第83話 妖魔対策会議

 フィントリッドの城の一室に、フィントリッド本人とその重臣達がまた集まっていた。

 アストゥーリア王国軍と魔族の戦いに気付いたセフォリエナの報告を聞き、対応を協議するためだ。

 早速セフォリエナが状況を説明した。


「テティス達がいる村を攻めているのは殆どが下級妖魔だ。数は2千数百ほど。その全軍で村を攻めている」

 700もの被害を受けてしまったボルガドは、残る兵の殆どでチムル村を攻撃していた。

 大きな被害を受けた状況で、一部の者を待機などさせていては士気が萎えてしまう。それよりも、戦いの熱狂の中に全軍を投入すべきだ。そのように判断したからだ。


 セフォリエナは説明を続ける。

「はっきりとは見えなかったが、今日1日持ちこたえられるか、難しいところだと思う」

 セフォリエナの能力ではチムル村を直接見ることは出来ない。だが、森からの遠望でも、そのくらいのことを読み取っていた。


「それから、村の近くにいながら、戦闘に参加していない者達もいる。

 まず、村から真っ直ぐ西の、森の近くに約50の妖魔。こいつらはトロールやオーク、それに修練を積んだボガードなど比較的強そうな者ばかりだった」

 セフォリエナは、続けてそう告げる。

 それは、チムル村守備部隊も気付いていたボルガド率いる妖魔の指揮部隊だ。

 ボルガドは指揮部隊から督戦の為に兵を割いていたため、指揮部隊の兵力は朝よりも減っている。


「そして更に、そこから森へ入って、そのまま西へ1kmほど進んだところにも50ほど。

 ここには、それなりに強そうなオーガやダークエルフもいた。

 強そうとは言っても、見た限り私達になら簡単に倒せそうだ。

 もちろん、見ただけでは分からない能力を持っているかもしれないから、油断はすべきではない。だが、少なくとも特別に警戒しなければならない根拠も見受けられなかった。

 それから、その集団の周りを警戒している者達もいる。かなり厳重な警戒だ。その様子から見ても、これが魔族共の本隊と考えていいだろう」

 チムル村守備部隊の者達は全く気付いていなかったが、森の中にはそのような部隊も潜んで来ていたのである。


「この他に、南ではアストゥーリア王国軍1200ほどと妖魔共5000ほどが戦闘中。

 王国軍優勢だが、決着が付くには時間がかかるだろう。

 それから、北でも王国軍約1000と妖魔共3000ほどがにらみ合っている。こちらはまだ戦端も開かれてはいない」

 北から南下していたサルゴサの部隊の前にも、妖魔達が立ちはだかっていた。つまり、チムル村は北からの援軍も望めないのである。


「南と北の妖魔の動きは、村への援軍を阻むためのものだろう。連携して動いているということだ。

 闇の担い手も含む本隊が近くに控えている事を見ても、魔族共の当面の目的が村を落とす事なのはまず間違いない」

 セフォリエナはそう報告をまとめた。


 これを受け、まずフィントリッドが口を開く。

「テティスの安否は確認できないのか?」

 セフォリエナが答える。

「ああ、はっきりと見ることは出来なかった。

