第50話 森の城へ

 エイクはフィントリッドと連れ立って、図書館街を歩いていた。予定通り、フィントリッドの城に向かう為だ。

 とりあえずの目的地は、王立大図書館である。そこに、フィントリッドの城へと続く地下通路の入り口があるのだという。


「本当は、誰か別の者に案内をさせ、招く立場の私は城でそなたを待っているのが様式というものだが、そんな事に時間を使うのも無駄だしな」

「そうだな、俺も時間は無駄に使うべきではないと思っている」

 そんな事を話しながら歩いていたのだが、エイクはフィントリッドがアイラナの街についてそれなりに詳しい事を知り意外に思った。

 フィントリッドがこの街に住み始めたのはつい最近だったからだ。


「それにしても、よく道を知っているな」

 エイクはそう聞いてみることにした。

「まあな、実を言うと、私はオフィーリアが死んだ後も、稀にこの街に来ていたのだ。

 なんだかんだ言って、この街にはそれなりに思いいれもあるからな。

 特に、旧市街はかつて私が住んでいた場所を原型としているし、この図書館街も私が築いたようなものだしな」

「なるほど」


 そうこうするうちに、目的地に着いた。

 それは大図書館の裏にある、今は遣われていない宿舎のような建物だった。

「こんな建物に、あなたの城へと通じる通路があるのか?」

 エイクはそう聞いた。

 その建物には鍵すらかかっておらず、誰でも入れるようになっていたからだ。


「ああ、余り仰々しくすると逆に目立ってしまうからな。といっても、実際に通路があるのは建物の地下だし、当然それなりに偽装している。

 それに、このような末端の出入り口は偶に代えている。ここ最近は打ち捨てられていたこの建物を利用しているが、以前の出入り口はもっとそれらしい雰囲気の場所にあった事もあるぞ」


 フィントリッドはそういうと、その建物の中に入っていった。

 そして、ある部屋に入ると、膝をついて床に手を置き、何事か呪文を唱える。

 すると、フィントリッドの前の床にかなり大きな隠し扉が現れ、自然に開く。


「こちらだ」

 フィントリッドはそう言ってエイクを招いた。

 エイクがそこに近づくと、扉の奥は大きな縦穴があり、その壁には螺旋階段が設置されている事が分かった。

 フィントリッドは気軽な様子で階段を下りていく。

 フィントリッドが一歩足を踏み入れると、縦穴の壁に仄かな光が宿った。


(この先は、いよいよこの化け物精霊術師の領域か。正直恐ろしげではあるが……。

 まあ、今更躊躇っても仕方がない)

 エイクはそう思い切ってフィントリッドの後に続いた。


 エイクが螺旋階段に完全に入ると、頭上で扉が自動的に閉まった。

 螺旋階段は相当に深い。30m以上はありそうである。その階段をくだるうちに、エイクは若干の不安を覚えた。常時使っているオドの感知が上手く働かなくなっていく事に気付いたからだ。


(やはり地下は感知が上手く行かない。迷宮のように空洞が多い場所や、比較的浅いところにあった下水道跡だと、それほどは気にならなかったが、大量の土を超えて、その先を感知する事は相当難しい。

 地上から下水道跡を感知した時も、いつもよりずっと感知し難かった。これも、この能力の弱点だ、地中からの奇襲には注意するようにしないとな。

 ……だが、このことは良く考えておく必要がある)

