魔法のブーツ“大蜘蛛の足”の効果によって、木の幹を歩いて登ってダークエルフの背後に至り、そして左手でダークエルフの口を押さえ、ほぼ同時に右手に持ったスティレットの一突きによってダークエルフを殺したのである。

 エイクは、まずは見張り達を皆殺しにするつもりだった。


 魔族の本隊と思われる部隊の回りに見張りがいることは、予めフィントリッドから教えられていた。

 その上、オドを感知出来るエイクにかかっては、どれほど巧みに気配を消しても意味がない。

 また、エイクの野伏の技量はこのダークエルフを超えており、錬生術の奥義によって気配を完全に消し、魔道具の効果で木の幹を普通に歩いて登る事もできる。

 そのエイクにとっては、卓越した技量を持つダークエルフすら、容易く狩ることが出来る獲物に過ぎなかった。


 ダークエルフが確実に死んだ事を確認したエイクは、ダークエルフの口を塞いでいた左手を解いて懐から布切れを取り出し、ダークエルフの首にあて、血が周囲に撒き散る事がないようにした上でスティレットを引き抜いた。

 そして、スティレットを右腰の鞘に戻すと、次に細い紐を用意して、ダークエルフの死体を木の幹に縛り付けて固定した。

 そうやって、ダークエルフの死体が容易に見つからないようにしたのである。


(次に行くか)

 エイクはそう考えて、他の見張りがいる方向へ向かった。

 ちなみにエイクは、次の標的の元に真っ直ぐには向かわず、野伏としての感覚で標的を探しているかのような動きをしていた。

 見張り役がいる場所も概ねフィントリッドから教えられていたが、その正確な場所を瞬時に特定して見せれば、何か特殊な感知能力を持っていると悟られてしまうと思ったからだ。

 エイクは、覗き見はしないというフィントリッドの言葉を信じていなかった。


 そんな小細工をしつつも、エイクは最初の目的を達した。

 見張りたちを全て、誰にも知られることなく抹殺したのである。

 次にエイクは、魔族の本隊と森の外で妖魔を指揮している部隊の間に動いて、簡易な罠を作り始めた。

 屋外における罠の設置という、自身が得意とする技能を有効に活用しようと考えてのことだ。




 やがて、慎重に、だが迅速に罠を仕掛けているエイクの耳に、森の外の方から怒号が聞こえ始めた。

(アズィーダが襲撃を始めたな。予定通りの時間だ)

 そう考えたエイクは、錬生術の奥義を用いて気配を消し、付近の木の幹に身を寄せ、姿を隠す。

 

 エイクが静かに待機していると、森の外の方から木々の間を縫って飛んでくる者達がいた。

 身の丈は120cm程度。人間の子供のような体だが、頭髪はなく、大きな尖った耳が突き出ている。

 口には小さいが鋭い牙が生え、手足の指の先は全て鋭く尖っている。

 布製の服を身につけていたが、背中は大きく肌が露出していた。そしてその背中には、蝙蝠のような翼が生えている。

 妖魔の一種であるグレムリンだった。

 

 グレムリンは肉体的にはゴブリンよりも弱いくらいだったが、知能は人並みに高く、例外なく何らかの魔法を覚えている。

 そして、ボガードやオークと同様に通常よりも強い個体も存在しており、中級クラスの妖魔とみなされていた。

 そのグレムリンが2体、森の外から奥の方へ向かって飛んでゆく。体形をみると、そのうち1体は女のようだった。

 悪戯好きで知られるグレムリンだが、今は柄にもなく真剣な表情を見せており、全力で飛んでいた。


 グレムリンはエイクが身を隠す木のそばを通り過ぎた。エイクが隠れている事に全く気付いていない。

 すかさずエイクはスティレットを投擲する。

 スティレットは、背後から1体のグレムリンの頭部を刺し貫く。

 グレムリンは即死し、言葉もなく墜落した。


「え!?」

 横を飛んでいた女グレムリンがそんな声を上げ、エイクがいるほうを振り向く。

 その瞬間、女グレムリンの右目をスティレットが貫いた。

 エイクが、魔道具“取り戻す手鎖”の効果で手元に戻ったスティレットを、続けざまに投擲したのである。

 女グレムリンも即座に絶命して地に落ちた。


 エイクは先ほどから2体一組になったグレムリンが、森の中の本隊と森の外の指揮部隊の間を往復して、情報のやり取りをしている事を把握していた。

 このことは、森の奥に潜む魔族が、間違いなく現在チムル村を攻撃している者達の一味である事をエイクに教えていた。

 そしてまた、森の中にいる者達が、森の外の情勢にかなり気を使っていることも証明している。


 今の2体のグレムリンは、指揮部隊が襲撃された事を至急本隊に伝える為に飛んでいたのだろう。

 エイクがその2体のグレムリンの死体を隠していると、次は森の奥のほうからやはり2体のグレムリンが飛んでくるのが分かった。

 本隊にも指揮部隊の方からの怒号が聞こえたのだろう。状況を確認する為に、本隊付きのグレムリンを飛ばしたのだと思われる。

 エイクはこの2体も、前のグレムリンと同じように容易く殺した。


(これで、森の外からの情報を遮断できたと考えていいだろう。

 森の中の連中は、外の状況を知る為に動くはずだ。そこを攻撃する)

 エイクはそう考えオドの感知能力を使って、魔族の本隊の動きを探った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る