 だが、あの子は下級の妖魔程度に簡単に殺される事はないだろう。以前ほどではないが、多少は役に立つ魔道具も渡しているしな」


「そうだな。そう期待しておこう。

 それにしても、この規模の魔族が連携して動いているからには、間違いなく預言者が指示を出しているはずだ。いよいよ動き出したというわけだ。

 だが、強力な部隊が離れたところにいて、本隊も森の中というのは都合がいいな。そいつらさえ潰せば、他の妖魔は逃げ去るだろう。

 強力な部隊を攻撃に参加させないのは、温存ということなのかな?」

 そのフィントリッドの問いかけに、ディディウスが答えた。


「それが最もありえそうな理由でしょう。

 これほどの数を動かして、その目的が村一つ落とすだけとは考え難い。恐らく、その強者を集めた部隊は、村を落とした後の作戦で使う予定なのでしょう。

 それに、闇の担い手達が森の中に引っ込んでいるのは、その姿を確認されないようにするためと思われます。

 妖魔だけの場合と、そこに闇の担い手が参加している場合とでは、光の担い手達の警戒の度合いや対応も変わって来ますから」


 妖魔と闇の担い手は合わせて魔族と称されているが、組織を構築する能力という点では、圧倒的に闇の担い手の方が優れている。

 国家と呼べる規模の集団を成立させ、更にそれを管理し維持する。そのような事を成し遂げて、“魔王”と称されるようになるのは、その殆どが闇の担い手だ。

 必然的に、妖魔だけの場合よりも、闇の担い手の存在が確認された場合の方が、より警戒されるようになる。


 例えば、現在アストゥーリア王国軍が陥っている状況についても、妖魔だけしか確認されなければ、南北から圧迫された妖魔が偶々強力な個体を中核に幾つかの大集団となり、それぞれ個別に反撃を試みた。と、そう解釈される可能性が高いだろう。

 その場合、とりあえず妖魔の集団が散り散りになれば、それで事態は終息したとみなされる。


 だが、闇の担い手が参加している事が分かれば、魔族国家の成立や魔王の誕生が疑われ、より徹底した調査が行われて、一層真剣な対応がとられる事になる。

 それを避けるために、闇の担い手は森の中に潜んでいるのだろう。それがディディウスの推測だった。


 フィントリッドもその意見に賛同した。

「なるほど、つまりこの魔族どもは何らかの目的を達したら、妖魔の群れを散らして、とりあえず事態を収めて、闇の担い手達はまたどこかに身を隠すつもりというわけか。

 確かに、万を超える妖魔の群れは大層なものではあるが、例えばアストゥーリア王国を滅ぼすには全く足りない。必然的に、目的はそこまで大それたものではなく、ある程度限定されていると見るべきだろう。

 そして、その限定的な目的を達してから、とりあえず幕引きにする。そのためには、闇の担い手の姿は見られない方がよい。と、そういうことか」


「はい、そのように思います。

 ただし、状況次第では、身を隠すのをやめ、闇の担い手が直接動く場合もありえるのでしょう。だからこそ、比較的近くで状況を確認しているのだと思います。

 要するに、出来れば闇の担い手の存在は隠したまま目的を達したいが、それが無理なら姿を現す場合もあるのだと思われます」

 