 エイクはそんな風に、自分が持つ能力の中でもっとも重要と考えているオド感知能力について考察を進めていた。


 やがてエイクたちは螺旋階段の底に到達した。そこからは横に通路が伸びている。

 フィントリッドの先導でその通路をしばらく歩くと、その先に扉があった。

 フィントリッドが軽く手を触れただけで、その扉が開く。そして、また仄かな光が灯った。そこは大きなドーム状の広間になっていた。

 特に装飾もされていない簡素な広間で、その中央に大きめの馬車が置かれている。馬車には2体の金属製の馬の像がつながれている。恐らく馬型のゴーレムだろう。


 広間の壁からは2つの通路が伸びていた。1つは馬車が2台並んで走れそうなほど広く、もう1つは人2人が並んで歩ける程度の幅だった。

「そちらが我が城へ向かう地下道だ」

 広い方の通路を指し示しながらフィントリッドがそう告げる。

 続いて、もう1つの通路を指差してから、言葉を続けた。


「それから、向こうの道は、大図書館の深部にある秘密の部屋に続いている。

 その部屋の存在は、最重要機密として、代々の図書館長にのみ口伝で伝えられているはずだ。

 現在その情報がどのように伝わっているか、正確なところはわからないが、その部屋の先にあるのが馬車の停留所とは誰も思っていまい」

 フィントリッドは楽しげな様子でそんな事を言った。


 エイクはフィントリッドの言葉に応えず、他の事を聞いた。

「この場所は、古代魔法帝国の遺跡なのか?」

「いや、違う。これは私が作った物だ。

 私がこの地を再興しようとした時、地上の建造物は全て破壊されていて、残っていたのは地下にあった三つの施設だけだった。

 その三つというのは、大図書館と迷宮と地下収容所兼虐殺所だ。

 私は、当時既に拠点としていた森の城と、三施設の行き来を安全かつ迅速に行えるようにしようと考え、まずこの地下通路を作ったのだ」


「この近くに迷宮があるのか?」

 エイクはその事がもっとも気になった。

「ある、というか、あったというべきか。

 その迷宮は、迷宮核が動いておらず枯れている。だから、魔物は現れないし、魔石もとれない。そして、宝物の類は全て私が回収した。

 まあ、元迷宮の廃墟と言った方が正確だろう」

「なるほど」

 エイクそう答えた。そして、実際そんなところだろうと思っていた。

 その迷宮について何か嘘をつくくらいなら、最初から黙っていればよかったからである。


「ちなみに、収容所と虐殺所への通路は、今はもう埋め戻している。

 わざわざ通路まで作って、それなりに調べたのだが、随分非道な事を行っていた事が分かってな。

 我が先祖のことではあるが、魔法帝国の行いは酷いものだ。さすがに気分が悪くなって、結局、埋め戻してしまった。

 まあ、有体に言えば、もう見たくもないと思ったので、目に付かないようにしてしまったわけだ」

「そうか」

 エイクはこの話しにも短く答えた。


 虐殺所というのは、古代魔法帝国の魔術師たちが、蛮族と蔑む者達を拷問にかけ文字通り虐殺した施設である。古代魔法帝国の大都市の多くには、そんな施設さえ作られていた。

 当時の魔術師たちの残虐さを象徴する施設である。

 そんな施設を見たくないというのも普通の感覚だろう。


「まあ、とりあえず、我が城に向かおう。馬車に乗ってくれ」

 エイクはその言葉に従った。

 馬車につながれていたのは、実際馬型のゴーレムだった。

 エイクとフィントリッドが馬車に乗り込むと、にわかに動き出し、物凄いスピードで広い通路を駆け始める。


 少し進んだところで、フィントリッドがエイクに告げた。

「もう直ぐ元迷宮へ向かう分岐になる。そなたから見て右側だ」

 エイクは進行方向に向いて座っており、フィントリッドはその対面の席にいた。

 エイクは馬車の窓から前の方を伺う。すると確かに右へ曲がる分岐が見えて来ていた。

 馬車が速度を落とさずに曲がる為だろう、通路が緩やかに右に広がっているように見える。

 馬車は特に速度を落とさず、その分岐を直ぐに通り過ぎてしまったが、エイクは真っ直ぐ北に通路が伸びているのを確認した。


「もう少し行くと、今度は左側に虐殺所への向かう通路があった場所だ」

 その言葉のとおり、間もなく左へ通路が湾曲して広がる場所に出た。だが、確かにその先は土で埋まっていた。

「ここから先は、もう何もなくただ真っ直ぐ進むだけだ」

 フィントリッドがそんな説明を行う。


 フィントリッドの説明に嘘はなく、馬車は真っ直ぐ走り続けた。

 エイクはそのうちに、前方に多数のオドを感知した。その中には、注目に値する特殊なものも複数交ざっている。通路の先の、大量の土で遮られてはいない部分に、かなり特異なものも含めた多数の存在がいるということだ。


(もう直ぐ着くようだ。走り始めて2時間程度といったところかな。かなりの速度で走っていたから、相当の距離はあっただろう)

 エイクはそんな事を考えていた。

 彼の考えは正しかった。やがて馬車は出発した場所と同じような広間で止まった。

 

 その広間には、5体の直立した蟻のような姿をした者達が立っていた。甲冑を身に着け、ハルバードを手にしている。あたかも警護兵であるかのようだ。

「ミュルミドンか?」

 エイクはそう口に出していた。


 ミュルミドン。それは、亜人と呼ばれる者達の一種である。

 亜人というのは、姿形が人に近く、相応に高い知能があり、社会を形成したりするが、担い手達とは精神構造が大きく異なり意思疎通が難しい種族。特に、神々の声を聞くことがなく、神聖魔法を使える者が全く存在しない種族に対して使われる呼び名だ。

 リザードマンやフロッグマン、アンドロスコーピオンなどが亜人と分類されている。

 直立した蟻の姿をしたミュルミドンもそのような亜人と呼ばれる種族の一種なのである。


「そうだ、彼らはずっと前から私に仕えてくれている一族だ」

 フィントリッドがそう告げる。

「普通のミュルミドンと少し違うようだが?」

 エイクはそんな疑問を口にした。

 彼はミュルミドンの実物を見たことはないが、その姿形を知識として知っている。

 この場にいる存在の姿形は、その知識と少し違っていた。

 具体的には、この場にいるミュルミドンは頭部に生えた触覚の前に、小さな角のように見える2つの突起があり、それ以外も全体的にどことなく角ばっている印象だった。


「良く分かるな。彼らは少し特殊な種族だ。一般的なものよりも若干強く、上位種にあたる者も多い。まあ、総じて一般的なミュルミドンよりも優秀だ。

 私の配下の者達の中で、数の上で主力となるのは彼らだ。

 さあ、さっさと行こう」

 フィントリッドはそう言うと、馬車を降りた。エイクもそれに続く。

 ミュルミドン達は、フィントリッドが馬車から姿を現すと同時に頭を下げている。


 フィントリッドは、ミュルミドンたちに「ご苦労」と声をかけて、広間の隅にある扉まで歩いた。その近くにいミュルミドンが扉を開ける。

 その扉の向こうは、直ぐに螺旋階段となっていた。




 階段を登った先は簡素な部屋だった。そしてその部屋にも4体のミュルミドンがおり、他に使用人らしい服装をしたエルフの女性も2人居て、フィントリッドとエイクに向かって頭を下げた。

「ここは我が城の城壁を出て直ぐのところにある建物でな。城まではもう少しかかる」

 フィントリッドはそう告げてエイクを先導した。

 エルフ達もそれに続く。


 その建物から出ると、その周りは開けた土地になっていた。周辺は整地されており、森の木々は大分遠くに見えている。

 そして、確かに近くに城壁がそびえ立っていた。高さは10mはあるだろう。城壁の上には幾つかの塔が建てられている。

 堅牢なつくりだが、城門は開け放たれたままになっている。

 一行は、建物の近くに用意されていた馬車に乗り、その城門の先へと向かった。


 城門から入った先はそれほど広くはなかった。幾つかの建物が立っているが、中でも目立つのは四つの塔だ。

 その塔に囲まれるようにして、中央にあるのが居城に当たる建物のようである。

 だが、その建物もそれほど巨大ではない。

 少なくとも、王都アイラナにある王城よりは小規模だった。

 全体として、装飾性よりも実用性を重視しているように見える城だ。


 居城に着くと、フィントリッドは少し準備することがあるといってエイクと別れ、エイクはしばらく控えのまで待たされる事となった。

 エルフの1人がエイクを控えの間に案内し、そのまま茶などを用意してエイクをもてなした。


 しばらくして、別のエルフの女性がやって来て、準備が整ったので案内すると告げた。

(ようやく、主だった配下という者達を紹介してもらえるわけか)

 エイクはそう考え、改めて気を引き締めた。


 エイクは、最前からオド感知の能力を使って、城内や城の周辺にいる者達の数や動きを探っていた。

 そして、その中でも注目すべきオドのいくつかが、狭い範囲に集まっている事を把握していた。

 それはどれもかなり強いオドだったが、中には更に驚愕すべきものも交ざっている。


 そのオドが集まっている場所に、フィントリッドとその配下の幹部達がいるとみてまず間違いないだろう。

 つまり、そこがこれから案内される場所という事だ。

 その場所は今、怪物たちの巣窟と言っても過言ではない状況になっているはずである。

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