「その、魔族共の目的も気になるところだな。まあ、実際のところは、魔族共を操る預言者の目的ということになるのだろうが。

 だが、まあ、あまり悠長な事も言っていられない。

 村が陥落すれば、さすがにテティスも危険に陥るだろうからな。

 さて、誰が行けば最も目立たずに魔族共を潰せるかな?」


 フィントリッドの言葉に真っ先に反応したのはギィレレララだった。

「私に行かせてください」

 彼女はそう発言し、そのまま言葉を続ける。

「近くに忍んでいる兄弟達もいます。私が行けば並みの魔族程度には負けません」


 だが、フィントリッドはその要望を却下した。

「レレ、お前達が行ったら魔族とミュルミドンの大規模戦闘になってしまう。一番目立ってしまうだろう」

 ギィレレララは落胆して肩を落とす。


「お前にはまたそのうちに活躍してもらう機会もあるだろう。気を落とすな。

 さて、そうすると……」

 ギィレレララに声をかけてから、フィントリッドは改めて人選を考え始めた。

 ちなみに、ストゥームヒルトはまるで関心を示しておらず、ディディウスはフィントリッドの判断に従うつもりのようである。


 しかし、フィントリッドが人選を決める前に、セフォリエナが意見を口にした。

「フィン、あの魔族どもを討つことには賛成できない」

「どういうことだ?」

「西で過誤者の侵入を許してしまい、その規模も分からない。この上更に、実力が測れていない預言者と事を構えるべきではない。

 そもそも、過誤者の侵入が発覚する前から、預言者にはこちらからは手を出さないという方針だったはずだ」


 セフォリエナのその言葉を受け、フィントリッドは顔をしかめながら答えた。

「……リエナ、確かにそなたの言う事は道理だ。

 だが、その為にテティスを見捨てねばならないか? そこまで切迫した状況か?」


 フィントリッドのその反応は、セフォリエナが予想していたとおりのものだった。

 セフォリエナが知るフィントリッドという男は、時には部下を犠牲にする事もある者だ。部下を1人も殺させない、などという理想論を振りかざす者ではない。

 事実、命の危険のある任務に部下を送り出す事もあるし、その結果、実際に部下が死んだ事もある。 

 事態が切迫し危機的な状況ならば、部下の死を前提に行動したり、時には捨て駒として使ったりする事すらある。


 また、全ての部下を完全に平等に扱うほどの博愛主義者でもない。

 例えば、部下が敵に殺されたと聞けば、それが誰であっても怒り悲しむだろう。だが、その怒りや嘆きの強さは、誰が殺されたかによって変わる。

 いざとなれば、捨て駒にしてしまう部下と、絶対に失いたくない部下を峻別したりもする。


 しかし、基本的には部下を大事にする者でもある。

 自分が知らないところで部下が殺されていた時には、やむを得ないと割り切ってしまったりもするが、少なくとも、部下に危険が迫っている事を知っていながら、しかも状況に余裕があり助ける事が可能でありながら、あえて見殺しにすることはめったにない。

 今は必ずしも余裕があるとは言えない状況だったが、今程度の状況で、テティスを見殺しにすると簡単に決断するとは思えなかった。


 セフォリエナはそんな事も踏まえて、フィントリッドに答えた。

「見捨てろと言っているわけではない。

 あの子は目端が効く。無理と思ったら素直に逃げてくれるだろう。

 それに、魔族共をどうにかするにしても、私達が動く必要はない。

 エイクという人間にこの事を伝えてやればいいのだ。そうすれば、テティス達を助けようと動くはずだ。

 魔族の中で最も強そうな者も、恐らくだがエイクよりも数段弱い。他の雑魚共など相手にならないだろう。しかも今エイクは、あの珍しい能力を持つオーガを従えている。

 50位ずつ2ヶ所にいる魔族を迅速に倒す事くらい十分に可能なはずだ」


「悪くない考えだが、それをエイクに伝えるということは、私達がこの城に居ながらにして遠方の状況を知ることが出来ると教えることになる。

 それを知られてしまったら、エイクを監視していた事を察せられてしまうのではないか?」


「フィン、今更何を言っている。あの者はその程度の事は既に察しているはずだ。

 自分が隠している能力に、あなたが興味を持っている事を知っているのだから。

 その上で、我々の支配領域に足を踏み入れて、そこで戦う事を了承したということは、その様子を監視されるくらいの事は当然想定しているはずだ。

 つまり、今回の監視は、互いに承知の上で行われていた行為だった。

 私はそう思っていたし、多分間違いはないはずだ」


「……そうか、確かにそうかもしれないな。

 それに、考えてみれば、このことをエイクに伝えないわけにはいかない。

 テティスはエイクの寵愛も受けているし、同行している者達も全てエイクの女だったはずだ。その者たちの危機を知りながら隠すなど酷い背信行為になってしまう。

 そして、状況を知れば、確かにエイクも女達を助けたいと思うだろう。

 我々にとっては好都合だな。

 よし、ディディウス、エイクを呼んできてくれ」

「畏まりました」


 ディディウスはそう答えて早速エイクの下へ使いを送った。

 こうしてエイクは、“黄昏の蛇”がいるチムル村が陥っている、抜き差しならない事態を知ることになったのだった。

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